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教え子にマッサージしてもらった

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担任が部屋を出た後、鞭の痕が残る皮膚がどこにも触れないように気を付けながら立ち上がる。

「いっ……!」

全身がヒリヒリ痛むし、振動し続けるローターピアスと挿入されたままのアナルビーズのせいで快感もある。

「リモコン……クソっ、持っていきやがった」

震えているピアスを外すのは危険だ、リモコンで止めてから外したい。

「ぅ、あっ、ぁああっ……!」

歩くだけで皮膚が痛む。痛みでよろけて内腿に力が入り、アナルビーズを締め付ける。抜いてしまおうかとも思うが、勝手に抜いたら担任に何をされるか分からない。

「座るの痛いし……寝るのもっと痛いし……」

やることがないのに立っているのも嫌だ、壁一面に貼られた自分の写真を見るのも嫌だ、スマホでも──ミチからの大量の着信履歴を見て背筋が凍る。痛い目にあったばかりの俺はミチが担任のような真似をしないと分かっているのに怖くて、ミチに電話をかけた。

「そういやここ監視カメラ……やばっ」

天井の隅を見て監視カメラの存在を思い出した俺は慌ててトイレに向かった。カギをかけて四隅を確認し、カメラが見当たらないことに安堵する。

「……もしもし、ミチ?」

『も、もももっ、もも、もし、ももっ、もも、も…………つ、つつ、月乃宮くんっ?』

「ミチ、あぁ……ごめんな、色々ゴタついてて連絡出来なかった」

鼻をすする音が聞こえる、泣いているのか。いつも以上に聞き取りにくそうだ。

『い、いっ、いいっ、今ねっ? びょ、びょ病院いるんだっ……きき、如月くんの、お見舞い…………如月くんっ……いないよ。如月くんっ、まさかもうっ』

「あぁ、ミチ……落ち着け、レンは」

『し、ししっ、死んじゃったのっ? ぼ、ぼぼっ、僕お葬式出ていいのかなっ……ぁ、き、如月くん死んじゃったんだからっ、その……』

「レンは別の病院に移ったんだ、治療方法が見つかったんだよ」

ミチには霊的な話はしなくてもいいだろう、無駄に怖がらせるだけだ。

「だから泣くなよ、レンは生きてるし、これからも死なない。やっと出来た友達だもんな、大丈夫だぞミチ」

『え……? ぁ…………死んで、ないんだ。死なないんだ…………あぁ、そう……』

「……ミチ?」

『あっ、え、ぁ、よよ、よかったなって思ったら、ち、ちちっ、力抜けちゃって!』

実際どうかは分からないが、俺は病院の廊下でへたり込むミチを想像して笑ってしまう。やはりミチは可愛い、癒される。

「レン、しばらく帰ってこないんだ。だからさ、ミチ……」

担任からの痛みに嫌気が差した俺はミチの元へ逃げようとした。しかし、自分の腕のハートマークを見て言葉に詰まる。こんな気持ち悪いくらいの量のハート型の痕を見せたらミチは何を言うだろうと考えてしまったのだ。

『あ……! そそ、そっか、僕しばらく月乃宮くんを……ひ、ひ、独り占めできるんだよね。えへへへ……その間に月乃宮くんの心奪ってやる! き、如月くんのことなんて忘れさせてやるんだから!』

トイレを出て洗面所の大きな鏡に自分を映す。元の肌の色はハートの隙間に微かに残るだけ、他はハート型に赤く変色している。大量に同じものがあるのは気持ち悪い。

「……あのさ、ミチ。お前……密集恐怖症っぽいとこある? 点がいっぱいあるのとか、蜂の巣とかさ、気持ち悪いって思うか?」

『え? えっと……き、気持ち悪いし嫌いだけど、恐怖ってほどではないかな…………そ、それより月乃宮くんっ、どこに居るの? い、い、今から僕と』

「悪い、ミチ……しばらく会えない」

『え……? な、ななっ、なんで!? 如月くん居ないんだよ!?』

違う男からの愛情の痕なんてミチも見たくないだろう。首や頬にまであるから長袖長ズボンも無駄だろう。

「…………ごめん。でも、二、三日で何とかなると思う。」

『何、それ……まさか形州なの? あの暴力男にっ! まだ未練あるの!? それとも監禁でもされてるの、もしそうなら通報するから言って!』

「センパイの話しないでくれよっ! センパイは、センパイはっ、俺のこと捨てたんだ! 顔も見たくないとか、好きだからダメだとか、意味分かんないこと言われて捨てられたんだからもう話さないでくれよ思い出したくないんだよぉっ!」

洗面所に俺の叫びが響く。膝を折って座り込むと、俺の心象を表すように皮膚が痛む。

『つ、つつ、月乃宮くん……? 泣かないでよっ、別れられたんならいいじゃんあんな暴力男……僕を虐めてた連中と一緒だよ、あんなの。君に人前であんなっ……あんなことさせた奴らと、一緒』

「ちがうぅっ……! センパイ、センパイ優しかった……センパイは愛してるって言ってくれたぁ!」

『なっ……! ななっ、なんでまだ未練あるの!? 僕だって月乃くんのこと好きだよっ、大好き、愛してるよ、愛してる!』

電話越しに鼓膜を震わせる愛の絶叫があまりにも心地よくて目を閉じてしまう。

『ねぇ……月乃宮くん、会おうよ。あ、あんな暴力男でもっ、君が形州を好きだったのは分かった……フラれて寂しいんだよね? ききっ、如月くんが転院したのも重なって、すすごく心細いんだよね? ぼ、僕が、僕が君を支えるっ! 慰めてあげるから……ね? あ、会おうよ!』

