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眠れない夜に

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全員入浴を終え、歯磨きなどの寝支度も終えた。セイカは俺の部屋でホムラと共に最後の兄弟水入らずの時間を過ごし、俺はそれを邪魔しないよう歌見と共にアキの部屋で眠る。

「布団敷けました」

入浴後アキはすぐにベッドに寝転がった。俺はその隣に布団を敷き、歌見と一緒に潜り込んだ。

「腕枕してやろうか?」

「えー? えへへ……お願いします」

歌見の二の腕にそっと頭を乗せる。背にもう片方の腕が回って抱き締められ、緩い寝間着から胸の谷間を覗いてしまった。

(……!? し、しまった。寝なきゃいけないのにギンッギンに……)

少し顔を前に進ませればふかふかの胸筋を顔全体で楽しめる。けれどそんなことをしたら更に眠れなくなる。

「…………お前からは抱きついてくれないのか?」

豊満な胸に気を取られていた。俺は慌てて歌見の背に腕を回し、軽く抱き締めた。

「なんか遠慮を感じるなー……こうだよ、こう」

腕枕をしてくれていた腕まで曲がり、両腕で強く抱き締められた。むにゅ、と胸に顔が埋まり、歌見の体温を鼻や口でも感じた。

「……そうそう。ぎゅーってな……人の鼓動を聞くと落ち着いて眠れるってどこかで聞いたんだ、どうだ? 眠れそうか? 水月……好きだよ。お前が俺を裏切らない限り、一生をお前に捧げると誓う。愛してる…………恥ずかしくなってきた。おやすみっ」

分厚い胸筋を超えて響いてくる鼓動には確かにリラックス効果があるのかもしれないが、それ以上に胸の感触が俺を昂らせ、愛の囁きによる相乗効果で俺の興奮は早くも最高潮に達した。

(目も股間もギンッギン、ギンッギン! ぬおぉおおおおお! 水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素……)

歌見は明日朝からバイトがあると話していた、襲いかかる訳にはいかない。萎えそうなことを考えなければ。

(…………カルシウムの次が分かりませんぞ! 教科変えますかな。ありおりはべり……えーっと……ヒャッ!? 何!?)

歌見の感触、体温、香り、それらから必死に意識を逸らしていた俺はドンッという突然の大きな音に驚き、布団の中でビクッと震えた。

《あぁクソっ! ちくしょうっ、クソ親父……!》

歌見が「んん……」なんて声を漏らしながら俺の背中をぽんぽん叩いてくれたが、それに萌えるよりも今はアキが低く唸るような声で何か言ったのが気になる。

(今の絶対なんかよくない言葉でそ、ロシア語分かりませんが……)

ベッドの上で起き上がっているらしい彼は深いため息をつき、舌打ちをし、またため息をつき、それから頭をガリガリと引っ掻いた。先程の音は壁を殴ったものだったようだ。起きて様子を確認してやるべきだろうか。

(……おや?)

ベッドが軋む音、微かな足音──アキはベッドから降りたようだ。布の擦れる音の後、扉が開閉される音が聞こえた。

(…………ちょっと心配ですな)

スマホで時間を確認した俺はこんな深夜にプールに向かったアキが心配になり、ぐっすり眠っている歌見の腕の中から抜け出した。薄暗闇の中扉を目指すと、その寸前でほんのりと温かい布を踏んだ。アキの服だ、脱ぎ捨てていったらしい、下着まである。

「アキ……」

扉を開け、閉める。深夜のプールは驚く程に静かだった、アキ用に調節された暗い光が水面を輝かせている、アキは居ない。

(サウナの方ですかな?)

乾いたプールサイドを踏み締めてサウナへと向かうその途中、ザバッ、と水音が響き、飛沫が上がった。

「……! アキ!」

アキはプールに居た、潜っていたようだ。神秘的に思わずにはいられない白髪に水滴が絡み、キラキラと輝く様はまさに天使だ。アレは光輪の輝きに違いない。

《兄貴……?》

「アキ、ちょっとおいで」

プールサイドに屈み、手招きをする。アキはすぃーっと泳いで素直に俺の前に来た。

「……寝るする、出来ないのか?」

「да」

「お昼、寝るする、したか?」

「нет」

アキはもう随分長い間不眠症だと聞いた。最近はセイカと共に寝ることで改善されてきているとも聞いた、セイカが居ないから眠れないのだろうか。ホムラとセイカが一緒に寝るのは最近で言えば珍しいことではない、最近ずっと眠れていなかったのだろうか。過酷な筋トレもダンスもセミ集めもサウナもプールも、体力を削って強制的な睡眠を促すためだったのだろうか。

「……お兄ちゃん、一緒、寝るする、するか?」

「………………にーに、なな……いいです?」

「気にしなくていいよ、先輩とは……ナナとは、たくさん、遊ぶするした。もう、気を遣わなくて……えっと、にーに、遊ぶ番、アキ」

マイペースなようで、他の彼氏を気にしてくれる時もある。寂しさを堪えてくれている。俺には相応しくないくらい可愛い弟だ、セミの件はまだ許せないけれど。

「……にーに」

「うん」

「ぼく、一人、慣れるする、欲しいです。昔、そうです。にーに、にーに、悪いです。ぼく、寂しい、苦手なるするです。にーにっ……にーに悪いですぅ……ぼく、ぼく、一人、好きですでした。ぼく、一人嫌いするです」

「……寂しいのに慣れるなんて、ダメだよ」

多分、ロシアに居た頃は一人でも平気だったのに、こっちに来て俺に構われるようになってから一人で居るのが嫌になったと、俺のせいで苦手なものが出来たと言いたいのだろう。

「アキ、アキはきっと元々寂しがり屋さんだったんだよ。なのにずっと寂しくされたから、麻痺してたんだ。苦手になったんじゃないよ、感じるようになったんだ、治ったんだよ。手が冷えて何も感じなくなっても、温めたらじんわり痛くなってきたりするだろ? アレと一緒」

アキの頬は冷えていたけれど、彼の頬を濡らしていたのは暖かい液体だった。

「……アキ、もっと、ワガママ言うする、いいんだぞ。お兄ちゃんが他の子と遊ぶしてても、セイカが俺に抱きつきたがっても、ワガママして、いいんだ。僕を見てって、構ってって、寂しいよって、教えてくれ」

白目まで赤くなっている。彼がベッドに寝転がっていた時、俺は眠っているのだろうと呑気に考えていたけれど、きっと寂しくて涙が溢れてきていたのだろう、ずっと目を擦っていたのだろう。

「お兄ちゃんな、鈍いんだ、おバカなんだよ。言ってくれないとなかなか気付けない……寂しい、したら……にーにに、寂しい、言うする……分かったか?」

光に弱く物を見るのにあまり適さない美しい血の色の瞳は、こんな傷付き方をさせてはいけなかったのに。

「…………眠る出来そうか?」

「にぇっ……」

「じゃあ、お兄ちゃん付き合うよ。一緒に起きる、する。遊ぶ、しよう?」

「…………にーに、寝るするしない……ダメです」

「ワガママ言ってごらん? アキ、したいする、するしていいんだぞ」

アキは震える瞳で俺を見上げ、しばらく迷った後、服を着たままの俺の胸ぐらを掴んでプールの中に引きずり込んだ。
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