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貸しを作るのが世界一怖い

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サンが作ってくれたのはポークステーキだった。絶妙な焼き加減で肉の柔らかさとジューシーさを楽しめる、とてもいい出来だった。

「美味しい! ありがとう、サン」

「美味しい? よかったぁ……顔見せて」

対面に座ったサンは時たまにこうして俺の顔に手を伸ばした。俺は美味しさで緩む頬を整えることなく、表情の出し惜しみをせずサンに見せてあげた。そうすると調理中などに酷く落ち込んで見えた彼の顔に元気が戻り、俺が惚れた子供っぽい笑顔がまた見られた。

「ごちそうさま! 美味しかった!」

「監禁されてる身でこんなに美味しそうに完食するとはね、図太いなぁ」

「何言ってるの、彼氏の家にお泊まりしてるだけだよ」

「…………監禁だよ。ごめんね、水月」

手をきゅっと握られる。

「ボクは本当に、今まで人を好きになったことがなかったんだ。そんなの言い訳にならないと思うけど、どうしていいか分からなくて……分からないから、もう突き放しちゃえって。なのに来るから、もう手に入れちゃえって…………なんか、違うね」

「違う?」

「捕まえて閉じ込めてるのに、手に入れた感があんまりないや。このやり方は失敗だったかなぁ……」

思い直してくれているようだ。俺は明日にはもう解放されているかもしれない、そうなったら本当にただのお泊まりだな。

「どうしたら手に入れられるのかなぁ」

「彼氏なんだからもうサンのものだと思うけど……それじゃダメ? 実感ない?」

「んー……水月はボク手に入れた感ある?」

「物っぽい表現あんまり好きじゃないけど、まぁ、あるよ。告白受け入れてもらえたから」

「付き合うのOKなら手に入れたカウントなんだ……」

「まぁ……そこがゴールとは思ってないけど。釣りで言ったらバケツには入ってくれたよね、これから連れて帰って水槽に入れてお世話しないとって感じ?」

「あー……小刻みか……その考え方も……うん」

立ち上がり、ぶつぶつと呟きながら考え込んでしまったサンの隣へ。肩に触れると彼は呟くのをやめて俺を見上げた。見えていないのに相手の顔の方を向くのはヒトにでも言いつけられたことだろうか、それとも人間とはそういうものなのだろうか。

「……なぁに?」

「スキンシップ取りたくなった、ダメ?」

「…………いいよ」

椅子を引いて緩く腕を広げたサンを抱き締める。

「水月……傍に居てくれる? ボクが、どうすればいいか分かるまで……ずっとここに居てくれる?」

「うん、電話とメッセージは許可してね」

「……ここに居ること言わないでね。邪魔されたくないから」

「分かってるよ」

俺はそれからしばらくサンの家で過ごした。母には彼氏の家を渡り歩いていると嘘をつき、彼氏達にはサンを口説き落としたことや母から電話があったら口裏を合わせて欲しいことを伝えた。

「水月、暇じゃない? 兄貴に何かオモチャ買ってきてもらおっか?」

「ゃ、彼氏とグルチャしてるから大丈夫……」

サンの絵のモデルになっている間は、サンを眺めつつ彼氏達とメッセージのやり取りをした。

「声に元気がないよ?」

「んー……彼氏の一人がさ、夏休み入ってからずっと連絡取れないんだよね」

「へぇー、夏休み入ってから何日経ったの?」

「十日くらいかな。元々あんまりメッセのやり取りする方じゃなかったんだけど、電話かけたら出てくれてたし、既読無視くらいはするはずなんだよ。一週間前に送ったメッセもまだ未読……ちょっと心配でさ」

「家行ってみたら?」

「家知らないんだよねー……」

シュカは俺の家に来ることはよくあったけれど、俺がシュカの家に行くことはなかった。行きたいと言っても断られ、彼氏達と家のことを話す流れになると自然と口を噤んでいた。知られたくないことの一つや二つ人にはある、俺はただシュカの居場所になればいい、俺の隣なら安眠出来ると言う彼のあの照れた顔を守ってやれたらそれで……そう考えていた。

「突っ込まなさ過ぎもダメかぁ……」

腫れ物どころか人の柔らかい部分にも触らない、触らせてくれるまで身動きせずにじっと待つ。そんな強引さの欠片もない、嫌われたくないだけの姑息な大人しさがここに来て裏目に出た。

「ボクにはグイグイ来たくせに」

「サンは本当に嫌がってる訳じゃないなって分かってたら家に押しかけられたけど、シュカは……うーん、家に来られるの嫌がってるっぽいし…………乱暴だからちょっとグイグイ行きにくいんだよ俺だって殴られると痛い」

「その子の友達とかで家知ってる子居ないの?」

「シュカの友達は全員俺の彼氏だから知ってたらメッセで言ってくれると思う」

「……学校に聞いたりとかは?」

「個人情報保護の観点ってのが存在してさぁ……俺は血縁者でもないし教えてもらうのは無理だと思う」

ふぅむ、とため息混じりにサンが考え込む。数秒後、指を鳴らした。

「ウチのに頼んであげる! 居るんだよ、調査員って言うか諜報員って言うか、人の家の場所とか秘密とか弱味とか調べるの得意なヤツ」

「う、うぅん……でも、悪いよそんな……高校生のことに、大人引っ張り出すのは」

ヤクザに借りを作るのは危険な気がする。ここは丁重に断らなければ。

「……もしもし? 今暇? 探して欲しい人が居るんだけど」

「サン!? い、いいってばそんな、ほんとに、大丈夫だから!」

「大丈夫じゃないかもしれないよ? 何かあったのかも」

「何かって……いや、でも……でもシュカは……」

シュカは不良をやめたとはいえ短気で喧嘩っ早い、リュウが攫われた時に喧嘩をしたことで不良グループに顔が知られたかもしれない、トラブルがあったのかも……でもヤクザの手を借りるのだけはまずい気がする、俺だけがサンだけと関わるのがギリギリセーフな気がしている。

「水月……大丈夫だよ、こんなことで貸し一つなんて言わないし、これ以外でソイツはアンタらに関わらせないようにするから」

「…………サンって心読めたりする?」

「あ、やっぱりヤクザ使うの怖くなってたんだ。ボクにヤクザでもいいじゃなくて、ボクはヤクザじゃないって言い切ってたもんね。水月、ヤクザは怖いんだって分かってたからさ、ふふ、当たっちゃった」

「本当に大丈夫……?」

「大丈夫大丈夫、ボクを信じて」

あんまり信用出来る要素がないが……ここで断ってもしキレさせたら歩けない身体にされかねないし、何よりシュカが心配だし──

「サンのことは信じてるけど、その人のことは俺知らないし」

「ボクの言うことは聞くから大丈夫」

「…………分かった」

──サンの善意と俺への好意に賭けようか。

「よし、じゃあ苗字教えてくれる?」

「鳥待……ぁ、家の最寄り駅は分かる。えっとね」

シュカの苗字と自宅最寄り駅、たったこれだけの情報でシュカの自宅を探せるのだろうか。不安に疑心も重なった。
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