冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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刃物は置きましょ? ね?

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ベッドの足に取り付けられていた足枷のもう一方を自身の手首に移したサンは、俺に転ばないようにと注意してから歩き出した。

「ここも灯り欲しい?」

「うん、お願い」

キッチンとダイニングの電灯が煌々と輝き始めた。

「ヒト兄貴は電気代がかからなくていいなって言うんだけど、明かりの電気代って知れてるよね」

「あー……クーラーとかレンジが高いんだっけ」

「何事もちりつもだけどね。あ、そうそう知ってる? 大麻って屋内で育てると電気代めちゃくちゃかかるんだよ」

「へ、へぇ……」

サンは手首に付けた足枷の端を今度はテーブルの足に取り付けた。ベッドと違ってこの二人用程度のサイズのテーブルなら持ち上げて逃げ出すことも出来そうだ。しかしロープならば音を立てずに逃げ出すことも出来たかもしれないが、鎖では難しい。すぐに気付かれてしまうだろう。

「お肉焼いたげるから待っててね」

「あ、うん……俺手伝うことないかな、料理はレシピ通りに作るくらいは出来るんだけど」

「してあげたいから待ってて。見えてなくても焦がしたりしないよ」

「そんな心配はしてないけど……うん、分かった、待ってる」

足枷の鎖は長い、キッチンを覗くくらいは出来る。

(……普通に包丁使ってますやん!)

サンは肉を切るのに包丁を使っている、さっき落として見せた鋏は何だったんだ? やっぱりキッチン鋏なんかじゃなかっただろ、裁ち鋏にしても大きいものがキッチン鋏の訳がない。俺が逃げるつもりだったら本当に俺の足を切るつもりだったのだろうか。

(いや、そんな怪我させたら病院とか連れてかなきゃならなくなって、わたくしの監禁が明るみに……ヤクザって闇医者とか抱えてますん? うぅん……脅し、ですよな、せいぜい……本気な訳ありませんぞ)

家の中では見えているかのように振る舞うサンだが、不確定要素の多い料理に関してはそうではないようだ、包丁を使う手の動きが俺や母とは違う。指を切りかけたりなど危なっかしい動きはなく、慣れているようにも見えるが、手探りでしているのだと感じ取れて少し怖い。

「……ね、ねぇ、サン……俺のスマホ知らない?」

「スマホ? あぁ、持ってるよ。ポケット入れっぱじゃ寝心地悪いかと思って出しといた」

「そっか。ありがと。返して欲しいんだけど……」

「なんで?」

「……母さんに、連絡入れないと。泊まるって言わなきゃ、心配するだろうし……もしかしたら、警察とかに相談しちゃうかも。そうなったら嫌だよ、俺、だから……返して欲しいなぁ」

言うタイミングは今ではなかったか? 包丁を持っているし、今だけは避けるべきだったか? もっと機嫌のいいタイミングがあったのでは? でももう時間がない、早く母に連絡しなければ本当に大事になるかもしれない。

「お母さんになんて言うの? ボクのとこ来ちゃダメって言われてるんだろ? また帰ってこいって怒られるんじゃない?」

「……母さんには他の彼氏の家に泊まるって言っとくよ。いつかサンの誤解を解いて、サンを母さんに紹介したいな。もちろん他の彼氏達にも会って欲しいし」

「…………分かった。じゃあそう連絡して」

サンは自身のズボンのポケットに入れていたスマホを俺に返してくれた。俺はほっと胸を撫で下ろし、壁にもたれてスマホを弄る──トンッ、と顔の真横に包丁が突き立てられた。壁に僅かに刺さっている。

「……へ?」

一番に口から出たのは悲鳴でも怒号でもなく、間抜けな声だった。

「水月はボクのこと好きだよね?」

「すっ、好き」
(普通そういうことしたら嫌われますぞ!? わたくしは刃物持ち出す量産系ヤンデレも好きなので嫌いませんが!)

「ボクから逃げたいなんて思わないよね?」

「うん……」
(正直逃げたいとは思ってまそ! 一旦ね、一旦!)

