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第2章 地球活動編
第4話 黎峰中学校
しおりを挟む次はアリスが通う黎峰中学。
本来保護者の役は一応地球で親戚ということになっている思金神こそが相応しいと思うのだが、アリスは頑なに僕がいいと主張したのだ。普段ならアリスの我侭を許すような思金神ではないが、なぜか今回に限ってアリスの言葉に従った。
面倒な手続きは既に思金神が全部済ませてある。後は校長と担任の教師に会いに行くだけだ。
黎峰中学へ行く途中、時雨先生から連絡が入る。何でも緊急の職員会議が入り、午前中の始業式が13時に延期したそうだ。あの学校にいるなど御免被る。街で時間を潰すしかあるまい。
黎峰中学に到着し、受付で管理人らしき人に校長への取次を求めるとすぐに校長室まで通される。
部屋に入るやいなや50代中半の白髪混じりの細身の男性がソファーから勢いよく立ち上がる。
「ま、間都場先輩!!」
担任の20代前半の茶髪の女性がそんな校長の奇行に驚いたように目を見開く。
(は? 間都場? またか……北斗の次は校長……そろそろ他人の空似も勘弁願おう)
「僕は楠恭弥。時間の取れない斎藤紫鐘の代理できた者です。
こちらが斎藤アリス。ご挨拶して」
「どうも。斎藤アリスです」
ぺこりと頭を下げるアリス。
校長は暫し体を硬直させていたが、ポスンとソファーに座り、僕に躊躇いがちに尋ねて来た。
「間都場先輩……じゃないんですか?」
「先ほども申した通り、僕は楠恭弥です」
校長は額に右手を当てて考え込んでしまう。
担任の女性が校長を促して簡単な自己紹介をすることができた。
校長が工藤俊輔。ここまではいい。問題はこのショートカットの担任の女性だ。彼女の名前は七宝渚。即ち――。
(七宝? 七大領家の息女がなぜこんな場所に?)
七大領家は一部のマスメディアから『現代の貴族』と揶揄されている。その理由はほぼ例外なく一族全てが公的重要機関の中枢にいるからだ。魔術師の育成機関たる明神高校等で教師をしているなら兎も角、全く魔術とは無関係なこの黎峰中学で教師をしているなど違和感しか覚えない。
僕の当惑気味の視線に七宝渚はクスリと笑う。
「楠君。君のことは聞いているわ。そう警戒しないで。
私は既に七宝家とは無関係。ただの一教師よ」
僕の事を知っている。おそらく今僕が置かれている現状も。それで敵意がないと言われてもとても信じられない。
特に七宝家の奴らには僕は嫌な思い出しかない。本当に此奴にアリスを任せて大丈夫か?
アリスには転移の機能を持つ【神王の指輪】があり、危険を感じたらすぐに使用するように言い伝えている。さらにアリスはレベルだけなら僕よりも上だ。世界序列1000番以内でなければ相手にすらなるまい。
しかし、物事にはアクシデントはつきものだ。クラスメイトを人質に取られて捕縛される危険性は零ではない。少し試してみるか……。
「だから警戒するなと言ってるでしょ! ホントに私、もう七宝家とは無関係よ。
確かに、妹とはたまにお茶くらいするけど、その程度。特にあの糞兄貴とはこの数年、話してすらいないわ」
「信用……できませんね」
僕の言葉に七宝渚はバンッと両手の掌で机を勢いよく叩く。そして、目じりを険しく吊り上げ声を震わせながらも激高する。
「何勘違いしているか知らないけど、私は魔術師ではなく教師。
そしてこの教師という職業に私は誇りを持っている。一生を捧げている。だから七宝家なんていうくだらないもののために生徒達を危険に晒す行為など絶対にしない!」
パッと見、嘘をついているようには見えない。
信じるには彼女に対する情報が少ないが、彼女の言にも一理ある。大体、魔術と無関係な中学校の教師の役などあの高慢ちきな七宝家の令嬢がするはずがない。本当に今は七宝家とは関係がないのかもしれない。
それに、仮に害を加えるような者なら思金神の奴がこの学校をアリスの入学先に選ぶはずがない。ひとまずは様子見るべきか。
「申し訳ありませんでした。
少々、慎重すぎたかもしれません」
僕が頭を下げると、七宝渚の眉間から険が消え快活な笑みを浮かべ僕の肩を叩いてくる。
「そうそう。子供はそうじゃなくちゃ。素直が一番」
「はぁ」
久々に子供扱いされて新鮮に感じていると、僕らのやり取りを見ていた校長も話に加わって来た。
「私も渚先生の人格は保障しますよ。彼女は七宝家とは無関係です。ですから安心ください」
校長の様子から察するに僕について七宝渚から既に聞いているのだろう。
七宝渚が腕時計をチラリとみる。
「そろそろホームルームの時間ね。
アリスさんはお預かりするわ」
「アリスをよろしくお願いします」
頭を深く下げる僕を見て微笑を口角に浮かばせつつも、僕の肩に手を乗せてくる。
「任せてよ。私のクラスは皆、変わってるけどいい奴ばかりよ。
それと、私のことは渚って読んでね。七宝はあまり名乗りたくないの」
「はぁ、わかりました。渚先生」
『よしよし』と何度か頷いて渚先生は立ち上がる。
「マ……お兄ちゃん。行ってきます……」
心細そうにアリスは口を開く。
そんなアリスの頭をいつものようにグリグリと乱暴に撫でる。何時ものようにアリスからは非難の声が上がるが、僕が手を離す頃にはいつもの快活なアリスに戻っていた。
もう一度礼をして僕は校長室を退出し駅へ向かう。
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お読みいただきありがとうございます。
次は15日の投稿予定です。宜しくお願いいたします。
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