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第2章 地球活動編

第99話 死に赴く戦

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 皇帝ヒーム直属の最強部隊『闇部』の隊長レメク・マシューズは自身の剣をつっかえ棒にして、再度立ち上がる。
 額はばっさり切れていて、視界を赤くそめている。あらぬ方向へ曲がった左腕はもはや痛覚すら存在しない。
 最後の一柱ひとり同志・・が大男の大剣バスタードにより横殴りに壁まで吹き飛ばされる。

(ドルパは上手くやれただろうか……)

 ドルパ・ラザフォード。レメクと帝立軍事学校時代の同期であり、生涯ただ一人の親友だ。
 そして同じくルイズ様に思いを寄せた恋敵でもある。
 ルイズ様と初めて会ったのは13歳の頃、メインストリートの喫茶店でドルパと闇帝国ダークエンパイアの将来に語り合っていたときだ。
 かつてのレメク達はゴリゴリの貴族至上主義。力こそ全てであり、弱者は強者に付き従うべきだとそう頻繁に口をしていた。
 無論、特別な思想があったわけではない。単に軍事学校でそう習ったから何の疑問も覚えずそう主張していたに過ぎない。
 いつものように弱者の罪深さについて口にしていると、突如ドルパの頭に水が浴びせられた。水を掛けた黒髪美しい少女がルイズ様。
 そんな最悪と言ってもよい出会いだった。当時、まだルイズ様は社交界へのデビュー前であり、国内ではその存在も名前程度しか知らされておらず、レメクもドルパもルイズ様が皇女殿下だとは夢にも思わなかった。
 当然のごとく、血の気の多いドルパとルイズ様は大喧嘩を始めてしまう。まあ、最後はドルパの奴が完膚なきまでに論破され泣きべそをかいていたわけではあるが……。
 それから頻繁に喫茶店でルイズ様とレメク達は会い議論を交わすようになった。
 徐々にレメクとドルパはこの闇帝国ダークエンパイアという国が抱える矛盾と闇に気付き始める。
 力が正義? 弱さは罪? 馬鹿馬鹿しい。少し考えれば一目瞭然だった。強さなどその者を構成する単なる一要素に過ぎない。
 ――力が強い者。
 ――足が速い者。
 ――芸術に秀でている者。
 ――学問の才能がある者。
 ――そして優しいもの。
 吸血種という種族の様々な可能性を考えるようになって、一食料であり敵に過ぎなかった人間という種族に頻繁に思いを寄せるようになった。
 調べれば調べるほど実に面白い種族だ。実際に吸血種と比較し生物としては全てが劣っていると言って良い。
 ただ彼らはそれを嫌というほど自覚していた。だから彼らは貪欲に知識を求めた。技術を求めた。
 そうして科学を発展させこの地球という星の王となった。五界の存在が認識され、我ら吸血種に食料として一時蹂躙されても、直ぐに魔術を取り入れ魔道科学を編み出した。今や五界に次ぐ勢力として人間達はこの世に君臨している。
 ここになって初めて闇帝国ダークエンパイアが、いや、吸血種という種族が直面している危機にレメク達も気付き始めた。
 このままでは近い将来吸血種は人間達に駆逐される。そんな悪夢を予測して、出会ったあの日、ルイズ様が仰りたかった事が理解できてしまった。
 ルイズ様は確かにお優しい方だが、極めて冷静に物事を見ることができる方だ。単に綺麗ごとだけでの発言ではなかった。ルイズ様は吸血種という種族全体について考えていたのだ。そして気付いてしまっていたのだろう。このまま歩んだ先には破滅しかないという事実に。
 遂に説得が不可能と解したルイズ様は思いを同じくした同志を集い、皇帝に反旗を翻した。どういう訳かドルパとレメクは誘われなかった。それどころか参加を拒絶されてしまう。当時はそのことに大層落ち込んだものだが、その解は最も簡単な事だった。
 それは銀髪の吸血種が皇帝とジャジャ皇太子に力を与え、ルイズ様が捕縛される直前になされた彼女の演説で明らかになる。
 彼女が最後に語った内容はルイズ様とドルパとレメク。三人でした交わした話そのものだったから。
 きっとルイズ様はドルパとレメクに託したのだ。皇帝はあのルイズ様の演説が最後のあがきだと考えていたようだが、思わぬ所で新芽は芽吹いていた。正規軍の至る所でルイズ様の思想は広く浸透していく。
 今や『闇部』の全てがルイズ様と同様の思想を持つ。皇帝直属の親衛隊が全て反皇帝派なのだ。これほどの皮肉はあるまい。
 『闇部』の同志達と地下三階に幽閉されているルイズ様をお救いする計画を練っていた。この計画は監視の目も厳しく中々、ドルパには伝えられなかった。
 そんな時、《オデュッセル軍務長官》に現場を押さえられてしまう。《オデュッセル軍務長官》は皇帝の腰巾着であり、皇帝から絶大の信頼を得ている。
 奴は皇帝に何かあればルイズ様の処刑を断行すると主張し、『闇部』に皇帝への忠誠を誓約の呪いをもって誓わせた。この呪いはレメク達が皇帝の意思に反する行動をとることを以て発動し、ルイズ様の首に嵌められている首輪がしまるという単純なものだ。
 それ以来、レメク達は皇帝の犬になる。皇帝を命を賭して守る駄犬になる。

