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突然の発熱

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遠慮し切れずに乗った車内で、くちゅんっと可愛いくしゃみが聞こえた。寡黙な運転手は黙ったままクーラーの温度を上げた。

「アキ? 寒いのか?」

「寒い、です。中、寒いです」

「中……?」

セイカはうつらうつらと船を漕いでいる、車でのうたた寝の心地よさは分かるから翻訳のためだけに起こすのは忍びない。

「……お兄ちゃんに抱きついておくか? ほら、もっと寄って」

力なく微笑んだアキは俺の腕を抱き締め、俺の肩に頭を乗せた。彼も眠くなってきたのかもしれないな。



セイカを病院に送り届け、レイの家へと帰った。豪邸での昼食なんて夢だったかのように普段通りに夕飯を終え、夜は更けていった。

「アキ? そんなに寒いのか?」

風呂を終えて寝室に入ると、俺の前に風呂に入ったアキが毛布を頭から被って震えていた。

「雪ん子って感じだなぁ、お風呂でちゃんと温まったか?」

隣に座って毛布の上から抱き締めると、毛布の隙間から手首だけが出てきて俺の寝間着をきゅっと掴んだ。

「……っ、ぎゃわゆぃっ……アキ、ほら、ごろーん」

毛布に包まれたアキと一緒にベッドに寝転がる。辛うじて出ている額にキスをし、アキに覆い被さって腰を腹に擦り付ける。

「なぁアキ、寒いならさ、お兄ちゃんと温まることしないか?」

毛布の中に手を入れて寝間着の上から尻を揉む──パシっ、と手を叩いて払われた。

「嫌です」

「あ……気分じゃなかったか? ごめんなっ」

ふいっと顔を背けて寝返りを打ったアキの背後に回り、恐る恐る抱き締める。

「……おやすみ、アキ」

毛布を被って身体を丸めれば腹側は温まるが、背中はそれほどだ。俺はそれをカバーするためにアキの背中にピッタリ抱きついているのだが、暑い。この夏真っ只中に毛布を被っていられるなんてアキはおかしい。

「ロシア人って寒さに強いもんじゃないのか?」

「道民は東京のが寒いって言うらしいっすよ」

風呂を終えて戻ってきたばかりのレイに話を振ると、何の話だなんて聞かずに返事をしてくれた。

「家の設備の話だろ?」

「そうでしょうけど……わー、暑そう」

「アキまだ寒そうなんだ、隣に寝てやってくれ。挟んでやれば少しはマシだろ」

「分かったっす、ホントはせんぱいの隣がいいっすけど」

レイは肌の保湿を終えるとアキの隣に寝転がってくれた。

「身体は温かいんだけどなぁ……」

毛布越しに感じるアキの体温は高いように感じる。けれどアキは寒そうに身を縮めている。不思議に思っているとレイが目を見開いた。

「せんぱいっ、アキくんすっごい汗かいてるっす!」

「はぁ!? やっぱり暑いんじゃねぇかもう!」

アキの顔に触れたレイの声を聞いて俺は慌てて毛布を剥ぎ取ろうとするも、アキは毛布を離さない。

「ま、待ってくださいっすせんぱい! アキくんすごく熱いんすよ!」

「こんなもん被ってるからだろ?」

「違うっす! そんな熱さじゃないんす!」

レイの必死さが気になって彼の隣に移動し、熟したリンゴのように真っ赤になったアキの頬に触れた。

「熱っ……!? え……ちょっ……」

額に、喉に手の甲を当て、その体温の高さに驚く。

「……風邪引いたのか。クソっ、なんで気付いてやれなかったんだよ兄失格だクソっ!」

「やっぱり熱出てるんすよねこれ、寒いってことはまだ熱上がるんじゃ……」

「とりあえず体温計持ってきてくれ」

レイが体温計を持ってくるまでの間、俺はアキの両頬に手を添えて声をかけ、赤い瞳と見つめ合った。

「アキ、風邪、いや……病気、か?」

特定の病名はまだ分からないだろう。病気なら分かるかとそう尋ねると首を傾げた。

「……身体、辛い?」

呼吸は落ち着いている。いや、意識的に落ち着かせているように思える。

「どこ、痛い?」

頭か、喉か、どこか痛まないか聞きたかったのだが、アキは黙ったまま目を閉じてしまった。

「…………話せない? そんなに辛いのか? ごめんな、気付いてやれなくて」

「ただいまっす」

寝室に戻ってきたレイはいくつか荷物を抱えていた。

「まず体温計っす。あと、おでこに貼る熱冷ましとお薬っす。それと……な、長ネギ」

風邪を引いたらネギを首に巻くとかいう迷信があったな。

「ネギは冷蔵庫に戻してきてくれ。熱冷ましか……寒がってるけど、貼っていいのかな」

「……さぁ」

「薬……薬ってちょっと怖いよな」

「市販の風邪薬っすよ? 誰でも飲んでいいもんじゃないんすか? CMでやってるじゃないすか、早めのふふふんって」

「そこ忘れることある……?」

箱の裏の注意書きを読んでみると、十五歳以上と以下とで飲む数が違った。

「……アキ十四歳だったよな、じゃあ二粒か」

「十四歳に手ぇ出してるんすねせんぱい……」

二十三歳の言うことは無視して、錠剤を二粒取り出してレイに水を頼んだ。ネギと入れ替えにペットボトルの水を持ってきたレイに感謝し、アキを抱き起こす。

「アキ、ほら、お薬」

「にぇ……」

アキは目を閉じたまま寝転がろうとしている。

「薬。えー……ドラッグ!」

「それ英語っすし、なんか麻薬っぽいっす」

「アキ、これ飲む。ごっくん、ごっくんってエロいな」

「せんぱい」

「分かってる真面目にやるよ。アキ、飲むしてくれ」

「にぇっと……」

つまんだ錠剤を口に押し込もうとするも、その手を掴まれて抵抗される。

「くっ……! 力、強っ……!?」

手が押し返される。これが病人の腕力か? 兄として負ける訳にはいかないのだが、力の差は心意気では縮まらない。

「はぁっ、ダメだ……アキぃ、お薬飲んで寝たらすぐ治るから、なっ?」

「病院……この時間じゃ開いてないっすよね」

「救急だな。風邪でそれはちょっと大袈裟な気もするんだよなぁ……」

「体温どうっすか?」

「まだ測れてない」

そう言った途端、アキの脇に挟んだ体温計がピピッと音を立てた。

「…………38.2」

「結構っすね」

「うーん、とりあえず様子見ようか。レイ明日も家に居るよな? 学校終わるタイミングで電話くれ、まだしんどそうだったら俺母さんのとこ行って保険証とかもらってくるから」

「分かったっす」

アキのことは心配だが、ひとまずは眠って明日に備えよう。咳をしたりはしていないから、うるさくて眠れないなんてことはなさそうだ。

「……きっとすぐに治るよ。おやすみ、アキ」

結局薬は飲ませられなかった、これでよかったのだろうか。不安は尽きない。
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