自称不感症の援交少年の陥落

ムーン

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割れた薄氷がまた凍る

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駅のホームで会った強面の男にキョウヤが全てを知っていることを教えられ、その上でキョウヤが俺の助けを求める声を待っていたことを知り、俺は全てを話す覚悟を決めた。

「俺、ね? 今日……父さんに会ってきたんだ」

「……うん」

「父さんはね、月に一度……俺のところに来て、俺が稼いだお金持っていくんだ。そのついでに俺に母さんの形見のワンピース着せて、ウィッグ被せて、抱くんだ」

キョウヤの表情が険しくなる。

「…………俺ね、小学生の頃からね、父さんとヤってたんだよ。学校から帰ってすぐ、ランドセル下ろさせてももらえずに……昼も、夜も、何回も…………父さんって呼ぶ度に殴られた、めぐみの……母さんのフリしろって、怒られた」

「そう……」

「キョウヤさんに知られたくなかった。気持ち悪いだろっ……? 父親と、ヤってるなんて……」

「……君を買って弄んだ私にこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど、私は君のお父さんが許せないよ」

「父さんに使われた穴なんてキョウヤさんに舐めて欲しくなかったんだ。だからこの前蹴っちゃった……ごめんね?」

「レインが謝ることなんて何もないよ」

抱き締められてキョウヤの体温に安心しながらも、近親相姦と親殺し未遂の罪を犯した俺が安心なんてしていいのだろうかと不安になる。

「………………やめて、優しくしないで……」

「……レイン?」

「俺っ、父さんとヤってたんだよ? 父親だよ? 実の。汚いよっ……俺なんか。近親相姦って絶対しちゃダメなことなんだよ? なのに、なのに俺しちゃって……ものすごい罪人で、だからきっと神様とかに嫌われててっ、だから何やっても上手くいかないんだ。ダメだよ俺なんか可愛がらないでよ優しくしないでよキョウヤさんまで嫌われちゃうよっ!」

「…………君と一緒なら神様になんて嫌われてもいいよ」

涙に濡れた唇に唇が重なる。冷たいキスは一瞬で終わり、頭への愛撫が俺の罪悪感を揺らがせる。

「それにね、レイン。君は大きな思い違いをしているよ。君は近親相姦したんじゃない、させられたんだ。君は自分で望んで父親と交わったわけでもなければ、それを拒否できる立場や状態でもなかった」

「…………小学生の頃はそりゃ、抵抗なんかしても無駄だったけど……高校生になった頃にはもう、筋力的にはどうにか出来たはずだよ」

「本当に、出来たのかい?」

父はパチンコ狂いのダメ人間だ、平均より太ってはいるが筋肉はさほどない。俺は細身だから押し勝つことは難しいだろうけど、逃げるくらいは出来たはずだ。

「……たとえば、お父さんがこうやって──バン! と机を叩いたら、君はどうなる?」

キョウヤは実際に机を叩いた。途端、心臓が必要以上に早く動きだし、息が上手く吸えなくなった。

「怖くて身体が動かないだろう? 私がやっても呼吸、脈拍共に異常を起こしている。目も泳いでいるよ」

俺の脈拍を確認した後、キョウヤはいきなり右手を高く上げた。俺は咄嗟に頭を庇い、身を縮めた。

「……暴力を受けた被虐待児の典型的な反応だ。君が父親に無抵抗で犯されていても、呼び出しに応じて自ら犯されに向かっていても、それは子供の頃から父親に逆らってはいけないと刷り込まれた結果。君が今日も同意なく犯されていたことは法的に証明出来る」

「え……」

「…………君は近親相姦をしたんじゃない、させられたんだ。いいかい? 君は悪くない。売春だって強要されたこと、洗脳状態にあった君には自分の意思が介在する余地がなかった」

口からでまかせ? 弁護士としての客観的な意見? 判別がつかない、後者だと思いたい。

「ほん、とうに……裁判所とか行っても、俺も悪いってならないの? 男のくせに……もうすぐ成人するくせにっ、抵抗出来ないなんてありえないって……本当は親父とヤるの好きなんだろって、言われない?」

「私がそんな結論は出させない」

「…………俺、悪くないの? 汚くない? キョウヤさんにどこ舐められても大丈夫なの?」

「君は何も悪くないよ。綺麗だし、どこだって舐めてあげる」

抱き締められて頭を撫でられて、同時にもう片方の手で背をぽんぽんと優しく叩かれた。俺の鼓動を落ち着けるためだけの、俺に痛みを与える気なんて一欠片もない彼の手に触れられる度、十余年背負ってきた罪悪感が消えていく気がした。