「………………嘘ついちゃ嫌だよ水月、逃げたいとは思ってるね? 声で分かるよ……」

包丁が少し動く、壁紙がスーッと裂ける。

「……っ、刃物そんなふうに向けられてたらそりゃ逃げたいと思うよ! なんなんだよっ! 俺は、俺はサンが好きでっ、サンに会いたくて家に来て、サンと一緒に居たいって思ってたのに! サンが何もしなくたって、サンが俺を突き放したって、俺はサンにしつこくまとわりつくつもりだったのに! 薬盛るし、足になんか着けるしっ、鋏わざと落として脅すし包丁向けるし! なんなんだよっ、裏切るな嘘つくなって、俺のこと信用してないのはサンの方じゃないか!」

「…………」

「怖い、よ……それ以上にっ、傷付くよ! 本当に好きなのに、包丁向けられてたら……無理矢理言わされてるみたいじゃん。好きだよサン、大好き……サンが望む限り傍に居るから、こんなこともうやめてよ」

包丁を持った右手が動く素振りを見せないのを確認しつつ、ゆっくりと動いてサンを抱き締めた。布擦れの音にすら気を遣った俺の動きをサンは気付けなかったようで、抱き締めた瞬間彼は驚いた顔をした。

「不安にさせてごめんね……俺のことどうしても信用出来ないなら縛っててくれていいから、お薬と刃物はやめてくれないかな。危ないから……ね? サン……お願い」

サンは黙ったままだ、いつものことだが目も合わない。俺の言葉は届いているのだろうか。

「傍に居るから。逃げないし嫌いにならないから……ちゃんと傍に居られるように、母さんに嘘つかせてね。連絡入れなかったら傍に居られる時間減っちゃうから……ね?」

「……………………分かった」

数時間止めていた呼吸をようやく再開したような気分だ。肋骨が広がったような感じがした。

「じゃあ母さんに電話するね」

言いながら発信を始める。サンに信用してもらえるようスピーカー機能をオンにしておく。

『もしもし? 水月? アンタどこに居んのよ、もう晩飯出来てるわよ?』

「ごっ、ごめん、今日彼氏の家に泊まろうと思ってて……連絡し忘れちゃって」

『はぁ!? はぁ……もう飯作っちゃったんだけど。も~……で、誰ん家?』

多少声が震えても母は叱られて萎縮しているからとでも解釈してくれるだろう。さて、もし後で母が裏取りの電話をかけた時、口裏を合わせてくれそうなのは誰だ?

「えっ、と……」

詰まるな。母に不審がられる。

「カ、カンナ! カンナだよ」

『あー、あの目隠れてる子? 分かったわ。しっぽりやんなさい、帰ってきたらボコボコにしてやるから覚えときなさいよ』

電話が切られた。

「…………お母さんに何も言わなかったね」

「一緒に居たい気持ちは俺にもあるからね。少しは信用してくれた?」

「アンタは真っ直ぐで素直で可愛い子供だ、疑うとこなんてどこにもないよ。好きってのも信じてる、会いに来たのも、一緒に居たいって思ってくれてるのも、本心だと感じてる……」

「じゃあ刃物チラつかせるのやめてね、俺そろそろ先端恐怖症とかになるよ」

「…………分かんない。自分でも分かんないんだよ……水月が好きって言ってくれるの嬉しい、水月を信じてない訳じゃない、こんなことしなくても頼めば水月はここに居てくれるのも何となくそう思ってる! でも、でも……違う、そういうのじゃない……信用とかそういうのじゃない。ほら……信号ってカッコーカッコー鳴るじゃん、アレ青の時じゃん、そういうものだから信用していつも渡ってるよ、でも本当に青なのかなって、まだ車走ってるんじゃないかって思う時たまにあるじゃん! 実際信号無視する車はたまに居るしっ、ボクそういうの分かんないんだよ見えないから! 最近走行音静かな車多いし! 交差点とかだと一方では普通に走ってたりするし、そもそも街中うるさいし! たまにすごく怖いんだよ……そういう時は外に出ない。家の中は安全だ……水月は、ずっと怖い、出したくない」

「……安全策取っときたいんだね。分かったよ、でも足枷だけで十分だろ? 逃げられないよ俺。刃物はやめよ、ねっ?」

「…………ごめん。自分でもやり過ぎだって、思ってる……分かってる。二度としないよ……ごめんね」

サンは酷く落ち込んだ様子でキッチンへと戻り、肉の調理を再開した。俺は安心からか脱力し、その場にずるずるとへたり込んでしまった。
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