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第2章 地球活動編
第100話 愚帝没
しおりを挟むこの気が狂うほどの荒々しいものが疾風のように心を満たす感覚。久々だ。
スリーは確かに武人だ。だからこそこの世に目の前の愚帝のような戦士の矜持を真っ向から否定するような奴が腐るほどいる事を知っている。
寧ろその辺は若い《妖精の森》の他のメンバーよりもドライに考える傾向が高い。
数えきれない程の死地を生き抜いた結果、スリーは世界という存在に対する一定の妥協や諦念を有していたと言える。
それが今スリーは腹の底をぐらぐらさせるような激しい怒りをこの愚帝に覚えている。
もしかしたら、スリーはこの世界に対する期待を徐々に取り戻しているのかもしれない。
その源泉は勿論。崇敬なる我が主との会合だ。
だがそれだけではない。活気さかんで己の魂に正直な《妖精の森》の若い衆。それに己の命をも捧げても大切なものを守ろうとするこの国の一般兵。
この世界はスリーが生きた世界と異なる希望と光溢れる世界。
ならばこのような愚帝をこれ以上のさばらせてはいけない。そう心の底から思う。
思金神殿の情報ではこの愚帝がこの国最強の存在らしい。
レベルは642。奴の最強の魔術は【黒天魔術】、他は基礎魔術のみでスキルも大したものを有しない。今のスリーなら欠伸しながらでも屠ることが可能な相手に過ぎない。まあ、だからといって手を抜く気は一切がないわけだが。
大剣を上段に構える。
瞬時に地を疾駆し、愚帝に指先一本ピクリとも反応をさせる事すら許さず、その懐に飛び込むと大剣を数回振る。
愚帝の四肢に基線が生じ、切断された四肢がバラバラと床に落下する。
「ぐぎゃああぁぁぁ!」
血肉が花吹雪のように舞い散り、耳障りな騒音を上げる愚帝。
(切られた程度で喚くな。見苦しい。お主が愚弄した者達は己の身体が化け物へと変わりきるその瞬間まで声一つ上げなかったぞ)
瞬く間の内に愚帝の四肢は蜥蜴の尻尾のように生えてくる。飛び起きると、愚帝は目じりを険しく吊り上げる。
「貴様、魔族の帝王たるこの余にぃ!」
(帝王? お主のような小僧が? それは分不相応というものだ)
此奴は『帝王』という言葉の重さを微塵も理解していない。
『帝王』とは王の中の王。
誰よりも強く、誰よりも賢く、誰もよりも誇り高い。
数多の王達を統べ、数多の民を魅了する。
そんな唯一無二の超常たる存在が『帝王』なのだ。
軍事力? 財力? そんなものは『帝王』を語る上では付録でしかない。
仮にこの愚帝が世の全てを支配可能な力を有したとしても愚者は『帝王』にはなりえない。
こ奴がなれるのは為政者や独裁者がせいぜいだろう。
だが、愚帝が仮に世界の大きさも摂理も知らぬ餓鬼だったとしても彼奴はやってはならぬ一線を踏み越えた。もはやスリーが慈悲を与えることはない。
「小僧、せいぜい足掻くがいい。形式とは言えあの果敢な武人達の主。せめて塵様くらい決死の抵抗をしてみせよ」
「ど、どこまで愚弄しおって――」
愚帝が言い終わらぬ前に射程距離まで跳躍し、奴の顔面を大剣で横一文字に一閃する。
さらに間髪入れずに暴風のような断続的な剣戟を浴びせかける。あっという間に細切れの肉片となる愚帝。
愚帝は吸血神祖だ。魂からでも復活する。そんな圧倒的な不死性を持つ。現に愚帝の肉片は集まり急速に修復している。
「くはははははっ! 素晴らしい。この生命力。余は吸血種を超えたぁ」
傷一つなく蘇った愚帝は顔中に喜悦の笑顔を浮かべる。
(つくづく愚かな奴だ……これは互いの命を賭した闘争。そんな甘いものであるはずがあるまい)
この国の一般兵程度の強さしか有しないなら兎も角、偉大なる我が主やスリーレベルの戦いでは不死性程度で勝敗が決まることはまずない。不死性だけではない。ごく一部の例外を除いてスキルやさらにはステータスさえも勝敗を決する重要なファクターとはなりえても主要因にはなりえない。
闘争を決するのは結局のところどれだけ生と死の狭間にわが身を置いたか。これに尽きる。温室育ちのぬるい若造ではスリーに膝をつけることなど夢のまた夢だ。
この愚帝は自らの恵まれた天から与えられた才能に胡坐をかいた愚者。おそらく碌な戦闘経験もあるまい。
スリーは愚帝の間合いに踏み込みその首を横一文字に薙ぎ払う。胴体から離れた首を即座に左手で握り潰す。
これで数秒愚帝は行動不能となる。そしてその数秒はスリー達兵にとっては勝利を手にするに十分すぎる時間。
左足を軸に遠心力のたっぷり乗った右回し蹴りを棒立ちになっている首のない愚帝の胴体目掛けてぶちかます。
空気を破裂させるような凄まじい勢いで玉座の間の壁に衝突した愚帝の胴体に肉薄すると《大剣》を体の中心に柄の接するまで深々と突き立て壁に串刺しにする。
スリーの大剣は神具をも超える世界における最秘宝の一つ。愚帝ごときに砕くことは不可能。
「ぐぎっ? ぬ、抜けぬ!?」
意識を失う程の強烈な激痛に顔を歪めながらも蜘蛛のようにバタバタともがく愚帝。
「小僧では逃れることはできぬ。諦めよ」
大剣を右手から離し、拳をきつく握る。
「ふ、ふざけるっ――!? ひぃっ!!?」
愚帝に冷ややかな視線を向けつつもスリーは両拳を放つ。この拳打に威力は不要。寧ろ、爆砕したのでは不都合なのだ。骨を砕き、肉を切り裂く程度が最適。
――それはまさに拳打の暴風雨。
拳が弾幕となり、愚帝の身体を適度に崩壊させていく。
愚帝の骨が粉々に砕け散り、肉が飛び散り、即座に癒えていく。癒えては傷つき、癒えては傷つく。愚帝の魂はゆっくりと崩壊していく。
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