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本当の理由
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アキが拗ねた理由として俺が考え出したものは、酷く幼稚だった。アキはまだ子供だからと思うべきか、俺がアキを子供扱いし過ぎだと思うべきか。
「ごめん……俺がすぐ泣くようなヤツじゃなきゃ……元々はこうじゃなかったんだ、でもなんかっ、ちょっと前からバカになって……感情の制御効かなくてぇ……」
声を絞り出しながらテディベアを抱き締めたセイカは既に泣いているように見える。慰めるべきかと彼の傍に屈もうとしたその時、ベッドが軋んだ。
「スェカーチカ?」
アキが起きた、いや、多分寝ていなかったのだろう。ベッドから降りて四つん這いでセイカの隣に向かい、手を伸ばし──引っ込め、セイカの顔を覗き込もうとした。しかし彼はテディベアに顔を押し付けている。
「せーか…………にーに!」
「冤罪!」
セイカを泣かせていませんと表現するため俺は両手を上げた。
「にーに、せーか泣くするです。にーにはやく、ぅー……なにー、する、です? 早くー、するです、にーに」
「えっと……お兄ちゃんセイカにいじわるしてないぞ? それは分かってくれよ?」
「…………おふろー、入る、するです」
アキは着替えを持って部屋を出ていった。俺に何かを伝えることを諦め、セイカを慰めることもなく……いつもと様子が違う。
「そういえば狭雲は一人で風呂入れるのか?」
「入れる……」
目を擦り、鼻をすすり、顔を上げて答えた。気分が落ち着いてきたようだ。
「……秋風が抱き締めてくれなかった」
「珍しいよな、拗ねてたからかな」
「せーかって、呼んだ……嫌われたのかな。アイツは俺のこと気にして鳴雷から俺取り上げたのに、それやだって言ったから…………とりあえず鳴雷から離れて冷静になりたい時もあったし、何より……秋風が俺のこと心配してくれるの嬉しかったのに。もう、ないのかな……」
「ネガティブだなぁもぉ……多分嫌われてなんかないからもうちょい図々しくなりな? あとさ、心配してくれるのは嬉しいってちゃんと言った方がいいな。そしたらアキも拗ねるの早くやめるかも」
「俺はいつも言葉が足りないんだ……手足だけじゃなく、頭も足りないから……事故の時に頭打って脳みそ傷んだんだ、バカになってる……」
泣くほどではないようだが、落ち込んでしまっている。励まさなければ、でもどうやって?
「スェカーチカってどういう意味なんだ?」
「チカとかシカは可愛いものの後ろに付ける言葉なんだそうです、マトリョーシカとかのシカもそれだって。だから……かわゆいゆいのせーかたんっ、て呼んでる感じだそうですよ」
「なるほど……他にあだ名付けられてる子とか居るのか?」
「俺たまにブラッ? モイブラット? って呼ばれますよ。セイカ、アレなんなんだ?」
「兄貴とか、俺の兄貴って感じだな」
にーに、って呼びかけるのとほぼ一緒なのか。俺の、って付くのイイな。独占欲を感じる、文脈的に付けているだけだったとしても。
「へー、他の子は?」
「だいたい名前か苗字で呼んでますね……だよな? セイカ」
話題を変えてからセイカの表情が暗くなくなった。故意か無意識かは分からないが、歌見が話題を振ってくれて助かった。
「まぁ、そうだな……たまに木芽のことピンクとか、霞染のこと美少女とか呼んだりしてるけど」
「俺はっ? 俺はないのか?」
「聞いたこと、ない……です」
歌見は目に見えてしょんぼりと落ち込んだ。分かりやすい人だ。
「後は鳥待をメガネとか、まぁ分かりやすいのが多いんだけどさ……紅葉のことバルチョーナク? って呼んでたのは分からなかったなぁー……辞書載ってないんだよ、アレ。お前のママ上に聞こうと思ってたんだけど……ちょっと、さ」
セイカはやはりまだ俺の母に対しては萎縮してしまうらしい。
「俺そのロシア語だけ分かるな……」
「ほんとっ? すごいな歌見、意味は?」
「オタクの嗜みだ。ボンボンだったよな? 水月」
知ってる前提で聞いてくるじゃん。
「なるほど……甘ったるいこと言ってくるってことか、酒入りのもあるらしいから相手を酔わせる的なニュアンスもある? 秋風意外と詩とか上手いかも。国語の勉強には小説だけでなく詩とかも入れなきゃだな。翻訳しても狂わない、音じゃなく意味で書いてる詩……調べなきゃな、また今度図書館行かないと、いつ行こう、秋風俺嫌ってないかな、連れてってくれるかなぁ……ちゃんと話さないと……」
セイカはぶつぶつ言いながら棚の方へ這いずり、メモ帳を取り出して何かを書き記し始めた。
「よく聞き取れなかったけど独り言か? 勉強熱心だなぁ」
「セイカ様なーんか勘違いしてる気が……まぁいっか」
メモを終えるとセイカは再び俺達の傍に這い寄った。這い疲れたのかテディベアをクッションにごろんとくつろいでいる。
「俺もあだ名欲しいなぁ……ピンクがいいなら銀とかいいんじゃないか?」
歌見は自らのアッシュグレーの髪に触れながらそう言った。
「銀と書いてシロガネとかカッコイイよな」
「シロガネーゼにします?」
「憧れがないとは言わないが言葉としてはカッコよくない……! ほら、もっとないか? 俺の身体的特徴ってヤツ」
歌見は両腕を広げて自分を見ろとアピールし始めた。そんなことをされても分かりやすい特徴の数は初対面の時と変わらない。
「うーん……その髪と、日焼け……筋肉? あとは三白眼とか……」
「三白眼のロシア語は分かんない。ナナって呼ばせてたけど、それじゃダメなの……です、か?」
「……! それだ! 数字の七はロシア語でなんて言うんだ?」
「Семь……」
「せむ? すぇむ? しむ? イイじゃないか! 響きがなかなかカッコイイし、数字なんてコードネームとか隊員番号みたいじゃないか?」
それなら俺も「月」とか「水」とか「雷」とかのコードネーム、もといあだ名が欲しい。
「全員に付けていこう、まずは時雨……メカクレ、ウサギ、小声、小柄……天正は竜をそのまま翻訳するだけでカッコよさそうだな」
「他人のあだ名勝手に決めない方が……っていうか、これで呼んでって言っても秋風が呼んでくれるかどうか分からないぞっ……ない、ですよ」
「考えるのが楽しいんだよ」
「そっか……そう、かも。うん、楽しい……です。俺翻訳がんばる……り、ます」
後付けの敬語が可愛らしい。以前のセイカはもっとペラペラと敬語もタメ口も使い分けていたと記憶しているのだが……案外、セイカの思い込みなどではなく本当に頭が悪くなっているのかもな、なんて思ってみたり。
「ごめん……俺がすぐ泣くようなヤツじゃなきゃ……元々はこうじゃなかったんだ、でもなんかっ、ちょっと前からバカになって……感情の制御効かなくてぇ……」
声を絞り出しながらテディベアを抱き締めたセイカは既に泣いているように見える。慰めるべきかと彼の傍に屈もうとしたその時、ベッドが軋んだ。
「スェカーチカ?」
アキが起きた、いや、多分寝ていなかったのだろう。ベッドから降りて四つん這いでセイカの隣に向かい、手を伸ばし──引っ込め、セイカの顔を覗き込もうとした。しかし彼はテディベアに顔を押し付けている。
「せーか…………にーに!」
「冤罪!」
セイカを泣かせていませんと表現するため俺は両手を上げた。
「にーに、せーか泣くするです。にーにはやく、ぅー……なにー、する、です? 早くー、するです、にーに」
「えっと……お兄ちゃんセイカにいじわるしてないぞ? それは分かってくれよ?」
「…………おふろー、入る、するです」
アキは着替えを持って部屋を出ていった。俺に何かを伝えることを諦め、セイカを慰めることもなく……いつもと様子が違う。
「そういえば狭雲は一人で風呂入れるのか?」
「入れる……」
目を擦り、鼻をすすり、顔を上げて答えた。気分が落ち着いてきたようだ。
「……秋風が抱き締めてくれなかった」
「珍しいよな、拗ねてたからかな」
「せーかって、呼んだ……嫌われたのかな。アイツは俺のこと気にして鳴雷から俺取り上げたのに、それやだって言ったから…………とりあえず鳴雷から離れて冷静になりたい時もあったし、何より……秋風が俺のこと心配してくれるの嬉しかったのに。もう、ないのかな……」
「ネガティブだなぁもぉ……多分嫌われてなんかないからもうちょい図々しくなりな? あとさ、心配してくれるのは嬉しいってちゃんと言った方がいいな。そしたらアキも拗ねるの早くやめるかも」
「俺はいつも言葉が足りないんだ……手足だけじゃなく、頭も足りないから……事故の時に頭打って脳みそ傷んだんだ、バカになってる……」
泣くほどではないようだが、落ち込んでしまっている。励まさなければ、でもどうやって?
「スェカーチカってどういう意味なんだ?」
「チカとかシカは可愛いものの後ろに付ける言葉なんだそうです、マトリョーシカとかのシカもそれだって。だから……かわゆいゆいのせーかたんっ、て呼んでる感じだそうですよ」
「なるほど……他にあだ名付けられてる子とか居るのか?」
「俺たまにブラッ? モイブラット? って呼ばれますよ。セイカ、アレなんなんだ?」
「兄貴とか、俺の兄貴って感じだな」
にーに、って呼びかけるのとほぼ一緒なのか。俺の、って付くのイイな。独占欲を感じる、文脈的に付けているだけだったとしても。
「へー、他の子は?」
「だいたい名前か苗字で呼んでますね……だよな? セイカ」
話題を変えてからセイカの表情が暗くなくなった。故意か無意識かは分からないが、歌見が話題を振ってくれて助かった。
「まぁ、そうだな……たまに木芽のことピンクとか、霞染のこと美少女とか呼んだりしてるけど」
「俺はっ? 俺はないのか?」
「聞いたこと、ない……です」
歌見は目に見えてしょんぼりと落ち込んだ。分かりやすい人だ。
「後は鳥待をメガネとか、まぁ分かりやすいのが多いんだけどさ……紅葉のことバルチョーナク? って呼んでたのは分からなかったなぁー……辞書載ってないんだよ、アレ。お前のママ上に聞こうと思ってたんだけど……ちょっと、さ」
セイカはやはりまだ俺の母に対しては萎縮してしまうらしい。
「俺そのロシア語だけ分かるな……」
「ほんとっ? すごいな歌見、意味は?」
「オタクの嗜みだ。ボンボンだったよな? 水月」
知ってる前提で聞いてくるじゃん。
「なるほど……甘ったるいこと言ってくるってことか、酒入りのもあるらしいから相手を酔わせる的なニュアンスもある? 秋風意外と詩とか上手いかも。国語の勉強には小説だけでなく詩とかも入れなきゃだな。翻訳しても狂わない、音じゃなく意味で書いてる詩……調べなきゃな、また今度図書館行かないと、いつ行こう、秋風俺嫌ってないかな、連れてってくれるかなぁ……ちゃんと話さないと……」
セイカはぶつぶつ言いながら棚の方へ這いずり、メモ帳を取り出して何かを書き記し始めた。
「よく聞き取れなかったけど独り言か? 勉強熱心だなぁ」
「セイカ様なーんか勘違いしてる気が……まぁいっか」
メモを終えるとセイカは再び俺達の傍に這い寄った。這い疲れたのかテディベアをクッションにごろんとくつろいでいる。
「俺もあだ名欲しいなぁ……ピンクがいいなら銀とかいいんじゃないか?」
歌見は自らのアッシュグレーの髪に触れながらそう言った。
「銀と書いてシロガネとかカッコイイよな」
「シロガネーゼにします?」
「憧れがないとは言わないが言葉としてはカッコよくない……! ほら、もっとないか? 俺の身体的特徴ってヤツ」
歌見は両腕を広げて自分を見ろとアピールし始めた。そんなことをされても分かりやすい特徴の数は初対面の時と変わらない。
「うーん……その髪と、日焼け……筋肉? あとは三白眼とか……」
「三白眼のロシア語は分かんない。ナナって呼ばせてたけど、それじゃダメなの……です、か?」
「……! それだ! 数字の七はロシア語でなんて言うんだ?」
「Семь……」
「せむ? すぇむ? しむ? イイじゃないか! 響きがなかなかカッコイイし、数字なんてコードネームとか隊員番号みたいじゃないか?」
それなら俺も「月」とか「水」とか「雷」とかのコードネーム、もといあだ名が欲しい。
「全員に付けていこう、まずは時雨……メカクレ、ウサギ、小声、小柄……天正は竜をそのまま翻訳するだけでカッコよさそうだな」
「他人のあだ名勝手に決めない方が……っていうか、これで呼んでって言っても秋風が呼んでくれるかどうか分からないぞっ……ない、ですよ」
「考えるのが楽しいんだよ」
「そっか……そう、かも。うん、楽しい……です。俺翻訳がんばる……り、ます」
後付けの敬語が可愛らしい。以前のセイカはもっとペラペラと敬語もタメ口も使い分けていたと記憶しているのだが……案外、セイカの思い込みなどではなく本当に頭が悪くなっているのかもな、なんて思ってみたり。
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