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一人で立てるもん
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アキが風邪を引いてしまった。アキは咳もせず静かにしていたが、俺は彼が心配で寝不足になってしまった。目を擦りながらトーストと卵を焼き、アキには玉子うどんを作ってやった。
「ちゅるちゅる~ってするんすよ、アキくん」
上手に箸を使って麺を少しずつ口に運んでいるアキには普段の元気さがない。けれど、立ったり歩いたりは平気で出来るらしく、空になった皿を流し台まで持ってきてくれた。
「にーに……」
「あぁ、ありがとうなアキ。座ってていいのに……お兄ちゃん、学校終わる、帰る、アキ病院行くする、だから、大人しいする、待つするんだぞ」
「……だ」
ふらふらしていたりもしない、ずっと顔が赤っぽくてあまり喋らないだけだ。重症ではなさそうだな。
だからといって安心することなど出来ず、授業もうわの空だった。
「みっつーん、なんでマスクしてんの?」
「ん、あぁ……アキが風邪引いちゃったみたいで、俺はなんともないけど実は伝染ってるかもしれないから……まぁ、念の為にな」
「マスクをすると顔がよく見えると言いますが、水月はマスクがない方がいいですね」
「はは、ありがとう」
マスクやサングラスで美形に見えるというのは、見えていない部分を脳が勝手に補正するからだ。俺は人間の脳が想像出来るレベルの美形ではないので、マスクなんてない方がいい。
「風邪て大丈夫なんか? お見舞いとか行ってええ?」
「伝染ったらどうするんだよ、テスト前なのに。気持ちだけ伝えとくよ」
「風邪なんて一晩寝れば治りますよ」
「しゅーは治りそ~だけどさ~……ぁ、りゅーとか風邪引かなそ~」
「バカは風邪引けへん言うもんなぁ、ってじゃあかしぃわ! 誰がバカやねん!」
彼氏達と話して少し気が楽になり、二時間目以降はそれなりに集中出来た。放課後、アキの保険証を取りに行くと伝えるため通学路で母に電話をかけた。
『もしもし水月? どうしたの?』
『会議中に無断私用電話、いやぁ専務にしか出来ませんね!』
「あっ、ごめん仕事中に……アキが風邪引いちゃったみたいで、保険証を」
『アキが風邪?』
『えっアキくん風邪!? すぐ帰った方がいいですよ専務』
同僚? の男性らしき人の声が聞こえる。母は彼にアキのことを話しているのだろうか。
『あ、もちろん俺も一緒に行きますよ! すぐ行きましょう! 会議中断!』
『あぁもううるっさいわね! 会議続行! ごめんね水月、それで? アキどんな具合なの?』
「うーん、立ったり歩いたりは普通にしてるんですが、口数が少ない感じです。念の為病院行かせようかと思って、保険証くださいません?」
『あー……保険証ね、葉子に電話しとくからホテルまで取りに行ってくれる?』
『俺行きますよ、住所どこです?』
『伝染されないように気を付けなさいね、ばいばい』
俺の返事を待たず母は電話を切った、忙しい時にかけてしまったようで申し訳ない。少し落ち込みつつ母と義母が泊まっているホテルに向かうと、眠そうに目を擦っている義母がロビーで待っていた。
「葉子さん、お久しぶりです」
「……あ、水月くん。えっと……アキの保険証ね。はい。同居してる方に渡しておくべきだったよね」
「すいません、ちゃんと見てたつもりだったんですけど……風邪引かせてしまって」
「そういうのいいって、水月くんのせいじゃないから」
「……あの、お暇でしたら一緒に行きませんか? 病気の時って心細くなるものですし、お母さん傍に居た方がいいと思うんです」
義母は深いため息をついた後、首を横に振った。