「……虐待を受けた子供はね、よく言うんだ。お母さんが、お父さんが怒るのは……自分が痛くて苦しいことをされるのは、自分が悪い子だからって」

「俺は……」

「悪いことなんて何もしていないのにね」

「……悪い、こと……してない」

頭では理解していたし、自己正当化をしようとしたこともある。けれどどうしても心の底からその言葉を唱えることは出来なかった。

「俺はっ……悪いことしてない」

声に出してみても言い訳としか思えなかった。

「俺は、なんにも……悪く、ない」

責任転嫁のようで、自分が自分で気持ち悪くなった。

「俺はっ! 悪くない!」

けれど、今は違う。唱える度に心も体も軽くなっていく。視界が明るく開けていくような感じがした。生まれて初めて本心からこの言葉を叫ぶことが出来た。

「……そうだよ。君は悪くない」

「うん! ぁ……でも、キョウヤさん……俺、父さん殺そうとしちゃった。殺せなかったけど……」

「え?」

キョウヤは本心からだろう驚いた顔をした。今日の分の調査報告はまだだったようだ。

「今日……抱かれてないんだ。ひと月三十万だったのに、ペナルティで今月は六十万で……来月も再来月もずっと六十万って言われて、そんなの無理だって、そんなに稼いでたらキョウヤさんに知られちゃうって、勉強する時間なくなっちゃうって、焦って、父さんさえ居なけりゃ全部上手くいくのにって思って……気付いたら、首絞めてた」

手を広げると線上の傷が俺の罪を示した。

「…………情状酌量の余地はある。計画性はないし、長年の虐待の証拠もある。追い詰められた末にやったんだ、刑罰からは逃れられないかもしれないけれど……殺人未遂としては軽いものになると思うよ」

「……キョウヤさん、待っててくれる?」

「おやおや、捕まる気なのかい? お父さんには虐待の罪があるんだから脅して黙らせられると思うけど」

「弁護士がそんなこと言っちゃダメだよ」

「手厳しいねぇ、弁護士は法を守る仕事じゃないんだよ。法律を利用して屁理屈をこねたりする仕事さ」

「人を助ける立派な仕事だよ」

現に俺が助けられている。キョウヤの胸に頬を擦り寄せて甘えると、彼は快く受け入れてくれる。

「ふふっ、ありがとう……さて、今日あったことはそれで全部かい? 呼び出されて、君はいつも通りのつもりでお金を持って犯されに行ったけれど、つい殺そうとしてしまった」

「でも殺せなかった」

「確かなんだね? 本当に、死んでいないんだね?」

「うん……咳き込んでたし、起きるとこ見た」

アレが俺の恐怖から来る幻覚だったなんてオチ、流石にありえない。

「あ、でも……これで全部じゃないよ。電車……じゃなくて、降りた後……駅のホーム、ベンチで男の人に話しかけられた」

「男の人?」

「うん、キョウヤさんの知り合い……って言うか、ヤクザ? ヤクザじゃないのかな、ヤクザの上? キョウヤさん……ヤクザ使って俺のこと調べてたんだね」

「えっ……」

「……そんな顔しないでキョウヤさん。前まで俺キョウヤさんのことすごく真面目でまともな大人だって思ってたから知った時はショックだったけど、俺買ってる時点でダメな大人なんだからさ、ヤクザ使ってたっていいよ。ダメなことだとは思うけどさ、俺のためってのは、やっぱり……嬉しいし」

キョウヤは複雑そうな表情のまま無理矢理微笑み、俺の頭を撫でた。

「言い訳をさせてくれるかい?」

「なに?」

「……私は暴力団とは無関係だ」

「おー……大人だね」

「皮肉だねぇ」

困ったように微笑んだキョウヤはまた俺の頭を撫でる。俺は頭のてっぺんからハゲてくるかもしれないな。

「暴力団は日本には今一組しかないんだよ、分裂はしているけれどね」

「お金と権力持ってる人が飼ってるって言ってたよ?」

「うーん……暴力団と繋がってる有力者ってのはまぁまぁ居るけど、その彼が言ったヤクザは組として成立しているものではないはずだよ。私が友人に使うよう頼んだのは友人の私設部隊のようなものだからね」

「私設部隊……なんか、映画みたいな話」

「そんな大層なものでもないのかな? 十人居るか居ないか……拾った不良を教育して使っているだけの、本当に飼い犬みたいなものだからねぇ」

「じゃあヤクザじゃないの?」

「ニュースで報道されているような組織立ったものではないよ。彼も君に分かりやすく言ったつもりだろう。ところで、その駅で会った男というのはどんな人だったかな?」

「髪短くて黒くて、シャツも真っ黒なスーツ着てたよ」

「……友人本人かもしれないな。子飼いの犬を貸すだけという話だったのに、結局自分で動いたんだねぇ」

彼はそういうところがあるとキョウヤは懐かしげに愚痴る。キョウヤの珍しい表情を夢中で眺めていると、インターホンの音が鳴り響いた。
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