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第2章 地球活動編

第120話 暗躍(2) 二節 聖者襲撃編

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 ――《白天宮》

「失態だな、ルー」

 漆黒のフードを頭から深くかぶった黒仮面の男が抑揚のない声を上げる。

「はい」

 美しい桃色髪の女性――ルーが跪き、首を深く垂れる。額を床に押し付けるルーの顔には普段ある自信も、余裕さえも消失していた。ただ能面のようにあるじの処断を待つのみ。
 黒フードの男はルーを一瞥すると、その姿を消失させる。

「やって――くれましたね」

 床にあった視線を上げ、火のような怒りの色を顔に漲らせて空に浮かぶ映像を睨みつけ、声を喉の奥から絞り出す。

「ルー様?」

 体中に傷のある金髪巨躯の男が躊躇いがちに尋ねる。
 それはそうだ。寧ろいつも以上にルーの策謀は上手く嵌っていた。現に、映像は黒髪の少年とアルコーンの戦闘バトルで、アルコーンがたった今黒髪の少年を八つの欠片に分解したところを映し出していたのだから。

「くはっくひゃひゃひゃ――これは傑作だ。ルー、君、随分、派手に騙されたねぇ?」

 十五、六歳ほどの紺のスーツを着用し、肩から薄手の布を垂らした少年が顔を右手で覆い、哄笑していた。

「……」

 ルーは跪いた姿勢で身じろぎ一つしない。ただルーの両手により、馬鹿固いはずの《白天宮》の床がドロドロに溶けていた。

「ヘルメス殿、説明を求めますが?」

 悪鬼羅刹化したルーを尻目に、赤髪で髷を結った袴姿の男がスーツ姿の少年――ヘルメスに委細を尋ねる。

「説明ねぇ。こういうことさ」

 ヘルメスの紅の片眼鏡が機械音を上げて回転し、魔法陣が浮かび上がり、空の映像を塗り替えていく。
 瞬く間に風景は変わり、八つ裂きにされたはずの少年が五体満足で大の字に仰向けに寝転がっているシーンを映し出す。
 傍にアルコーンの姿が見えず、しかも恩方様とルーの一連の態度だ。アルコーンはこの黒髪の少年に敗北した。そう皆が判断するのに時間はかからなかった。
 息を飲む声。それは黒髪の少年がアルコーンに勝利したことへの驚きなどではない。アルコーンは事実上の末席。粋がっているだけの小僧にすぎぬ。
 対して黒髪の少年はそのレベルは兎も角、スキルや魔術の強度についてはアルコーンを遥かに超えていた。黒髪の少年が勝利しても何ら不自然はない。
 一同を驚愕させた事実は一つ。この黒髪の少年が陰謀趣味のルーを出し抜いたこと。そんな真似はこの場の誰にもできやしない。
 もしかすれば、この大の字に無防備に寝ている映像すらも既に奴らの術中の内なのかもしれない。

「こいつ、ルー様を出し抜いた……?」

 唖然とした顔で呟くやけに短いミニスカートにパーカーを着た金髪の少女。

「だろうさ。アルコーンの二の舞になりたくなければ、彼についての情報取集方法――いや、僕らの今後の行動そのものを見直した方がよさそうだね。今回、少なからず僕らの組織の情報は彼に取られたしさ」

「……」
 
 無言の動揺の風がこの《白天宮》を走り抜ける。
 組織の秘匿は恩方様が求める最も重要でかつ、最低限のルール。それをこの度犯したのだ。その罪過は遥かに大きい。そしてこのルーが謀られたのだ。その罪過が恩方様の逆鱗となって己に降りかかることも十分予想し得る事態だ。

「そうだよねぇ、ルー?」

 未だに跪いたままのルーに視線を落とし、ヘルメスは顔を嬉々に歪める。
 ルーは軽い舌打ちをして立ち上がり、体中に傷のある金髪巨躯の男へと向き直る。

「ラドン、アルコーンに変わって引き続き情報を集めなさい。ただしできる限り慎重に。目立った動きはくれぐれも控えるように」

「は!」

 左腕を後ろに、右手を心臓にドンッと当てるラドン。

「え~、九席の次は八席? 彼に任せていいのかい? 何なら僕が直々に動いてもいいけど?」

 ヘルメスはニィと口端を持ち上げる。

「貴方に動かれて場をかき回されるのはまっぴらです。引っ込んでなさい」

「へいへい。だってさ、まあ頑張ってよ、ラドン君。君もあの愚かな悪魔同様、彼に喰われないようにね?」

「は! 肝に銘じておきます!」

 ヘルメスはラドンの背中を数回叩くと姿を消失させる。
 他の者もヘルメスに続きまるでこの場から逃げるように、次々に姿を消失させる。


 この度ルーが演じた役割は滑稽な道化ピエロ敬仰けいぎょうあるじに見せた初めてともいえる醜態だ。これほどの屈辱はない。

「クスノキ――キョウヤッ!!!」

 暴悪な憎悪の念が湧き上がり、ルーの頭をグツグツと沸騰させ、怨嗟の言葉を振り絞らせる。
 
 おそらくこれはルーが楠恭弥を力あるただの子供から全身全霊を持って打倒すべき敵とみなした瞬間だった。

                ◆
                ◆
                ◆

 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡――ビバリーヒルズ
 街中に聳えたつ摩天楼。総合エネルギー、工業、小売り、運輸、食料、インターネットを一手に手掛ける売上高世界第一位の企業――《トリックスター》の本社ビル。そしてヘルメスの遊び場の一つ。
 《トリックスター》の本社ビルの最上階に転移し、執務室のシックな椅子に腰を掛ける。

「ルー、悪いけどさ、この退屈だと思っていた遊戯ゲーム、僕も少々、興味が出て来たよ」

 ベルを鳴らすとほどなくして修道服を着た三人の男女が部屋に入って来た。

「次の遊び相手候補が見つかった。君達の一人にその試験をして欲しい。
 試験といっても純粋な強さじゃな~いよ。彼の強度は十二分に理解してるからさ。基本僕のシナリオ通りに動いてもらいたい」

「ヘルメス様の命とあればわたくしが!」

 片目に眼帯をしている緑髪の美女が一歩前に出る。他の二人の修道服の男達が眉を顰め緑髪の女に射殺すような視線を集中する。

「御免よ、彼は極東の日本にいる。極東方面はギガントアーク、君の管轄だったね。君に一任する」

 金髪、坊ちゃん刈の巨人が床に両膝を突き、両手を組み合わせ涙を流す。

「あぁ、神聖にして超常なる我が御方よ。この矮小な身に勿体ない御慈悲。このアーク、怨敵を必ずや誅殺してご覧にいれましょうぞ!」

「試験で滅してどうすんだよ……って聞いちゃいねぇ。ヘルメス様、こんなアホでホント大丈夫なので?」

 遂に号泣し始めたギガントアークに金髪のイケメン司祭風の男が肩を竦めて口を開く。

「彼が適任だ」

 彼らにとってヘルメスの言葉は絶対であり、神託と同義。異議を唱えるなど、その信仰に泥を塗る行為に等しい。
 号泣していたギガントアークも立ち上がり、皆一斉に姿勢を正し、右拳を胸部に押し当てる。

「さあ始めようか。楽しい、楽しい、僕らの遊戯ゲームを」

 
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 お読みいただきありがとうございます。
 
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