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お見舞いに行かなかった理由

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薄く焼いた卵を冷まして細く切る。似た細さにキュウリや生姜、ミョウガも刻む。カニカマは包丁を使わずに手で裂く。

「薬味用意するのは何か楽しいっすね」

暑い日に熱い火の前に立ってそうめんを茹で、卵を焼き終えた後にやってきたレイは呑気に笑っている。ちょっとムカつく。

「ミョウガ食べると忘れっぽくなるって聞くっすよ、テスト前なんすから控えた方がいいんじゃないっすか?」

「俺は俗説より美味しさを優先する」

「あ、トマトとごま油も美味しいらしいっすよ」

「ごま油はあるけど……トマトは、ぁー、前の残りがちょっとしかないな」

「でも俺あんまトマト好きじゃないんすよ」

「俺が食べるよ、オススメどーも」

なんて話しながら準備を進め、大きな透明の皿に入れたそうめんと、小皿に入れた薬味をダイニングの机に運んだ。

「いただきまーす」

アキ以外の三人で声を合わせ、箸を持つ。

「ん、美味い。そうめん食べると夏って感じがするな。ところで水月」

「何ですか?」

「さっきアキくんに「おとーさん大きいする、同じするです」って言われたんだけど……どういう意味か分かるか? 高い高いとかして欲しかったのかな」

流石にそんな歳じゃないだろう。

「大きいする……大きさ、かな。サイズ……背格好が似てるとか、そんな感じじゃないですかね? アキはお父さんに格闘技習ったみたいなこと言ってましたし、ガタイいいんでしょう」

「あぁ、なるほど……そっか。お父さん恋しいのかな」

「かもしれませんね……」

《この細い卵焼き美味ぇ》

しんみりとアキを眺めていると、俺達には分からない言葉を呟いた。望郷の言葉だったのかもしれない。

「……あ、そうだ。アキ、今日はセイカのお見舞い行かなかったのか?」

だ、と聞こえる短い返事。おそらく肯定を意味している。

「なんで行かなかったんだ? セイカ寂しがってたぞ、心配もしてた。あ、いや……責めてる訳じゃなくてな、でも……理由がないなら行ってやって欲しい」

「せーか、ぼく、来るする欲しくない、言うするしたです。ぼく、せーか、遊ぶする一緒する、欲しいです……でも、せーか、ぼく一緒する嫌です。我慢するしたです」

「……セイカが来て欲しくないって言ったのか。ありがとうな、教えてくれて」

頑張って話してくれたアキの頭を撫でてやると、少し暗くなっていた表情が僅かに和らいだ。

「勘違いか聞き間違いじゃないのか? その子寂しがってたんだろ?」

「いえ……セイカはそういう子なんです。なんか自分に自信がないみたいで、自分に時間を使わせるのが嫌だとか言って帰ってくれとかもう来て欲しくないとか言うんですよ」

「で、実際来なかったら寂しがるのか。面倒な子だな……水月だけならともかく遊びに行ってるだけのアキくんにもそれか? うわぁ……」

アキが昼間暇を持て余して寂しく過ごしているのはセイカにも説明したはずだ、それなのに時間を無駄にさせていると思うだろうか? セイカの思考は未だに読めない。

「なるかみー、なるかみ、言うするしたです。せーか泣くするしたです。なるかみ、何です?」

「あ……そっか、そっちか……それ言ってたの土曜日だよな? そっかぁ……うわ、ごめん……」

推測でしかないが、セイカは「今日はアキに来て欲しかったんじゃないのに」的なことを言ったのだろう。俺恋しさに泣く彼は可愛らしいが、口を滑らせるのは控えてもらわなければ困る。俺にとってはアキも大切な子なのだから傷付けないで欲しい。
まぁ俺がいつも通り土曜日にセイカに会ってれば誰も傷付くことなんてなかった訳で、やっぱり俺が悪いのだけれども。

「鳴雷はにーにのお名前っすよ、アキくん」

「にーに? にーに、なるかみです? にーに……にーに、せーか泣くするしたです! にーに、何するしたです?」

アキ、俺の名前知らなかったんだ……不便がないからって知りたくもならなかったんだ……ちょっとショック。っと、ショックを受けてる場合じゃない、アキが怒っている。

「何、か……嘘はバレてないはずだから……んー、何もしなかったからダメだったって感じかな」

「せーか、泣くする、すごくです」

「怒らないでくれよアキ、俺が悪いのは俺が一番分かってる……でも、さぁ」

セイカは俺を虐めてたんだぞ? と声には出さず、深く大きなため息をつく。何も分かってはいないだろうが、異様な雰囲気でも感じ取ったのかアキは俺を責めるのをやめて錦糸卵をそうめんに乗せた。

「……水月? どうしたんだ?」

「なんでもないです……」

虐められていた恨みを今更引っ張り出すようなら、初めからセイカを口説くのが間違いだ。好いて、好かれて、抱いたのだから、もう忌まわしき過去は捨てて今の幸福だけを求めればいいのに。

「せんぱいっ、トマトどうっすか? そうめんと合うんすか?」

「アキくん、卵ばっかりそんなに食うな。みんなの分なくなるだろ」

三人の愛おしい彼氏が目の前に居るのに、食べているものも美味しいのに、幸せな風景が目の前にあるのに、食道が熱くなった。

「あ、ちょっ、せんぱいっ?」

「トイレか。腹壊したかな」

「口押さえてたっすよ? 大丈夫っすかねー……」

机で居眠りをする学生のように便器に突っ伏す。吐き気は確かにあったのに、何かがこみ上げてきた気がしたのに、俺の口から垂れたのは唾液だけだった。

「…………クソ」

苦痛ばかりの中学時代の記憶が最近どんどん鮮明に蘇るようになってきている。考えるまでもなくセイカと付き合っているせいだ。

(セイカ様に優しくしていただいた半年くらいのことはあんまり思い出さないのに、虐められた時のことばっか思い出すなんてホント出来の悪い頭ですこと)

洗面所でうがいをしてからダイニングに戻った。

「せんぱいっ、おかえりなさいっす。大丈夫っすか? 吐いちゃったりしたんすか?」

「吐きはしなかったよ、吐きそうだったけど」

「熱中症か?」

「多分違いますよ、心配かけてごめんなさい、レイもごめんな」

俺を心配するあまり席を立っていた彼の頭を撫で、嬉しそうな笑顔を眺めていればヘドロのような感情は再び心の奥深くへと沈んでいった。
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