「いい。私そんなに好かれてないし。あなたとだけ居る方が落ち着くんじゃない? じゃあねっ」
「あっ、葉子さん……」
俺の提案が気に障ったのか、義母はエレベーターに駆け足で乗り込んだ。
「…………早く帰ろう」
レイの家に帰ると、二人は寝室に居た。アキは眠っており、俺は私服に着替えながらレイから俺が居ない間のアキの様子を聞いた。
「いつもみたいに元気じゃないし喋らないってだけで、特別しんどそうじゃないんすよねぇ。ホントに病院行くんすか? 俺別にいいんじゃないかなーって思うっす」
「うーん……まぁ、一応、なっ。見ててくれてありがとうな、レイ。俺アキ連れて行ってくるよ」
「あ、はい……お気を付けて行ってらっしゃいっす。アキくん起こすっすか?」
「や、おぶるから寝かせたままでいいよ。ちょっと手伝ってくれ」
おぶるためにはまず眠っているアキを座らせなければ。毛布を剥ぎ、背中とベッドの隙間に腕を入れ──腕を掴まれた。
「おっ、おぉ……アキ、起きちゃったか。お兄ちゃん下手くそだったかな? ははは……」
ギョロっとこちらを睨んだ赤い瞳には手負いの獣のような迫力があり、俺は自然と両手を広げて無害を、笑顔を作って害意のなさを示した。本能的な行動だった、やり終えてから自分の意図に気付いた。
(……わたくし、何してるんでしょう。風邪引いて弱ってる弟に、何を怯えて……今はわたくしがしっかりしなければいけない時でそ!)
俺はゆっくりと落ち着いてアキに病院に行こうと伝えた。アキは静かに頷いて立ち上がり、自分で服を着替えた。
「俺このくらいなら病院行かないっすけどねぇ」
「……前に母さんに言われたこと思い出したんだ。アキ、免疫弱いって……だから油断しちゃダメだと思う」
「マジすか、行かなきゃっすね」
「あぁ、アキ、行けるか? お兄ちゃんおんぶするぞ?」
「……にぇっ……」
おぶると身体で示したがアキは首を横に振り、扉を開けた。アキを病院までおぶるくらい出来るのにな、と頼られない悲哀を抱えたまま外へ出た。
「ちゅるちゅる~ってするんすよ、アキくん」
上手に箸を使って麺を少しずつ口に運んでいるアキには普段の元気さがない。けれど、立ったり歩いたりは平気で出来るらしく、空になった皿を流し台まで持ってきてくれた。
「にーに……」
「あぁ、ありがとうなアキ。座ってていいのに……お兄ちゃん、学校終わる、帰る、アキ病院行くする、だから、大人しいする、待つするんだぞ」
「……だ」
ふらふらしていたりもしない、ずっと顔が赤っぽくてあまり喋らないだけだ。重症ではなさそうだな。
だからといって安心することなど出来ず、授業もうわの空だった。
「みっつーん、なんでマスクしてんの?」
「ん、あぁ……アキが風邪引いちゃったみたいで、俺はなんともないけど実は伝染ってるかもしれないから……まぁ、念の為にな」
「マスクをすると顔がよく見えると言いますが、水月はマスクがない方がいいですね」
「はは、ありがとう」
マスクやサングラスで美形に見えるというのは、見えていない部分を脳が勝手に補正するからだ。俺は人間の脳が想像出来るレベルの美形ではないので、マスクなんてない方がいい。
「風邪て大丈夫なんか? お見舞いとか行ってええ?」
「伝染ったらどうするんだよ、テスト前なのに。気持ちだけ伝えとくよ」
「風邪なんて一晩寝れば治りますよ」
「しゅーは治りそ~だけどさ~……ぁ、りゅーとか風邪引かなそ~」
「バカは風邪引けへん言うもんなぁ、ってじゃあかしぃわ! 誰がバカやねん!」
彼氏達と話して少し気が楽になり、二時間目以降はそれなりに集中出来た。放課後、アキの保険証を取りに行くと伝えるため通学路で母に電話をかけた。
『もしもし水月? どうしたの?』
『会議中に無断私用電話、いやぁ専務にしか出来ませんね!』
「あっ、ごめん仕事中に……アキが風邪引いちゃったみたいで、保険証を」
『アキが風邪?』
『えっアキくん風邪!? すぐ帰った方がいいですよ専務』
同僚? の男性らしき人の声が聞こえる。母は彼にアキのことを話しているのだろうか。
『あ、もちろん俺も一緒に行きますよ! すぐ行きましょう! 会議中断!』
『あぁもううるっさいわね! 会議続行! ごめんね水月、それで? アキどんな具合なの?』
「うーん、立ったり歩いたりは普通にしてるんですが、口数が少ない感じです。念の為病院行かせようかと思って、保険証くださいません?」
『あー……保険証ね、葉子に電話しとくからホテルまで取りに行ってくれる?』
『俺行きますよ、住所どこです?』
『伝染されないように気を付けなさいね、ばいばい』
俺の返事を待たず母は電話を切った、忙しい時にかけてしまったようで申し訳ない。少し落ち込みつつ母と義母が泊まっているホテルに向かうと、眠そうに目を擦っている義母がロビーで待っていた。
「葉子さん、お久しぶりです」
「……あ、水月くん。えっと……アキの保険証ね。はい。同居してる方に渡しておくべきだったよね」
「すいません、ちゃんと見てたつもりだったんですけど……風邪引かせてしまって」
「そういうのいいって、水月くんのせいじゃないから」
「……あの、お暇でしたら一緒に行きませんか? 病気の時って心細くなるものですし、お母さん傍に居た方がいいと思うんです」
義母は深いため息をついた後、首を横に振った。
「いい。私そんなに好かれてないし。あなたとだけ居る方が落ち着くんじゃない? じゃあねっ」
「あっ、葉子さん……」
俺の提案が気に障ったのか、義母はエレベーターに駆け足で乗り込んだ。
「…………早く帰ろう」
レイの家に帰ると、二人は寝室に居た。アキは眠っており、俺は私服に着替えながらレイから俺が居ない間のアキの様子を聞いた。
「いつもみたいに元気じゃないし喋らないってだけで、特別しんどそうじゃないんすよねぇ。ホントに病院行くんすか? 俺別にいいんじゃないかなーって思うっす」
「うーん……まぁ、一応、なっ。見ててくれてありがとうな、レイ。俺アキ連れて行ってくるよ」
「あ、はい……お気を付けて行ってらっしゃいっす。アキくん起こすっすか?」
「や、おぶるから寝かせたままでいいよ。ちょっと手伝ってくれ」
おぶるためにはまず眠っているアキを座らせなければ。毛布を剥ぎ、背中とベッドの隙間に腕を入れ──腕を掴まれた。
「おっ、おぉ……アキ、起きちゃったか。お兄ちゃん下手くそだったかな? ははは……」
ギョロっとこちらを睨んだ赤い瞳には手負いの獣のような迫力があり、俺は自然と両手を広げて無害を、笑顔を作って害意のなさを示した。本能的な行動だった、やり終えてから自分の意図に気付いた。
(……わたくし、何してるんでしょう。風邪引いて弱ってる弟に、何を怯えて……今はわたくしがしっかりしなければいけない時でそ!)
俺はゆっくりと落ち着いてアキに病院に行こうと伝えた。アキは静かに頷いて立ち上がり、自分で服を着替えた。
「俺このくらいなら病院行かないっすけどねぇ」
「……前に母さんに言われたこと思い出したんだ。アキ、免疫弱いって……だから油断しちゃダメだと思う」
「マジすか、行かなきゃっすね」
「あぁ、アキ、行けるか? お兄ちゃんおんぶするぞ?」
「……にぇっ……」
おぶると身体で示したがアキは首を横に振り、扉を開けた。アキを病院までおぶるくらい出来るのにな、と頼られない悲哀を抱えたまま外へ出た。
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