 誓約の呪いの効果により、レメク達は命を懸けて皇帝を守らなければならない。この髭面の大男の強さは常軌を逸している。ここでレメク達は皆死ぬだろう。
 だがそれでいい。運よくドルパの存在を皇帝派のクズ共は認識していない。ドルパの事だ。絶対にこの混乱を利用し、ルイズ様をこの国から救い出してくれる。

 レメクは小剣を上段に構え、身を屈める。多分これが最後の一撃だ。

(ルイズ様、どうぞ我らにお力を)

 そんなレメクの姿に大男は愉快そうに声を上げて笑った。

                ◆
                ◆
                ◆

 レメクは床に仰向けに転がっている。
 もう指先一つ動かせない。完膚なきまでの敗北。待っているのは確実な死だけはずなのに、気持ちは驚くほど清んでいた。
 レメク達自身がルイズ様の枷であった以上、この敗北もまた忠誠の一つの形。やり遂げたレメクにとっては未練など微塵もなかった。
 それにこのレメクの死はある意味自業自得なのだ。
 レメクはこの糞皇帝の命で多くの人間を刈って来た。しかもその主な捕縛対象は何の力のない子供達。ルイズ様のためだと己に言い聞かせその命に従ってきた。
 だがある日気付いてしまったのだ。あの地下三階に連れて行かれた人間の子供がどんな顛末を辿るのかを。
 それは皇帝に命じられたある要人の護衛の任務の際に判明する。その要人が食べているものはあろうことか人間の肉だった。正確には調理された人間の子供の肉。
 あの行為はもはや吸血種の所業ではない。皇帝が良く分からない存在になっている。あろうこうとかレメクはそんな化け物の手足としてその外道の片棒を担いでいる。そう理解してからがひどかった。
 毎日、眠れぬ日々が続く。眠ると決まって攫ってきた子供達がその夢に出てきたから。
 夢の中の子供達がレメクを責めてくれたのならどれほど良かっただろう。怨嗟の言葉を吐きかけてくれたならどれほど救われただろう。
 だが夢の子供達はレメクを責めずただ、じっとレメクを見つめるだけ。その狂った夢にうなされてレメクは次第に壊れていく。ゆっくりと壊れていく。
 限界はとっくの昔に来ていた。もはやレメクにあるのは主たるルイズ様のために命を捧げること。それをただ渇望するだけの存在になっていた。

「役立たず共が!」

 皇帝は額にみみず腫れのような青筋を立ち上がり、レメクの傍までくると何度も蹴り始めた。
 好きにすればいい。レメクの使命は終わった。

「出来そこないのクズが、余に恥をかかせおって!」

 レメクは既に死に体だ。捻じれた左腕からは皮膚を突き破って骨がとび出している。さっきからコポコポと吐血が止まらない。皇帝は仮にも闇帝国ダークエンパイア最強。その怒りに任せた蹴りだ。もう長くはあるまい。こうして無様に死ぬのもありかも知れない。
 でもこれでようやく逝ける。レメクが踏みにじってしまったあの子達の元へ。そこは多分、吸血種も人間もない。そんな夢のような場所。許しもらえるようなことではない。でもそれでもいい。精一杯謝ろう。心の限り謝ろう。そこで初めてレメクはレメクになれるような気がするから。

「わりい、レメク隊長俺もう無理だわ」

 そんな『闇部』の副隊長の声が聞こえたような気がした。
 次いで幾つもの銃声と皇帝の怒号。

「き、貴様らこの余にぃ!!!」

 いつの間にか『闇部』の部隊員達が皇帝からレメクとの間に割って入っていた。そしてその銃口の先はあろうことか皇帝に向いていた。

「お前ら、どういうつもりだぁ!?」

 皇帝への反逆はルイズ様の死を意味する。爆発しそうな焦燥に体を起こし立ち上がりつつも部下達を怒鳴りつける。

「レメク隊長、あんたは完璧に勘違いしている」

「勘違い……?」

「そうさ。俺達『闇部』の部隊員全員が信じてんのは端からレメク隊長、あんたであってルイズ殿下じゃねぇよ。あんたが死んだら何にもなりゃあしねぇんだ。
 それに心配無用だぜ、隊長。そこの糞皇帝が俺達に掛けた呪術はあんたとは違う」

