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第1章 異世界武者修行編

第101話 エルフ国会談

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 2082年8月31日(月曜日) 正午 夏休み終了まで残り2日 
 エルフ国――ミューの首都――ファルス上空――白兎ホワイトラビット会議室。

 会議室には僕、マリアさん、刈谷さん、ブラドさん、マティアさん、ヘンゼル・グレーテルとその眷属、キャスさん、ロブさん、エルフ国ミューの戦士長――ワイアット・ランバートさん、パル・ルーハルトさんがいる。
 ちなみにワイアット・ランバート戦士長は190cmほどの長身に服の上からでもわかる盛り上がった筋肉。悪いがとてもエルフには見えない。どちらかと言えばドワーフを長身化したような風貌だ。このワイアット戦士長はマリアさんの義兄であり、見た目通り竹を割ったような人物であるらしい。
 もう一人のパル・ルーハルトさんは緑髪、長髪の美青年。彼も使節団の護衛隊長――ライナー・ルーハルトさんのお兄さんだ。
 
 《妖精の森スピリットフォーレスト》・獣魔国ラビラ、エルフ国ミューとの間で先刻同盟締結がなされたところだ。
 態々危険を冒してまで使節団を派遣し獣魔国ラビラに援軍要請をしようとしたのだ。同盟締結を受け入れるとは思っていた。
 問題は次の僕らの練った戦略を彼らが受け入れるかだ。

 帝国軍はこのミューの首都――ファルスを取り囲むかのように布陣している。
具体的には正面に正規軍、右翼と左翼に諸侯軍がいる。北斗達帝国幹部がいる本陣は正規軍の分厚い壁の奥だ。実にあの臆病者の似非勇者らしい配置だ。
 僕らが練った戦略はいたってシンプル。
 ログさん率いる魔軍の全軍をもって正規軍に向けてゆっくりと進行する。進行中はできる限り派手に帝国軍を圧倒してもらう。コツは抵抗する気力すら湧かないくらい圧倒的だが人はあまり死なない。そんな進行の仕方だ。
 魔軍が進行して暫くすると帝国軍の幕僚達は退却を決定するだろう。その際、正規軍が退却する時間稼ぎのために左翼、右翼にいる諸侯軍を盾として用いることが予想される。
 そこで刈谷さんとマティアさんにはその露払いをお願いした。露払いと言っても諸侯軍はこの戦争自体否定的なものがほとんどだ。だから、できる限りその犠牲は少なくという条件を付けた。戦闘慣れしている刈谷さんとマティアさんならこの条件を見事に達成してもらえることだろう。
 魔軍により帝国軍正規兵の8割を沈黙させたら僕が本陣へ行き北斗のボケをミューの首都――ファルス城門前にまで連れていく。
 エルフ国ミューの全国民が見ている中、マリアさんには北斗と死闘を演じてもらい、その上で倒してもらう。
 戦場でのマリアさんを知らない市民からすれば、最弱のゴブリンに負けた勇者と互角のマリアさんに脅威など感じまい。寧ろ、彼女の裏切り自体、噂の域を出ないと判断する可能性が高い。
 逆に北斗の強さを知っている兵士達はマリアさんが北斗と決定的に決別したことを自らの目で直に見る事になるのだ。
 
 これらが僕らの作戦だ。
 つまり本作戦は裏を返せばエルフ国ミューの兵士達は役に立たないからすっこんでいろと言っているに等しい内容なのだ。
 彼らも戦士なら誇りはあろう。彼らにとってこの作戦を受け入れるということは戦士であることの否定に他ならない。とてもすんなり受け入れるとは思えなかったのである。
 思金神おもいかねが本作戦を説明すると、ワイアット戦士長は両腕を組んで目を閉じてしまう。
 そしてすぐに目を見開き僕に頭を深く下げてくる。

