冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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夕食前の一悶着

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母の帰宅に合わせて家に戻ろうとしたのだが、ウッドデッキに未だ多くのセミが乗ったままになっている。死んでいる訳ではない、夜中は鳴かずにじっとしているらしい。ウッドデッキの上でじっとするな、木に行け木に。

「窓開けに行ったら絶対暴れる位置ぃ~……玄関回りましょパイセン」

「……だな」

何となく声を潜めて、足音も殺して玄関へと回るため家と塀の隙間を通る──背後でジジジッ! とセミの悲鳴が上がった。

《兄貴これ苦手なんだ、ふーん……》

「ア、アキ? セミさん離そっ、可哀想だよ、ねっ?」

「そ、そうだぞアキくん、老い先短いセミを虐めてやるな……」

「兄様、行きましょう」

振り返ってアキを見つめながら、彼を刺激しないようジリジリと後退していく俺達を置いて、セイカはホムラに手を引かれてさっさと玄関へ向かってしまった。

「うっ、裏切り者ぉ!」

《ほれほれ》

「イヤァアアアッ!?」

「アキくん! アキくん!? 話せば分かる! 話せば分かる! 話せばっアッアァッ来るなっ!」

「アァアーッ!? 虫は嫌虫は嫌ガサッとしてパリッとしてモニっとしてドロッときてォエッ」

《思ってたより大惨事》

セミを離したアキはケラケラ笑いながらウッドデッキに乗り、他のセミもウッドデッキから投げ捨てると窓を開けて中に入った。

「……吐いた?」

「喉までは来ました……出てはいませんぞ」

「一回ちゃんと怒った方がいいぞ」

「ですよな……」

俺達も窓から入り、食事用の机を拭いておくなどの準備を進めた。

「先輩はこの椅子使ってください」

「ありがとう」

そのうち母が帰宅し、俺は玄関まで彼女を迎えに行って荷物をキッチンに運んだ。

「えーっと、歌見くん? 久しぶりね」

「お、お久しぶりです……」

昼間俺に抱かれて散々喘いだくせに、ノンケ時代の癖は消えないものなのか歌見は母に微笑みかけられて赤面している。

「先輩、随分デレデレしてますなぁ」

「あぁ……お前に似てるからつい。俺女体化モノも割とイケるから」

「母親を息子の女体化呼ばわりするでないでそノンケ予備軍!」

ホムラがソファでセイカに勉強を教わっているのをいいことに、本来の口調で歌見と話していると、母がダイニングに置かれた机の足を指差した。

「昼間窓開けっぱなしにした?」

その机の足にはセミが止まっている。俺が昼間網戸を開けてしまった際に入ったのだろうか、それともさっきアキが開けた時?

「ミ゚ッ」

「水月っ!? しっかりしろ、意識を保て!」

「ほんと虫嫌いねぇ水月は……」

腰を抜かして歌見に支えられた俺は、母が躊躇なくセミを掴んで窓を開け、庭にセミを投げる姿を見た。

「一匹だけよね? さて、支度支度~」

「すごいなお前のお母さん……」

「…………ハッ!? お待ちくだされママ上セミを触った手で飯を作るなどおやめくだされ!」

「ちゃんと洗うわよ!」

「違うのでそ虫を触った手はもうその時点でダメなのでそぉ! もう切り落とすしかないのでそ!」

「ゾンビに噛まれたみたいな感じなのか?」

「あぁもううるさい! じゃあアンタは食わなくていいわよ!」

セミを掴んだ後まだ洗っていない手で頭をスパァンっと叩かれてしまった。坊主にしなきゃならないな、なんて言って笑う歌見と共にすごすごとダイニングに戻った。

「お前のママ上、俺とおそろいになるんだって?」

ソファに座っているセイカが右腕を振りながら笑いかけてきた。

「うわぁああ軽い気持ちで切り落とすとか言ってごめぇん! って、き、聞こえてたの……?」

既に手足を切り落としているセイカのことは頭の片隅にもなかった。この迂闊さが俺の短所だ、セイカが気にしていなさそうなのがせめてもの救いか。

「自分の声の大きさくらいは把握しろよ、あと俺別にそういうネタ平気だから普通に言ってくれていいぞ」

「そ、そう……?」

「ジョーク被せてお前が困るの面白いし」

「イジメっ子魂が抜けてねぇ!」

「…………ぇ? あ……ぁっ……嘘、ぁ、ごめ……ごめんなさい……ごめんなさいぃ」

「うわぁこっちは地雷!? ごめんなさいごめんなさい深い意図はないんですぅ! もうこっちのイジりもイケるかと思って……あっあっ泣かないでセイカぁ!」

慰めるには言葉だけでなくスキンシップも有用だ。撫でたり抱き締めたりするために手を伸ばしたが、その手はアキに払われてしまった。

「にーに、またスェカーチカ泣くするさせるです!」

楽しげに話していたセイカが突然泣き出したのだ、それも俺が大声を上げた直後に。そりゃアキからすれば俺はとても悪いヤツなのだろう。

《秋風? 違う、鳴雷は悪くないんだ、俺が勝手に……いつも、俺が勝手に泣くだけで》

《俺と話しても泣かないじゃん》

《こんな簡単に泣きたくないのに抑えが効かない、前は何があったって泣いたりしなかったのに……感情がちょっとブレただけで、こんな…………だからっ、鳴雷は悪くないから……》

《兄貴が悪くなかろうが兄貴と話すと泣くんだろ?》

《それは……うん…………鳴雷が、鳴雷が大好きだから……だからこそ泣いちゃうっていうか……えっと、とにかく…………お、俺をっ、鳴雷から取り上げないで……》

アキは深いため息をつき、舌打ちをしてセイカを抱えたまま立ち上がり、セイカを俺の方へ軽く突き飛ばした。当然俺はセイカを受け止め、俺にぎゅうっと抱きつく彼の背をぽんぽんと撫でた。

「アキ、乱暴だぞ。それにセミ! あんなに集めたことも、セミ持ってお兄ちゃん追いかけ回したことも、後でしっかり怒るからな」

アキはそっぽを向いたままだ、俺が話しかけているのは自分だということくらい分かっているだろうに。

「はぁ……セイカ、ごめんな。俺配膳手伝わなきゃ。ちょっと離れて……」

「僕がやります。鳴雷さんはどうか兄様をお願いします」

「え、そう? じゃあお願いしよっかな、ありがとうほむらくん。セイカ、席座ろっか」

よく痩せたセイカは硬い椅子に座るとすぐお尻が痛くなってしまうから、俺が座布団を結び付けた特別な椅子がある。彼をそこに座らせ、俺は彼の左隣に座った。

「アキくん、アキくんもそろそろ、座る、しないとな」

「…………」

「おいで?」

アキは歌見の手を取って立ち上がり、空いている席に向かった。

「……ななー、ぼく、左ー、得意するです。ぼく左座るする、なな、当たるするです」

「ん……? 俺の左に座りたいのか?」

アキは角の席に座り、歌見は不思議そうな顔をしながらアキの右隣に腰を下ろした。ホムラと母が料理を運び、いただきますと言う直前に義母が小走りでやってきた。

「いただきまーす」

箸を持ち、まずはサラダを食べようとしたその時、セイカと手の甲同士がぶつかった。俺は右利きでセイカは左手しか持たない、俺が右隣に座れば手同士がぶつかるのは当然のことだった。
さっき左がどうとか話していたのはそのことだったのかな、なんて思いながら左利きのアキを見つめた。
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