1,165 / 1,942
久しぶりの幼子
しおりを挟む
十七日の土曜日、アキの父親の件は無事に解決出来そうなので何の憂いもなく始発電車に揺られてコミケに向かった。変装は結局マスクだけだ、髪型も変えてみた。
「かつてを思い出すモサモサヘア~……うむ、わたくしの髪質は素直なので、ドライヤーをかければ自由自在……むふふ」
結構ダサくなった。イケメンオーラは全く隠せていないが……盗撮されたフタとのデートの時の、俺に出来る最大限のオシャレをした俺とは違う。
「暑……」
時は真夏。そして満員電車レベルの人の密集率のビッグサイト。マスクは辛い。
「はぁ……えっと、目的のサークルは」
今日出ているサークルで、取り置きを頼んでいるのは三件。それぞれ遠くはないため今日は比較的楽に回れそうだ。明日は端と端を回らなければならない、帰ったら足を休ませなければな。
「……こんにちは、サンダーファントムです」
「えっ!? サンファンさっ、超イケメ……! ぁ、いえ、どうぞ……新刊と、旧刊二冊でしたね」
もっと短くてそつのないハンドルネームにしておけばよかった。なんだよサンダーファントムって、センスのない小学生か?
(鳴雷だからサンダー、水月……水に映った月で幻、ファントム…………小学生の頃に考えたんですよなこれ。変えたい……変えたい……)
SNS上だけならまだしも、リアルで名乗るのは恥ずかしい。しかし何年もこの名前を使っているから今更変えるのはな……
自分のハンドルネームのダサさに落ち込みつつ取り置きを頼んだサークルを回り、他のサークルも回り、コスプレエリアをチラ見し、本が詰まった紙袋を抱えて家に帰った。
「ただいま~」
部屋に本を置いてダイニングに向かうと、ドンッと足に何かがぶつかってきた。いや、結構な勢いで抱きついてきたのだ。
《お兄ちゃん! お兄ちゃあん! 久しぶり! 会いたかったぁ……》
ノヴェムだ。遊びに来ていたのか。ふわふわの金髪を軽く撫でて抱き上げてやるとノヴェムは満面の笑みを浮かべて俺の首に腕を回し、頬にちゅっと唇を押し付けてきた。
「……っ!?」
見られて──ない! セーフ……ダイニングに人が居なくてよかった。みんなリビングに居るのか?
「おかえり水月~、ご飯レンジの中入れてあるからチンして食べて」
母の声はリビングから聞こえてきた。
「ありがとうございまーす! いただきまーす!」
リビングまで届くように大声で返事をし、すっかり冷めた夕飯を温め直す。ノヴェムを抱いているから片腕しか使えず、不便だ。お茶と氷をコップに入れるだけでも普段より時間がかかる。
(……セイカ様ずっとこんな感じなんですよな)
レンジの残り時間表示を見つめながら、日頃のセイカの苦労に思いを馳せた。
「お、鳴った……ノヴェムくん。あっちぃの持つから一旦離れてくれ、危ないからな。下ろすぞ」
ノヴェムを下ろし、不満げな視線を感じつつ食事をダイニングの机に運ぶ。母はリビングのソファで義母と共に映画を見ているようだ、セイカとアキはどうしたのだろう。
「アキ、セイカ、いず……えっと、どこ? の英語って……うぇん?」
《お兄ちゃんお兄ちゃん、スプーン貸して》
「ん、何だ? 欲しいのか?」
右手を引っ張ったノヴェムはスプーンを掴もうとしている。俺はノヴェムが夕飯を一口欲しがっているのだと思い、スプーンを渡した。
「ちゃんとふーふーしないとあっちぃだぞ」
