冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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最後の切り札

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レイの家を出た後、俺は母に彼氏の家に泊まると連絡を入れ、サンの家を尋ねた。何を利用してでも、どんなリスクを背負ってでも、レイを取り返したかったんだ。

「えっ? あれっ、何、腫れてる?」

「痛っ……ごめん、サン、ほっぺたちょっと腫れてて、この辺は触らないでくれる?」

上機嫌に俺の顔を撫で回し始めたサンは俺の頬が腫れていることに気付いた。

「どうしたの?」

「……ちょっと、殴られちゃって」

「え……湿布とか貼る? フタ兄貴がしょっちゅうヒト兄貴に殴られるからそういうのいっぱいあるよ、うち」

「大丈夫、氷嚢持ってるから。これ溶けたらくれる?」

「ん。とりあえず……リビングおいで、立ちっぱやだよね」

手すりのついた廊下を手すりを使わずにスタスタと歩いていくサンの後を追う。

「昨日フタ兄貴帰っちゃったんだよね。薬使ったのとか、拘束具使ったのとか……結構怒られてさぁ? 落ち込んでたんだ、来てくれて嬉しい。すごく寂しくて、電話しようかなって思ってた時に来てくれたからさ……水月は超能力者なのかな? なーんて思ったりしたよ、ふふふっ」

あぁ……可愛いなぁ、なんて無邪気な笑顔だろう。俺は彼を利用するためにここに来たのに……罪悪感が膨らんできた。でも、レイを取り返すためだ。歳下のアキよりは歳上のサンの方が罪悪感が軽い。

「急に来てどうしたの?」

「……この顔で家に帰ったら母さん心配で倒れちゃうから」

「水月のお母さんは水月大好きなんだね。でもボクだって心配で倒れそうだよ? 目見えないから気付かないとでも思った?」

「ゃ、フタさんよくボコボコにされてるみたいだから、慣れてるかなぁって」

「……ま、それはそうだ。後で手当てしてあげるね」

盲目のサンに傷の手当てをされるなんて恐ろしい話だが、絵を描くほど器用な彼ならきっと完璧な手当をしてくれるのだろう。料理も出来ていたし。

「さて、そろそろ本題……何があったのか話してもらおうかな? 可愛い可愛いボクの水月にそんな怪我させたのはどこのだぁれ?」

「えっと……」

「ほっぺ以外にも怪我はあるの?」

「頭、ちょっと切ったみたい……あと、腹とか足とかに打ち身……」

「喧嘩?」

「…………彼氏、の……一人がさ、その……」

サンを利用しようとしている自分への嫌悪感で言葉が詰まる。

「彼氏と喧嘩? 鳥待って子?」

「ゃ、シュカは関係ないんだ。あぁそうだ、家教えてくれてありがとう。行ったよ、家のことが忙しくて大分疲れてたんだ、サンに相談しなかったらもっと酷いことになってたかも。本当にありがとう」

「どういたしまして。でもボクが今聞きたいのはその話じゃないなぁ」

「……うん。レイっていう彼氏が居るんだ、歳上なんだけど背が低くて童顔で、バイトの後輩で……すごく可愛い子」

「ボクより可愛い?」

「へっ!? えっ、ぁ、サンは……キレイ系だからなぁ。でもサンは大柄でかなり歳上なのに子供っぽくニコニコ笑ったりするのがたまらなく可愛いからっ、でもレイも歳のギャップはあるし、いやでも、ぅゔぅぅゔゔ……ごめん、決められない」

「ふふふっ、いいよいいよ。ごめんね変なこと聞いて。それで? そのかわい子ちゃんに殴られたの? 強いねその子……」

「あっ、違う違う」

話を聞きたがるくせに脱線させるし結論を急ぐ、そんなところも可愛らしい。

「レイには元カレが居てさ……まぁ、なんか、セフレ的な感じだったみたいなんだけど、その……上手く別れられなくて、ストーカーみたいな感じになってたんだよ」

「ありゃりゃ」

「何それ可愛っ!? もっかい、もっかい言って、録音する」

「えー? ふふふ……ありゃりゃ?」

他の彼氏達は俺が「録音する」と宣言してスマホを向けると恥ずかしがったりしてもう一度言ってくれたりは滅多にしないのだが、サンはノリがいい。

「可愛いぃい! さっきと微妙に違うけど……イイ!」

「ふふふっ、で?」

「あ、うん、レイはその元カレから隠れてたんだけど、何があったのか俺は知らないけど見つかったみたいで……それで、俺を巻き込まないように俺と別れようとしててさ、でも俺別れるなんて嫌だったからレイのところに行ったんだ。そしたら元カレが居てさ……これだよ」

「なるほど、美人局か」

「全然違うよ!? 話聞いてた!?」

「冗談冗談、聞いてたよ。そっかぁ……変な男引っ掛けた子を引っ掛けたんだね、水月は。元カレくんにボコられちゃったんだ、レイちゃんは?」

「分かんない……俺、殴られて気ぃ失っちゃってさ。レイがやめてって、殴るなら僕にしてって泣き叫んでたのは何となく覚えてる……起きたら二人とも居なかったから、多分……レイは元カレの家に連れ去られたんだと思う」

話すうちに落ち込んでいく俺を慰めようとしているのか、サンは俺の髪をわしゃわしゃと撫でている。殴られたであろうところがちょっと痛い。

「大変だねぇ水月も。監禁されたり彼氏攫われたり。ヒロインとヒーローを兼任だね」

「……ヒーローにはなれなかったよ、レイを助けようとしたのに、負けちゃった……身体色々痛いけど、精神ダメージが一番重い。はぁ……レイ、今頃何されてるんだろ、痛い思いとか怖い思いしてないかなぁ……レイぃ……はぁあ……」

「よしよし」

「…………でさ、サンに頼みがあるんだけど」

「話聞いてるうちに何となく察しちゃったよ、水月がここに来た訳。ま、純粋に会いに来たんじゃなけりゃ悲しいなんてワガママ言わないけどさー」

「本当にごめん、でも一刻を争うんだ」

「……はいはい。じゃ、言ってごらん」

頼みがあると言ってからサンの機嫌が目に見えて悪くなった、言いにくい……繊細になるな俺、レイの危機だ。

「レイを取り戻したい、出来れば元カレの脅威からも脱したい。二人の居場所を探り当てて、元カレをシメて欲しい……」

「……OK。そのくらいの暴力沙汰ならボスも見逃すだろう、相手が悪いんだしね。いいよ、分かった、兄貴に若いの何人か貸してもらう」

「ごめん……ありがとう」

ヤクザに本格的に借りを作ってしまった、今後の人生は暗いのかもしれない。でも、レイを取り返すためには手段を選んでいられないんだ。

「その元カレくんの名前分かる? 鳥待くんの時みたいに最寄り駅とかも教えてくれると早く済むよ」

「形州 國行……多分、戸鳴町に住んでるはず」

ヤツは有名な不良だ、すぐに見つかるだろう。

「ごめん水月」

「へっ?」

「無理だ、穂張組は形州 國行にだけは手を出せない」

「…………え?」

最後の切り札が切る前に消えて、本日二度目の目の前が真っ暗になる感覚を味わった。
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