自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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剥がれる理想、暴かれる心

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俺は一体何を勘違いしていたのだろう。
生意気にも不感症を自称する男子高校生をイキ狂わせて遊んでやろう……なんて考えるような男だ、そのくだらない遊びに六十万も使うような男だ、それがキョウヤだ。
優しい甘党の紳士なんて、父に与えられるストレスで擦り切れた俺が見た幻想でしかない。

「キョウヤさん……」

何人も未成年を買って培ったテクニックと、言葉による飴と鞭、大金、清潔感、普段の優しい物言い……等々でほだされていただけだ。父よりはマシだけれどキョウヤもまともな大人とは言い難い。

「…………」

まともな大人とは何だろう? 俺の周りに居た大人と言えば──俺が産まれる前から俺の死を願い、俺を虐め続ける父。生徒からの性被害の相談をラッキー程度に受け止め、身勝手な性欲をぶつけてきた教師達。高校生にハメられるならと札を握り締める中年親父共──つまり子供を守り導く大人なんてファンタジーだ。
まともな大人なんて知らない、俺の観測範囲には存在しなかった。キョウヤが一番マシなんだ、見た目も資産も性格も何もかもキョウヤが一番なんだ。

「……チューリップ法律相談所までお願いします」

タクシーに揺られて数十分、キョウヤの事務所に着いた。あの強面の男はキョウヤに俺の殺人未遂をもう伝えたのだろうか、そんなことを考えながら仕事場の扉を開いた。

「あぁ……! レイン、おかえり。よかった……今朝は思い詰めたような顔をしていたから心配していたよ」

人畜無害そうな笑顔を浮かべるキョウヤに抱き締められ、胸の奥から溢れる熱い想いは間違いなく俺自身の感情だと理解する。
理性的に考えて一番マシな大人だからなんて関係ない、快感を教えてくれた男だから洗脳されている訳でもない、俺はキョウヤに恋をしている。

「…………キョウヤさん」

「うん?」

「……ただいま」

俺の居場所はあの寂しいアパートでも、父の元でもない。キョウヤの腕の中だ。

「おかえり、レイン」

俺の目を見つめて名前を呼んでくれるのはキョウヤだけだ。

「おやつを用意しているよ。クッキーなんだけど、食べるかい?」

「……うん」

三階に上がり、部屋着に着替えて顔などを軽く洗い、ダイニングに戻ると皿に盛られたクッキーが机に置かれていた。

「レイン、紅茶とコーヒーどっちがいい?」

「んー……ミルク多めのコーヒー。砂糖は二杯くらい」

「分かった。少し待っていてね」

クッキーをつまむ自分の手に赤い線を見つける。クッキーを口に入れて手のひらを眺め、親指と人差し指の間にある線のような傷と同じものが小指側にもあると気付いた。

「レイン、コーヒー入ったよ」

「あ、うん。ありがとうキョウヤさん」

両手に似たような傷がある。軽く擦り剥いたような軽い傷で触れなければ痛みはほとんどない。父の首を絞めるのに使ったベルトで手の皮が少し剥けたのだと察し、ぎゅっと拳を握って気持ちを切り替え、キョウヤが入れてきてくれたコーヒーを飲む。

「ふぅ……ふふっ、なんかコーヒー飲むと落ち着く」

「温かい飲み物はいいよねぇ、年寄り臭い感性かと思っていたけれどそうでもないのかな?」

「誰でも落ち着くと思うよ。プレーンのクッキーがまたコーヒーに合う……」

「このクッキー美味しいだろう。私がもう十年以上懇意にしている店のものでね」

キョウヤは楽しそうに昔このクッキーを売っている店を見つけた時のことや、店主と仲良くなった時のこと、客と揉めた際に解決してあげたことなど、様々な話をしてくれた。

「へー……ふふふ、なんか楽しそうでいいなぁ。キョウヤさん話上手いよな」

「弁護士だからね」

「関係あんの?」

「依頼者の思いを引き出すために聞く力が必要だし、それを理解する力、証拠と絡めて論理的に話す力、証言者や裁判官の心を揺さぶるためある程度の話す力も必要なんだよ」

「ふーん……大変な仕事だなぁ」

「だからお金をたくさんもらえるんだよ」

冗談めかして言っているからか嫌味は感じない。くすくすと笑えてしまう、これが話す力だろうか?