と通じない日本語で注意するまでもなく、ノヴェムはふぅふぅとスプーンですくったものを冷ましていた。スプーンの先端をちょんちょんと唇に触れさせ、ノヴェムは俺に向かってスプーンを突き出す。
《お兄ちゃん、あーん》
「アーンしてくれるのか? ありがとう、いただくよ」
ぱく、とスプーンを咥える。ゆっくりと頭を引いて食べ物だけを取ると、ノヴェムはスプーンを持ったまま顔を真っ赤にして固まった。
「ふふっ、後は一人で食べられるよ。ありがとうな」
ぽんぽんと頭を撫でて小さな手からスプーンを取り、食事を再開する。
(うーんやっぱり……この子、わたくしに惚れているような。まぁ右も左も分からない外国で、こんな超絶美形に出会ってしまったら惚れてしまうのも仕方のないことですな。わたくし初恋泥棒ですぞムフフ)
歳を重ねれば俺への興味は薄れて同級生だとかと惚れた腫れたの話に夢中になるだろうから、俺は綺麗な思い出になってやらないとな。間違ってもトラウマや人生の汚点になるような振る舞いはしてはいけない。
「……ごちそうさま」
皿を洗おうと立ち上がるとノヴェムも席を立ち、キッチンまで着いてきた。
「あいるへるぷゆー」
手伝うと言われても、一人分の皿洗いなんてすぐに終わる。俺は誤魔化し方すら思い付けないまま皿洗いを終わらせてしまった。
《……手伝うのに。大事なお嫁さんにばっかり家事させるような夫に、ノヴェムはならない。ノヴェムもやるのに》
ノヴェムは不満そうだ。
「あ……そうだ、ちょっと待ってろ」
《……? お兄ちゃん? どこ行くの? おトイレ?》
私室に戻り、遊園地で買ってきた恐竜のぬいぐるみを取る。ヴェロキラプトルのぬいぐるみだが、ディフォルメが効いているのでティラノサウルスと言ってもアロサウルスと言っても通りそうだ。
「ただいま。ほらっ、ノヴェムくん、あげる」
《わ……恐竜? 何? かわいい……》
ノヴェムの前に膝をついてぬいぐるみを渡すと、プレゼントだとすぐに分からなかったのか戸惑っている様子だった。
「プレゼント。って……分かる?」
《ノヴェムにくれるの?》
ぬいぐるみを渡して微笑みかけてやると、ノヴェムはパァっと笑顔になって俺の首に抱きついた。
《ありがとうお兄ちゃん!》
「おっ、せんきゅーは分かるぞ。お礼言えてえらいな~、可愛がってくれよ?」
ノヴェムは満面の笑みを浮かべたまま、今度は俺の唇にキスをした。
「かつてを思い出すモサモサヘア~……うむ、わたくしの髪質は素直なので、ドライヤーをかければ自由自在……むふふ」
結構ダサくなった。イケメンオーラは全く隠せていないが……盗撮されたフタとのデートの時の、俺に出来る最大限のオシャレをした俺とは違う。
「暑……」
時は真夏。そして満員電車レベルの人の密集率のビッグサイト。マスクは辛い。
「はぁ……えっと、目的のサークルは」
今日出ているサークルで、取り置きを頼んでいるのは三件。それぞれ遠くはないため今日は比較的楽に回れそうだ。明日は端と端を回らなければならない、帰ったら足を休ませなければな。
「……こんにちは、サンダーファントムです」
「えっ!? サンファンさっ、超イケメ……! ぁ、いえ、どうぞ……新刊と、旧刊二冊でしたね」
もっと短くてそつのないハンドルネームにしておけばよかった。なんだよサンダーファントムって、センスのない小学生か?
