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第一章

38.真の想いに応じて花は咲く

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 ライモンドが退室した後、カトレアは安堵して肩の力を抜いた。

「アルベルト様、お付き合いくださり、ありがとうございました」

「いつでも君のそばにいると約束したのは僕の方からだからね。付き合うのは当然だ」

 アルベルトは肩を竦めてそう言った後、カトレアを応接セットのソファへ座るよう促した。
 カトレアは素直に従ってソファに腰を下ろしたが、そのすぐ隣にアルベルトが腰を下ろしたため、驚くより先に硬直した。

「ところで、カトレア……先程、ライモンドに対して言ったことは本当かい? 僕の気持ちに応えると言ってくれたことは……」

 アルベルトは、カトレアに身を寄せつつ、その顔を覗き込んだ。

「は、はい。本当のことです。私は、アルベルト様をお慕いしております」

 突然の急接近に、カトレアは酷く戸惑ったが、はっきりとそう答えた。

「婚約を解消してから一月経っただけで、もう別の殿方に心変わりをするなんて、はしたないことだとお思いかもしれませんが……私は、アルベルト様が好きです」

 カトレアは、周囲に広まる噂にそういう意見があると知っている。
 その発端がルシアであるとは微塵も想像していないが。

「僕が君に対してそのようなことを思うはずがないだろう? むしろ、この短期間で君の気持ちを僕に向けることができて嬉しい。こんなことなら、一月も待たずに、すぐ君に声をかければ良かったと後悔しているくらいだ」

 アルベルトは、この一月の間に、ライモンドとカトレアの婚約破棄の真相を探るため、情報収集を行なっていた。
 そして、それより以前から、グランシア公爵家からの依頼で、スノーベル侯爵家を探っていた。
 その目的は、初代グロリオーサ王家の紋章――アルメリアの紋章の行方を探すこと。
 これに関しては、無事カトレアの手に渡っていることが判明したため、グランシア公爵へ報告を済ませたら、調査を終えるはずだったが、昨日、宝石箱の件や宝飾品店の件が明るみに出たせいで、再調査せざるを得ない状況になってしまった。
 それでも、カトレアの心の整理が滞りなくついたことで、アルベルトの懸念が一つ解消されたことは確実である。
 
「アルベルト様……」

 はにかむように微笑むカトレアに、感極まったアルベルトは、無意識に口づけた。

「!?」

「……あ、すまない。つい……」

 一瞬触れただけで離れたものの、その柔らかな感触をしっかりと認識してしまい、カトレアの顔が真っ赤に染まる。
 アルベルトも薄ら頰を染め、気まずそうに視線を逸らした。

「ああいや……つい、ではないな。許可も得ずにこのようなことをして、本当に申し訳ない。これではただの痴漢だな……すまなかった」

 何やら弁解するように謝罪を繰り返すアルベルトを見て、カトレアは胸がときめくのを感じた。

 (狼狽えているアルベルト様が可愛い、だなんて……)

 これまで異性に対して考えたこともないようなことに、カトレアは少々困惑したが、己の考えをそのまま受け入れた。

「カトレア? やはり怒ったのか? 仕返しに殴りたいと言うなら今すぐ殴ってくれ」

 アルベルトは両手を拳に握って己の膝に乗せ、カトレアの方へ顔を向けた。
 じっとカトレアを見据えるアルベルトを、カトレアは得意の無表情で見つめ返す。
 アルベルトは、それを見てカトレアが怒っているのだと確信して、いつ殴られても良いように歯を食い縛った。

「……アルベルト様、目を閉じていただけますか?」

 カトレアの静かな問いに、アルベルトは疑問を抱くことなく目を閉じた。
 ペチ、と全く力の入っていないカトレアの手がアルベルトの左頬を打つ。

「?」

 カトレアの手が頰に添えられたまま離れないことに疑問を覚えたアルベルトは、そっと薄目を開いて様子を伺いギョッとした。
 何故なら、カトレアが自らアルベルトの唇にそっと口付けたから。
 間近に迫ったカトレアの顔に驚く間も無く触れた唇に、驚いたから。
 カトレアはすぐに離れてしまったが、アルベルトは即座にカトレアを抱き寄せ、口付けを返す。

「ん……」

 今度は柔らかな感触を味わうように、何度も繰り返し重ねていく。
 カトレアの手が、アルベルトの胸元に縋り付くように握りしめられたところで、アルベルトはカトレアを解放した。

「……すまない」

 頰を上気させ、潤んだ目をしたカトレアに、アルベルトは己の暴走を詫びて頭を下げた。

「……謝らないでください。もっと触れたいと、思ったのは私も同じですから……」

「カトレア……」

 アルベルトは再びカトレアを抱き寄せたい衝動に駆られたが、グッと堪える。
 これ以上の暴走は、取り返しがつかない事態を引き起こすと判断したから。
 ましてや、今の自分たちは互いの想いを確認しあっただけであり、恋人になろうとも婚約者になろうとも言っていないのだ。

「……カトレア、僕は君のことを愛している。だから恋人に――否、僕と結婚してほしい」

「っ!!」

 突然の求婚に、カトレアは大きく目を見開いた。

「だが、今はまだ返事をくれなくて良い。まだ、解決せねばならない問題がいくつもある。それを全て終わらせたとき、僕は再び君に求婚する。だから、そのときに君からの返事をもらいたい。良いだろうか?」

「……はい、必ず」

 アルベルトの言葉に、カトレアはしっかりと頷いた。

「ありがとう」

 アルベルトは、再びカトレアを抱き寄せると、今度は口付けずに離す。

 ――早く全ての決着をつけ、再びカトレアに求婚するのだと改めて誓った。
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