「話す力かぁ……俺にはないな、俺バカだもん」

「……聞き取りやすく理解しやすく話すよりも、気持ちを込めて話すことが何よりも大切なんだよ。真っ直ぐな心からの言葉は刺さるんだ、何日も頭だけで練りに練った言葉よりもね」

「そーかなぁ」

「私には刺さったよ。私のことが好きだと……時に無邪気に、時に苦しそうに、時に幸せそうに、君は言ってくれたよね。私もこの歳だから恋愛経験は豊富なつもりだし、高校生くらいの子を何人も買ってきたけれど……君みたいに真っ直ぐな子は見たことがない」

何気ない雑談のつもりだったのに、突然俺について語られ、混乱の後から照れが起こって赤面が遅れた。

「ふふ……赤くなって、可愛いね。君と出会えてよかった」

「や、やめてよ……急に、そういうの。なんかクッキーもコーヒーも飲み込みにくくなったじゃん」

「…………君はとても純粋な子だ」

そんなはずはない。小学生の頃から父に犯され、中学を卒業する頃には経験人数は三桁を超え、成人目前になっても高校生だと言い張り、実の父親を殺そうとした俺が純粋だなんてありえない。

「……そんなことないよ。俺は……たくさんの人と…………した、し」

「関係ないよ。いや……関係はあるね。純粋無垢で綺麗だから穢してやりたくなって、汚い大人が君に群がるんだ。もちろん私もその一人だ」

キョウヤはクッキーを一枚食べて立ち上がり、俺の傍に来て俺の頭を撫でた。

「……君はとうとう汚れを受け入れた。私に汚れてくれた」

「キョウヤさんが何を言ってるのかよく分からない……汚れって何? なんで身体売っても汚れないのに、キョウヤさんには汚せるの?」

「おや……ふふ、言い方が悪かったかな。ごめんね、分かりにくかったね。君は誰かを好きになったことが今までなかったろう?」

「……………………分かんない」

幼い頃は父のことが好きだったと思う、どんなに殴られても父を喜ばせようとしていた覚えがある。

「君の心は真っ白だった。醜い大人達に乱暴されてたくさん傷が……折り目がついてしまったね、破れてちぎれてしまったところもあるかもしれない」

心を紙に喩えているのだろうか。

「でも色付くことはなかった。君の心が動くことは……ずっとなかったね。でも、私に汚されてくれた。君は必死に折り目を伸ばして、私の色が乗りましたと私に見せに来てくれた。その様がいじらしくていじらしくて……たまらないよ、レイン、君はとても可愛い……」

キョウヤの頬に一筋の涙が伝う。慌てて椅子を引くとキョウヤは俺が立ち上がるのも待たず、俺を抱き締めた。

「……頑張って伸ばしても、折り目は見えてしまうんだよ。破れたところを手で隠していては不自然なんだよ。レイン……君が私のところに帰ってきてくれるように、私も君を愛している。全部教えて、どんな風に折られたのか、破られたのか…………全部私に言いなさい」

比喩が多くて分かりにくいはずなのに、それを読み解く頭よりも先に心がキョウヤの話を理解する。

「…………どうして今朝、六十万も引き出したんだい? 君の口座の動きは確認出来るようにしてあるんだよ。話してくれるね?」

「……聞いて、ないの?」

「今レインに聞いているんだよ」

「知ってるんじゃないの……俺が今日、何をしてきたか」

「…………大まかな見当はついている。でも、私は君の口から聞きたい。助けを求めて欲しい。勇気がいると思う、でも君自身が助けを求めなければ私が勝手に助けても君はその手を払うだろう?」

大まかな見当というのは、今日俺がしてきたことはヤクザからの調査報告で知っているということだろうか。
それとも今日の分の調査報告はまだで、前日までの報告から今日の俺の動きを察しているということだろうか。
どっちでもいい。

「…………キョウヤさん」

「……うん」

「助けて……欲しいんだ。俺のこと…………あのね、俺ね……今日……」

俺は全てを話す覚悟を決めた。
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