(鳴雷だからサンダー、水月……水に映った月で幻、ファントム…………小学生の頃に考えたんですよなこれ。変えたい……変えたい……)
SNS上だけならまだしも、リアルで名乗るのは恥ずかしい。しかし何年もこの名前を使っているから今更変えるのはな……
自分のハンドルネームのダサさに落ち込みつつ取り置きを頼んだサークルを回り、他のサークルも回り、コスプレエリアをチラ見し、本が詰まった紙袋を抱えて家に帰った。
「ただいま~」
部屋に本を置いてダイニングに向かうと、ドンッと足に何かがぶつかってきた。いや、結構な勢いで抱きついてきたのだ。
《お兄ちゃん! お兄ちゃあん! 久しぶり! 会いたかったぁ……》
ノヴェムだ。遊びに来ていたのか。ふわふわの金髪を軽く撫でて抱き上げてやるとノヴェムは満面の笑みを浮かべて俺の首に腕を回し、頬にちゅっと唇を押し付けてきた。
「……っ!?」
見られて──ない! セーフ……ダイニングに人が居なくてよかった。みんなリビングに居るのか?
「おかえり水月~、ご飯レンジの中入れてあるからチンして食べて」
母の声はリビングから聞こえてきた。
「ありがとうございまーす! いただきまーす!」
リビングまで届くように大声で返事をし、すっかり冷めた夕飯を温め直す。ノヴェムを抱いているから片腕しか使えず、不便だ。お茶と氷をコップに入れるだけでも普段より時間がかかる。
(……セイカ様ずっとこんな感じなんですよな)
レンジの残り時間表示を見つめながら、日頃のセイカの苦労に思いを馳せた。
「お、鳴った……ノヴェムくん。あっちぃの持つから一旦離れてくれ、危ないからな。下ろすぞ」
ノヴェムを下ろし、不満げな視線を感じつつ食事をダイニングの机に運ぶ。母はリビングのソファで義母と共に映画を見ているようだ、セイカとアキはどうしたのだろう。
「アキ、セイカ、いず……えっと、どこ? の英語って……うぇん?」
《お兄ちゃんお兄ちゃん、スプーン貸して》
「ん、何だ? 欲しいのか?」
右手を引っ張ったノヴェムはスプーンを掴もうとしている。俺はノヴェムが夕飯を一口欲しがっているのだと思い、スプーンを渡した。
「ちゃんとふーふーしないとあっちぃだぞ」
と通じない日本語で注意するまでもなく、ノヴェムはふぅふぅとスプーンですくったものを冷ましていた。スプーンの先端をちょんちょんと唇に触れさせ、ノヴェムは俺に向かってスプーンを突き出す。
《お兄ちゃん、あーん》
「アーンしてくれるのか? ありがとう、いただくよ」
ぱく、とスプーンを咥える。ゆっくりと頭を引いて食べ物だけを取ると、ノヴェムはスプーンを持ったまま顔を真っ赤にして固まった。
「ふふっ、後は一人で食べられるよ。ありがとうな」
ぽんぽんと頭を撫でて小さな手からスプーンを取り、食事を再開する。
(うーんやっぱり……この子、わたくしに惚れているような。まぁ右も左も分からない外国で、こんな超絶美形に出会ってしまったら惚れてしまうのも仕方のないことですな。わたくし初恋泥棒ですぞムフフ)
歳を重ねれば俺への興味は薄れて同級生だとかと惚れた腫れたの話に夢中になるだろうから、俺は綺麗な思い出になってやらないとな。間違ってもトラウマや人生の汚点になるような振る舞いはしてはいけない。
「……ごちそうさま」
皿を洗おうと立ち上がるとノヴェムも席を立ち、キッチンまで着いてきた。
「あいるへるぷゆー」
手伝うと言われても、一人分の皿洗いなんてすぐに終わる。俺は誤魔化し方すら思い付けないまま皿洗いを終わらせてしまった。
《……手伝うのに。大事なお嫁さんにばっかり家事させるような夫に、ノヴェムはならない。ノヴェムもやるのに》
ノヴェムは不満そうだ。
「あ……そうだ、ちょっと待ってろ」
《……? お兄ちゃん? どこ行くの? おトイレ?》
私室に戻り、遊園地で買ってきた恐竜のぬいぐるみを取る。ヴェロキラプトルのぬいぐるみだが、ディフォルメが効いているのでティラノサウルスと言ってもアロサウルスと言っても通りそうだ。
「ただいま。ほらっ、ノヴェムくん、あげる」
《わ……恐竜? 何? かわいい……》
ノヴェムの前に膝をついてぬいぐるみを渡すと、プレゼントだとすぐに分からなかったのか戸惑っている様子だった。
「プレゼント。って……分かる?」
《ノヴェムにくれるの?》
ぬいぐるみを渡して微笑みかけてやると、ノヴェムはパァっと笑顔になって俺の首に抱きついた。
《ありがとうお兄ちゃん!》
「おっ、せんきゅーは分かるぞ。お礼言えてえらいな~、可愛がってくれよ?」
ノヴェムは満面の笑みを浮かべたまま、今度は俺の唇にキスをした。
0
お気に入りに追加
1,213
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる
海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?