「…………ありがと、ミチ。でも何日かは会えない。ごめん……会えるようになったら会おう」

『いつまで待てばいいの?』

「……ごめん、正確な日にちは分からない」

鞭で打たれた痕が何日で治るかなんて知っているわけがない。

「どうして会えないの?」

「…………ごめん、言えない」

担任に叩かれた鞭の痕が気持ち悪いからなんて言えるわけがない。

『ねぇ……ねぇ、ねぇ、月乃宮くん、ねぇ……僕ってさ、本当に都合のいい奴だよね。うん……いいよ、大好きだから、それでもいいよ、いつかきっと振り向かせてみせるから……今は我慢する。会えるようになったら電話ちょうだいね、絶対だよ、きっと連絡してね。しなかったらやだよ、許さないからね』

通話が切られた。

「はぁーっ……上手くいかねぇなぁ」

とりあえず今は担任の機嫌を取ろう、痕が治る前に叩かれたらいつまでもミチに会えない。俺は担任を探して家中を回り、彼の寝室らしき部屋を見つけて入った。

「根野セーン? 起きてる?」

家具はベッドだけ。部屋の真ん中には幼児用の小さな滑り台があり、床にはオモチャが散乱している。踏んでしまってプピィーッ! と大きな音が鳴った。

「…………ん、ぅ……」

頭まですっぽりと毛布を被った担任がもぞもぞと動き、微かに声を漏らしている。俺がこっそり横で寝ていたら担任は起きた時にとても喜ぶに違いない。起こさないように近付かなければ。

「歩きにくいな……なんでこんなにオモチャが……」

親戚の子供用? 本当に俺が産むと思い込んでいる自分の子供用? それとも、自分用?

「赤ちゃんのベッドのやつ……? 初めて見たかも……」

ベッドに近付くと壁に取り付けられたベッドメリーが担任の頭付近に揺れているのが分かった。ベッドメリーとはベビーベッドに取り付けるクルクル回るオモチャだ、それが壁にガムテープで無理矢理固定されている。

「……まぁ、いいや」

担任について考えるのはやめて、ベッドに乗る──担任が飛び起きた。

「あっ、起きた……ごめん根野セン、俺寂しくて」

「ごめんなさいっ!」

媚びたセリフを言う俺を見ることもなく、担任は毛布の下に隠れて叫んだ。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……ぶたないで、ごめんなさいっ、アイロン嫌っ、アイロン嫌ぁっ!」

「え、ちょ……センセ? 根野セン、どしたの……」

毛布を剥がそうとすると泣き叫んだ担任に突き飛ばされ、ベッドから落ちてしまった。床に散乱したオモチャが背中にくい込み、ただでさえヒリヒリしている皮膚が更に痛む。

「え……? ノゾム……? 僕の部屋で何してるの、ノゾム……」

寝ぼけていたらしい担任は俺の絶叫で目を覚まし、俺をベッドの上に引き上げた。

「よいしょっと……どうして僕の部屋に居るの?」

「……一人、寂しいから。根野センと一緒に寝たいなーって」

今度こそ媚びたセリフを聞かせてやると担任は目を丸くし、それからふにゃりと頬を緩めて笑った。

「本当? ふふっ、そんなこと思ってくれたんだ……嬉しいなぁ」

視界の端にベッドメリーがチラついて鬱陶しい。

「うん……あ、あのさ根野セン。アイロンで何かあったり」

「ない」

「…………そうか? でも」

「ない」

食い気味に答えられて聞く気をなくし、黙る。一緒に寝れば鞭の痕が痛むだろうなと考え、不意に思い付く。

「あ、なぁ根野セン。腕疲れたんだろ? マッサージしてやるよ」

「マッサージ? ありがとう、じゃあお願いするよ」

鞭を振るのに使うのはどの辺りの筋肉だろう。とりあえずうつ伏せになった担任に跨り、肩甲骨からほぐしてみた。そのまま手を移動させて二の腕や手のひらまでも揉む。

「根野セン、気持ちいい? 根野セン……?」

また眠ってしまったようだ。真昼間なのに、寝不足だろうか?

「……今のうちになんか、弱点とか」

奉仕するとでも言って担任を感じさせてやれば、俺への責めは自然と緩むだろうと考えて担任の性感帯を探した。

「んー……指はダメ。うなじとか……?」

指の間を指の腹で愛撫してみたが無反応。うなじに唇を寄せ、吐息をかけながら吸い付いてみる。

「ん、ぁむ、んむ……はむっ、んん…………ダメか」

反応はするが、大したことはない。吐息によく反応していたから耳が弱いのだろうか? 左耳からやってみようか。

「はむっ」

「……んっ」

ピクンと体が跳ねた。唇で挟みながら舌を這わせ、唾液を絡ませていく。俺より遥かに感度が低い。

「んー、微妙」

ピアスホールのない綺麗な左耳も反応が悪かった。ダメ元で右耳も試すため、髪をかき上げる。

「……何これ」

右耳の縁がぐちゃっとなっている。水脹れが潰れた跡に見えるが、かなり古い。昔、火傷を放置したのだろうか?

「首……よく見たら、色違う……」

髪に隠れている部分を覗く。耳の後ろや下あたりの皮膚も他と違う、頭皮の感触も違うように思えてきた。

「こんなとこ何やったら火傷……ぁ、この、形……」

火傷跡らしきものの大まかな範囲と形が分かった俺は、それが一般的なアイロンに合いそうだと感じた。

「…………ごめんなさい、ぶたないで、アイロン嫌…………根野セン、家族にこだわって………………ぁー……そっ、か」

なんとなく……そう、ただなんとなく、火傷跡のある耳にキスをして担任の髪を撫でた。
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