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組の聖域

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ぼすん、とソファに横たわる。手持ち、じゃなくて思い付く手段が全滅し、めのまえがまっくらになった! とは言ったものの気絶はしていない、脱力してソファに寝転がっただけだ。

「……ごめんね水月」

「………………いや……だいじょぶ」

だいじょばない。

「サン……えっと……ぁ、ごめん、頭回らなくて……え? ぁ……元カレ……形州、知ってるの? サン」

「うん……穂張組が存続する条件の一つだよ、形州 國行に手を出さない、彼の日常を邪魔しない、必要に応じて彼に危害を加える者を排除する……フタ兄貴の子分達の仕事の一つだ」

「はぁ……!? 何なんだよアイツっ」

恵まれた肉体で残酷な暴君として不良の猿山に君臨するのはまだいい、ヤクザでも手を出せないどころかヤクザがバックについているような……そんな、そんなの反則だろ。

「……ボスのねー、弟なんだよね。形州 國行……アイツが近くに住んでるから穂張組潰されたんだよ、で、色々さっき言った条件とか付与された上で、治安維持と裏の人脈利用のために再建されたの」

「弟……!? うっそ、だろ……なんなんだよちくしょう……」

「ちなみに坊ちゃんの家は工場だから形州で検索したら出てくると思うよ」

「えっ………………ぁ、ホントだ、出てきた」

「でもねー、水月が一人で乗り込んで、その……レイちゃん? 取り返してもさぁ、坊ちゃん……ぁ、形州のことね。坊ちゃんがボスに泣きついたりしたらウチが動かなきゃいけないんだよねー」

「そんなぁっ」

「…………レイちゃん諦めない?」

「やだよ!」

「だよねー……でもウチは手を出せない、ごめんね水月……ボクは穂張組が潰れても別にいいんだけどさ、ヒト兄貴は嫌だろうから手下貸してくんないと思う。あー、組長辞めなきゃよかったなぁ」

穂張組が潰れてしまったら今はギリギリ統率されている危険人物達が野に放たれる訳で、治安が悪化する訳で、それは近所の町に住む俺も困る。

「……家の場所は分かったんだ、俺一人で何とかする」

「そうなるとウチがアンタ潰さなきゃならないんだってば」

「その時は……! 母さんに、どうにかしてもらう。母さんの仕事仲間にさ、穂張組に仕事格安で頼めるヤバい人が居るらしいんだよ。大事にして形州を諦めさせる……諦めさせられるの俺かなぁ」

「水月だと思う。っていうか、ウチに格安で頼めるって何それ、誰?」

「え? この間俺の家のリフォームする時に穂張興業を紹介してくれた人……」

「んー……俺興業の方にも組の方にももう経営に手出してないから分かんないなぁ、いつの間にそんな人作ったんだろ。ヒト兄貴はバカだなー、格安で仕事受けるなんてさぁ。そんなやり方で人脈作ったって意味ないよ」

サンが知らないような人ならあまり役には立たないのだろうか。いや、待てよ? 母はその人物が穂張組を昔に潰したと、その理由が近所に親戚が住んでいるからと言っていた。

「……ねぇサン」

「ボクは弟だけど」

「姉さんとは言ってないよ。あのさ、ボスの弟なんだよね? 形州って、親戚じゃなくて」

「……弟って言ってたと思うけど、なんで?」

「いや……」

親戚と弟という差異はあるが、まぁ母かサンのどちらかが聞き間違えたか覚え間違えたかしているだけだろう。母の仕事仲間がサンの言うボスで間違いないと思う。

「じゃあ無理かぁ……」

母に相談しても元カレの肩を持つ者が増えるだけだ。そろそろ本当に八方塞がりかもしれないな。

「はぁ……」

「…………水月、ご飯まだ?」

「うん……」

「美味しいの食べさせてあげるから元気出して!」

「……彼氏一人も取り返せない弱虫に美味しい物なんてもったいないよ」

「水月……いっぱい食べて元気出そ。栄養入ったらすごくいいアイディア浮かぶかもしれないよ? ボクも描いててご飯忘れた時なんて、じわじわインスピレーション薄くなってくるもん。ねっ、ご飯食べよ。作るからね、水月が食べなきゃ捨てちゃうよ、もっともったいないからね」

食べ物を捨てるという脅しは案外効くものだ、俺は苦笑いしながら頷き、キッチンに向かうサンを見送った。

「………………レイ」

ソファに顔を擦り付ける。レイが居るだろう場所は分かったのに、レイを取り返す術が見つからない。

「……水月? どうしたの?」

一人でじっとしていると自分で自分を責めしまって、吐きそうなほど辛い。サンを眺めて気を紛らわそうとキッチンを覗くと、何故か俺の接近に気付いたサンが顔を上げた。

「ん……サン、見たくて」

「えー? ふふ、何それ。なんか嬉しいよ」

サンはこちらを向いて笑っているのに肉を切るサンの手は止まっていない。包丁から目を離すのは俺の感覚的には危険行為なのだが、サンにとってはそうではない、分かってはいるが見ているとハラハラする光景だ。

「……その包丁、よく切れるね。大きいし」

「ん? うん、刀工さんが作ったっていうイイヤツだからね。押し当てるだけで大抵のものは切れるよ。見てほら、銘入り」

「ホントだ」

「他にも何本か包丁あるけど、みんなそうだよ。料理人でもないくせにってヒト兄貴には嫌味言われたけどさ、道具には凝っちゃうんだよね」

俺は刀は人殺しのための武器ではなく、美術品だと思っている。美しい刃紋が伺える包丁は料理のための道具だが、同様に芸術品と呼んでもいい素晴らしい品物だと思う。人間の血で汚すなど、あってはならないことだ。

「…………俺さ、日本刀とか好きなんだよね。長船派が特に」

「一番おっきい流派だっけ」

「サンも好き? 刀」

「触れないからあんまり。一般常識の範囲だよ」

そうか、美術品でも触れれば指を切る危険性のある刀などはサンは楽しめないのか。気付かなかったな。

「そっか……えっと、だからさ、包丁他にもあるなら見せて欲しいなって」

「いいよ、この下のとこに何本か入ってる。好きに見て」

「……ありがとう」

キッチンの下段の収納を開け、数本ある素晴らしい包丁達の中でも一番大きな物をそっと抜き取った。

「わ……本当に綺麗だね」

「そうなの? 切れ味しか知らないんだよねボク。気が済むまで眺めたら元の位置に戻しておいてよ? 位置変えられちゃうとボク困るから」

「分かってるよ」

元に戻すフリをしてそれっぽい物音を立て、立ち上がる。

「ちょっとトイレ行ってくる」

「ん」

包丁を持ったまま脱衣所に入り、白いタオルを一枚取る。包丁の刃の部分にぐるぐると巻き、包丁をズボンと肌の隙間に押し込んでシャツで隠す。

「……よし」

鏡で不自然な膨らみが出来ていないかを確認し、トイレに向かい、しばらく何もせず過ごした後無意味に水を流してダイニングに戻った。
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