犬用オ●ホ工場~兄アナル凌辱雌穴化計画~
雷音
BL
全12話 本編完結済み
雄っパイ●リ/モブ姦/獣姦/フィスト●ァック/スパンキング/ギ●チン/玩具責め/イ●マ/飲●ー/スカ/搾乳/雄母乳/複数/乳合わせ/リバ/NTR/♡喘ぎ/汚喘ぎ
一文無しとなったオジ兄(陸郎)が金銭目的で実家の工場に忍び込むと、レーン上で後転開脚状態の男が泣き喚きながら●姦されている姿を目撃する。工場の残酷な裏業務を知った陸郎に忍び寄る魔の手。義父や弟から容赦なく責められるR18。甚振られ続ける陸郎は、やがて快楽に溺れていき――。
※闇堕ち、♂♂寄りとなります※
単話ごとのプレイ内容を12本全てに記載致しました。
(登場人物は全員成人済みです)
ポチは今日から社長秘書です
ムーン
BL
御曹司に性的なペットとして飼われポチと名付けられた男は、その御曹司が会社を継ぐと同時に社長秘書の役目を任された。
十代でペットになった彼には学歴も知識も経験も何一つとしてない。彼は何年も犬として過ごしており、人間の社会生活から切り離されていた。
これはそんなポチという名の男が凄腕社長秘書になるまでの物語──などではなく、性的にもてあそばれる場所が豪邸からオフィスへと変わったペットの日常を綴ったものである。
サディスト若社長の椅子となりマットとなり昼夜を問わず性的なご奉仕!
仕事の合間を縫って一途な先代社長との甘い恋人生活を堪能!
先々代様からの無茶振り、知り合いからの恋愛相談、従弟の問題もサラッと解決!
社長のスケジュール・体調・機嫌・性欲などの管理、全てポチのお仕事です!
※「俺の名前は今日からポチです」の続編ですが、前作を知らなくても楽しめる作りになっています。
※前作にはほぼ皆無のオカルト要素が加わっています、ホラー演出はありませんのでご安心ください。
※主人公は社長に対しては受け、先代社長に対しては攻めになります。
※一話目だけ三人称、それ以降は主人公の一人称となります。
※ぷろろーぐの後は過去回想が始まり、ゆっくりとぷろろーぐの時間に戻っていきます。
※タイトルがひらがな以外の話は主人公以外のキャラの視点です。
※拙作「俺の名前は今日からポチです」「ストーカー気質な青年の恋は実るのか」「とある大学生の遅過ぎた初恋」「いわくつきの首塚を壊したら霊姦体質になりまして、周囲の男共の性奴隷に堕ちました」の世界の未来となっており、その作品のキャラも一部出ますが、もちろんこれ単体でお楽しみいただけます。
含まれる要素
※主人公以外のカプ描写
※攻めの女装、コスプレ。
※義弟、義父との円満二股。3Pも稀に。
※鞭、蝋燭、尿道ブジー、その他諸々の玩具を使ったSMプレイ。
※野外、人前、見せつけ諸々の恥辱プレイ。
※暴力的なプレイを口でしか嫌がらない真性ドM。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
変態村♂〜俺、やられます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。
そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。
暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。
必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。
その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。
果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる