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勝てない相手に勝つには

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身体を張って俺を守ろうとしてくれた愛おしい彼氏が襲われている時に、勝てないからと動かないでいられるのなら、その者にはもう人間性なんて存在しない。

「──っ、あぁあああああーっ!」

俺の身体は勝手にクローゼットから飛び出して拳を握った。みっともなく叫びながら拳を振るった。元カレは俺の存在なんて全くの予想外だったようで目を丸くしていた、のに、俺の拳は簡単に掴まれた。

「……鳴雷 水月か」

反射神経も握力も俺の想像を優に超えている。やはり化け物だ、勝てない。

「は……!? なんで掴まれてっ、痛いっ、離せ! レイを返せこの強姦魔! お前なんかに絶対レイは渡さないっ!」

パッと手を離され、踏ん張っていた身体がバランスを崩す。尻もちをつく。

「やめてっ! くーちゃんやめて! お願い、僕なら代わりにいくらでも殴っていいからせんぱいに酷いことしないでぇっ!」

握られていた右手の痛み、たった今打った尻の痛みに怯んだのはたった一瞬だったはずだ、なのに俺は気付けば寝室の床に倒れていた、部屋の灯りが消されていて何も見えない。

「え……? な、何があったの……痛っ、なんだよ……あちこち痛い」

頭がズキズキする。頬も、腹も痛い。ふらふらと立ち上がる──左目に激痛が走った。

「痛っ!? なんなんだよ……レイ、レイ! レイ……どこに行ったんだ、レイ!」

レイを呼ぶも返事はない、とにかく灯りを点けなければ。

「えっ……!? 何、これ……まさか」

床に赤黒い跡がある、まだ乾き切っていないそれには見覚えがある。小学生の頃だったか、クラスメイト彫刻刀で指を切って……血が垂れて、担任教師がすぐに拭いたけれど見逃しがあって、その日の掃除の時間の最中に俺はそれを見つけた。乾いた血、チョコを擦り付けたような、茶色とも赤黒いとも言える、気持ちの悪い跡。それが今、床にある。

「……レイ」

まさかレイに何かあったのでは。レイはどこだ? 俺はなんで床で寝ていたんだ? 左目に染みるこの液体はなんだ? 汗?

「ひっ……!?」

頭の左側に触れた手に血がついた。痛む身体でふらふらと、だが気持ち的には急いで洗面所に向かい、鏡を見る。

「うっ……わぁ」

額やこめかみに血がべっとり付着している、頭のこの痛みは怪我をしているということなのだろうか。たった今まで眠っていて、起きたらレイも元カレも居なくて、頭に怪我を負っていて──あぁ、そういえば、元カレに殴りかかって手を掴まれて、尻もちをついてしまった後、元カレが腕を振り上げていたような──そうか、殴られて意識を失っていたのか。

「…………やっぱり、勝てなかった」

右頬が腫れている。腹や脇腹、左太腿も痛い、俺は一撃目で意識を失ったのに、追撃があったのか。

「レイ……泣いたんだろうな。はぁ……ごめんなぁ……レイ……」

気絶してもなお暴力を受ける俺を見て、レイはさぞかし怯えたことだろう。やめてと泣き叫ぶ彼の姿は容易に想像出来る、元カレに縋り付いて止めたりして殴られてしまったかもしれない。

「大丈夫かな……」

十中八九、レイは元カレの家に連れて行かれたのだろう。乱暴されてはいないだろうか、されているだろうな、俺が弱かったばっかりに。

「………………っ、クソっ!」

隙を突いて一緒に逃げようと決めたのに、勝てないと分かっていたのに、悲痛な叫び声を聞いていられず飛び出してしまった。行為が終わった後ならチャンスがあっただろうに、それも分かっていたのに、目先のことに囚われた。

「レイ……レイ、ちくしょう……クソ、クソっ!」

とりあえず傷の手当をしよう。だが、頭の傷はどこにあるのかよく分からないし、髪が邪魔で手当が出来ない。放置でいいか、血を洗い流して消毒液をかけるくらいはしておいた方がいいかな。

「痛っ、痛た……染みるぅ……頭皮切ってるのかな」

氷をビニール袋に詰めて、ハンカチに包んで、頬に当てる。太腿には湿布を貼った。腹は……冷えたらいけないから処置はしないでおこう。

「ふぅ……」

血を流すほど強く頭を殴られたのは心配だ、脳に異常が出ないだろうか、病院に行った方がいいかな。そんな暇があるのならレイを取り返しに行くべきだ。どこに? あの男の家はどこだ?

「…………どうしよう」

顔を腫れさせたまま帰ったら母に心配をかけてしまう。

「嫌だな……」

中学時代、俺がイジメられていると知った時の母の反応を思い出す。あんな母はもう二度と見たくない。

「…………」

もう夕方だ。レイを探す手立てはまた潰えたし、家に帰るか母に泊まりの連絡を入れるか決めなければならない。こんな顔彼氏達やその家族に見せる訳にはいかないから誰かの家に泊まることも出来ないけれど、高校生の身分と所持金では泊まる場所を見つけるのは困難……いや、そうか、ここに泊まればいいのか。少なくとも今日はレイも元カレも戻ってこないだろうし。

「それで、どうしよう……レイ……どうしよう、どうすれば……」

レイの元カレ、二メートル超えの筋骨隆々の男。不良のボスで、俺と似た体格の取り巻きを軽々と数メートル投げ飛ばす腕力と冷酷さの持ち主。シュカが勝てないと一瞬で察した相手。そんなヤツからどうやってレイを取り返す?

「俺じゃ無理……シュカでも、無理」

リュウが攫われた時など、荒事はシュカに頼ってしまうことがあった。けれど今回ばかりはそうもいかない。歌見に……いや、ダメだ、俺よりは大柄だけど元カレには負けるし、何より「高校生の時柔道の成績がよかったんだ」しか言わない可愛い人だから絶対喧嘩は弱い、多分シュカの方が強い。

「……………………アキ」

一瞬で人を気絶させる蹴りを放ち、あっという間に人間の関節を外す技術を持つらしく、シュカが負けかけた相手に勝った、異国の格闘術を習得している彼なら──ダメだ、あの子はまだ十四歳だぞ。歳下の弟を暴力沙汰に巻き込むなんて、武器として使おうとするなんて、俺はどこまでクズなんだ。

「…………」

深いため息をついて覚悟を決めた俺は、レイの家を後にした。

「水月だよ、開けて」

インターホンを押し、明るく繕った声でそう言った。すぐに玄関の扉が開いた。

「水月! いらっしゃい。どうしたのこんな時間に、入って入って、ご飯食べた? ボクまだ。あぁそうだ、顔を見せて」

俺は善良な一般人だから不良には勝てない。じゃあ不良に勝てるのは何だ? ヤクザだろ。
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