 レメクと掛けられた術が違う? 初耳だ。
 問いただそうと口を開こうとするが副隊長は『闇部』の部隊員全員を見渡す。皆心身ともにボロボロになりながらも目に強烈な決意を籠めて大きく頷いた。
 副隊長は髭面の男へ向き直り、頭を深く下げる。

「俺達は《妖精の森スピリットフォーレスト》に全面降伏する。
 レメク隊長はすげえひとだ。将来この国に、いやこの世界に絶対に必要なひとだ。
 だからこの人を助けくれ」

「承った」

 髭面の大男が頷くと、副隊長を初めとする『闇部』の部隊員全員はレメクから距離を取る。

「隊長、俺達のために四苦八苦してくれてマジであんがとよ。
 俺達は平民でも悪名高い貧民街出身だ。力以外の理由で真面なひと扱いしてもらったのは初めてだったんだ。だからよぉ、すげぇ嬉しかった」

「お前ら、何を言っている? わかるように説明しろ!」

 部下達の言葉も行動も意味が分からない。ただひたすら、熱鉄を呑まされたような激しい焦燥が体中を駆け巡る。

「あばよ、隊長」

 副隊長のその言葉と共に『闇部』の部隊員の身体は盛り上がる。バキバキッという生理的嫌悪を伴う音と共にあっという間に、三メートルにも及ぶ化け物が出現していた。

「そうか。そこの愚帝がかけた呪いとは……」
 
 髭面の大男が顔を苦渋に歪める。

(何……だ? これは……?)

 頭の中は真っ新なキャンバスのように真っ白で、眼前に展開されている状況が全く把握できない。ただあるのは凄まじい喪失感と絶望感。それだけだ。
 
 次々に化け物と化した『闇部』の部下達はレメクに襲いかかって来る。
 それを髭面の大男が一刀両断で粉砕していく。

「やめてくれぇぇ!!」

 口からは絶叫が漏れる。そんなレメクを髭面の大男は一瞥もせず化け物となった『闇部』の部下達を全て物言わぬ肉塊へと変えていく。
 

 レメクは少し前まで部下達だった肉片に呆然と視線を向けている。
 この現状が微塵も理解できない。理解したいとも思わない。こんな理不尽なことがあってたまるか!
 気が付くと涙が頬をとどめなく流れていた。

「くは、くははは! 役立たずの裏切り者共がぁぁ!
 所詮爵位も持たぬスラム街の屑。下賤の民が崇高なる余に逆らうからだぁ!」

(皇帝に逆らったから、部下達はあんな姿になったのか?)

 現在の状況は相変わらず把握できていない。
 ただ部下達のあの姿が、レメクに襲いかかってきたあの行動が皇帝の手によることだけがわかった。
 生まれて初めてともいえる暴悪な憎悪の念が頭に沸きそれらは徐々に膨張していく。
 皇帝こいつさえいなければルイズ様は幽閉などされなかった。
 皇帝こいつさえいなければ国民が貧困に泣くこともなかった。
 皇帝こいつさえいなければ人間の子供達があんな姿になることはなかった。
 何より皇帝こいつさえいなければ大切な『闇部』の部下達があんな姿で屍になることはなかった。
 皇帝に対する具体的な敵意はルイズ様の首輪を絞める鍵となりえる。
 でもその無限に泉のごとく湧き上がる殺意を抑えられない。

「気を静めよ。察するにお主はあの愚帝に逆らえぬ事情があるのであろう? 戦士達にお主の事は頼まれた。それを反故にすることはできん。
 それに心配せんでも戦士の魂を愚弄した愚者には儂が責任をもって地獄を見せてやる」

 髭面の大男の顔にある感情が浮かび上がる。それは可視化できるほどのはらわたの煮え返るような激しい憤怒。

「団長殿、この愚帝は儂がやる」

 髭面の大男が大剣バスタードを皇帝へと向ける。

「了解だ」

 顔に傷がある熊のような男が頷き、皇帝に向けていた銃を下ろす。
  
「愚帝、貴様は戦士として決してやってはならぬことをした。
 貴様に待つのはもはや滅びしかない!!」

 髭面の大男が天にむけて獣のような咆哮をあげる。
 この吸血種の皇帝と《妖精の森スピリットフォーレスト》の怪物との戦闘の開始を契機に、レメクの意識は徐々に薄れて行った。


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