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お化け屋敷こと研究所

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昼食を終え、またアトラクション巡りを再開する。パーカーを着ているとはいえ胸元の刺青は見えていて、その上頬に傷のあるフタはすれ違う人々の顔を青ざめさせた。その傷は多分猫によるものだろうけど。

「フタさん、食べた後ですしあんまり激しいアトラクション乗っちゃうと吐いちゃうかもしれないので、ここにしません?」

「いいよぉ」

俺達はお化け屋敷に向かった。お化け屋敷と言っても普通の遊園地のように幽霊やゾンビが驚かせてくるのではない、出てくるのは恐竜だ。

「十五歳以下はダメなんて、相当怖いんですかね? 研究所でラプトルから逃げるってコンセプトで……ラプトルから逃げるとか無理じゃね?」

入口の真横に出口があり、叫びながら飛び出てくる他の客達の様子が見られた。相当怖いようだ、楽しみだな。

「らぷとー? って何?」

「種類にもよるんですけど、ここで襲ってくるのは二メートルくらいのヤツですね。すごく頭が良くて、映画だと一番怖いんですよ」

「へー……」

「でも頭が良いからこそ赤ちゃんから育てると猟犬みたいに人間の味方してくれて、そういう子は可愛く見えてくるんですよね。ブルーちゃんめっかわ」

「ふーん……?」

「まぁこの遊園地、あの映画一切関係ないんですけどね……」

幽霊やゾンビではなく恐竜だが、お化け屋敷なのだから驚かせてはくるだろう。驚いたり怖がったりしたフタに抱きついてもらいたい、俺は全く動じずどっしりと構えて男らしさを見せつけたい。

「よう! お二人さん。ラプトル研究所へようこそ!」

スタッフが付いてるタイプのお化け屋敷か……一組ずつなのに豪華だな。大して流行っていない遊園地なのに、人件費とか大丈夫か?

「お二人さんどういうご関係で?」

「ぁ……いと」

「恋人~」

「……っ!? ちょっ、フタさんっ……」

従兄弟だとでも適当に言っておこうと思ったのに、フタが正直に白状してしまった。

「そうかい! いやぁお熱いねぇ、お二人さんのおかげで卵の孵化が早まりそうだ。あぁそうそう、ここははるか昔の狩人、ヴェロキラプトルの研究施設なのさ。ちょうどいい、右手をご覧下さい?」

大きな液晶画面に新鮮な肉を食らう恐竜の映像が映し出されている。この画面は窓という設定らしい。

「ちょうど今昼飯中で……おっと!」

ドンッ、と鈍い音が鳴る。ラプトルの口が画面いっぱいに映し出されている、鮮やかな血と吐息で画面が汚れ、曇る。

「……はは、ご心配なく。ここのガラスは超強化ガラス! ショットガンでもぶち破れないよ」

フラグじゃん。

「で、こちらはその凶暴な狩人の子供時代って訳だ」

少し歩いたところでスタッフはガラス戸を開け、小さな恐竜をつまみ上げた。ロボットのようで微かな機械音と共に尻尾や首を振っている。

「可愛い……」

「現在、このかわい子ちゃんをモデルにしたぬいぐるみを物販エリアで絶賛販売中! その子は大きくならないし凶暴化したりもしないから、ぜひ連れて帰ってやっておくれよ」

ぬいぐるみかぁ……どうしようかな、記念品の一つくらいは買って帰りたいと思っているけれど、うーん……土産屋を見てから考えるか。

「じゃあ、次の部屋を見てもらおう。こっちだ」

仔ラプトルをガラス戸の向こうに戻したスタッフは一本道を歩いていく。

「この先ではラプトルの更なる強化のため遺伝子操作実験や調教などが行われていて──」

両サイドの強化ガラスという設定の液晶画面には恐竜の他に、拘束された恐竜に注射を打ったり恐竜の前でフラスコを振ったりしている研究員らしき者も居た。

「──最も危険な区域となっているが、さっきも言った通り強化ガラスはラプトルに破れる代物じゃないし、危険はゼロと言ってもいいね」

そうスタッフが言った直後、館内の灯りが赤いものに切り替わり、不快なサイレン音が鳴り響く。

「うわ何、こわい」

「フタさん、手を……」

「ん? みつきもこわい?」

手を繋ぐ俺達の前でスタッフは無線を取り出す。

「何、脱走!? バカな! おい、封じ込めプロトコルは熟読してるだろうな、今すぐ……!」

バンッ、と左側の窓を血まみれの手が叩く。怯んだ直後、右側の扉が乱暴に開けられ、鋭い鉤爪がスタッフを捕らえて引っ込んで行った。

「ぎゃああああっ! あっ……」

扉の向こうからの悲鳴が途切れると、ぐちゃぐちゃと咀嚼音らしきものと、カチカチと爪を鳴らす音、特徴的なラプトルの鳴き声が聞こえ始める。

「わ、割とマジで怖い……」

扉の隙間から赤い液体が広がってきた。R15の訳が分かった。結構グロい。

「に、逃げましょフタさん、俺達まで食べられちゃう……!」

全力疾走では前の組に追い付いてしまうかもしれないし、何か演出を見逃してもったいない思いをするかもしれない。しかしてくてく歩いていちゃ雰囲気が出ない、小走りで行こう。遊園地側もそのくらいの進行速度を想定しているはずだ。

「なんかめっちゃ聞こえんね」

壁一枚隔てた向こう側で並走されているような鳴き声と足音、ガラスという設定の画面に映る血まみれのラプトルの姿はパニック映画の中に入り込んだような気分にさせてくれる。

「あっ、出口ありますよフタさん! 終わりかぁ、いやー舐めてた、思ってたより怖かったなぁ……もうちょいラプトル間近で見たかったかも」

「こっちにもドアあるけど」

「え? わ、ホントですね。非常口って書いてるから、リアル事故の時とか怖くてリタイアする人用とかじゃないですかね? 俺達は出口から行きましょ」

緑色の光がぼんやりと輝く非常口を無視し、出口と書かれた扉のドアノブをひねった。これでお化け屋敷の外に出られるはずだ。

「……っ、うわぁあああっ!?」

そう思ったのに、扉の向こうに居たのはラプトルだった。カチカチと爪を鳴らし、仲間を呼ぶように鳴き、腰を抜かした俺にゆっくりと迫ってくる。

(ロ、ロボ!? 着ぐるみ!? どっちにしてもよく出来てまそ! 怖! 怖っ! やば……マ、マジでびっくりして、足がっ……)

客に触れるのは御法度なのか、ラプトルは俺の間近で吠えたり、舐め回すように俺を見るばかりだ、映画だったらとっくに食われているだろう。早く立たないとキャストの方まで困らせてしまう。

「よっ」

軽い掛け声と共に俺の身体が持ち上がった。抱えられたことを認識したのは非常口から外に出た後だった。フタにお姫様抱っこをされた俺は、お化け屋敷ことラプトル研究所の列に並んでいる他の客達の視線を一身に浴びた。

「立てる? みつき、大丈夫?」

「す、すいませんっ、大丈夫です、下ろしてくださいっ」

恥ずかしいので慌てて下ろしてもらったが、まだ腰が抜けていてその場にへたり込んでしまった。

「だめじゃーん。もぉー、みつき嘘つき」

恥ずかしいにも程がある。俺は真っ赤になった顔を俯かせ、フタの肩を借りてそそくさとその場を去った。
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