「委細了解しました。貴方がたの作戦にエルフ国ミューは従います」

 隣に座るマリアさんがほっとため息をつく。安堵したのは僕も同じだ。これでこの戦争の障害のほとんどが解決したから。
 でもいささか疑問もある。

「本作戦は貴方がたの誇りを踏みにじるものだ。なぜそうすんなり受け入れたんです?」

「私達エルフ国ミューはこのままでは滅びます。それは戦争が始まる前からわかっていたこと。その滅亡の危機を防ぐために恥知らずにも今まで私達から敵対行動をとってきた獣魔国に援軍を要請したのです。私達に貴方がたの作戦を否定する権利などありません」

 確かにその通りだ。ただしそれは『同盟関係を結ばなかったならば』という条件がつく。
 同盟関係を結ぶということは戦後エルフ国ミューと獣魔国ラビラが国交を結ぶことを意味する。
 エルフ国ミューと国交を結べば獣魔国ラビラは自国が今製造開発を進めている農産物を売ることができる。その農産物を売り外貨を獲得できればその資金でエルフ国から他の重要な資源を購入することができる。その資源でさらなる発展が期待できるのだ。
 また、エルフ国の重要な文化や科学に触れる事ができ文明レベルも著しく向上する。
 特に同盟関係にあるフリューン王国は政情不安でとても現在国レベルで取引ができる状態にはないことを踏まえればこの同盟関係は獣魔国ラビラにとって著しい利があることなのだ。
 そしてそれはエルフ国ミューでも商取引を計画している《妖精の森スピリットフォーレスト》としても同じ。
 つまりエルフ国ミューと僕らとの間はあくまで対等な利害関係に成り立っており、引け目に思う必要など本来ないのである。このことはワイアット戦士長ほどの人なら当然に理解しているはずだ。

「確かに、建前上はそうなると思います」

 ワイアット戦士長は苦笑しつつ頭を掻く。
 
「キョウヤにはかないませんな。
 そうです。それはあくまで建前です。私が貴方の作戦を了承したのはマリアの貴方に向けるその視線とライナーの言葉です」

 マリアさんの僕に向ける視線? また意味不明なことを! それに不吉なことをいくつか口走ったぞ。

「ライナーさんの言葉とは?」

 怖いもの見たさ。まさにこれほど今の僕にふさわしい言葉はあるまい。この僕の取った行動を後の僕は死ぬほど後悔する結果となる。

「ライナーから聞きました。
 キョウヤ様は空中に幾多の神剣を出現させ強化魔狼数十体を一瞬で消滅したと。そんな事は妖精王クラスにしかできないこと。エルフに好意を持たれる様子からも貴方こそが妖精王であると私達は確信しております」

 ワイアット戦士長がマリアさんに意味深げな笑みを浮かべつつも僕の疑問に答える。顔に紅葉を散らして俯くマリアさん。ロブさんから再度生温かな視線を向けられる。
 もっとも僕と言えばそれどころではなかった。『妖精王』。その言葉はこの部屋では禁句タブーなのだ。
 なぜなら――。

「痴れ者がぁぁ!! 妖精王だと!? 我が至高の主がそんなちんけな存在であるはずがあるまい!!」

 野太い声が部屋を震わせ、腰みの一つの金髪の筋肉達磨がボディビルのポージングの一つ――サイドチェストをしつつも姿を現す。
 僕は頭を抱えつつヘンゼルに非難の籠った視線を向けるとヘンゼルは慌ててブルンブルン首を左右に振る。どうやらヘンゼルにとっても不測の事態のようだ。奴も猛烈に焦っている。
 
「貴方様は……?」

 ワイアット戦士長は空気が読めない金髪筋肉達磨に視線を固定しつつもボソリと呟く。

われ妖精王・・・オベイロンであ~~~る!!!」

 耳を弄するがごとき大音量が部屋中に叩きつけられる。
 
(あ~、自分が妖精王って言っちゃったよ。しかも妙な強調までしているし。
 彼が少し頭の弱い可哀想な人だとワイアットさん達が勘違いしてくれれば一番いいんだけど……無理だよね。あれだもの……)

 ワイアット戦士長とパルさんは真っ白に石化していた。
 周囲はというと――例外なく『あ~あまたやっちゃったよ』といううんざり気味の視線を僕に向けてくる。

(だからなぜ僕なのさ? 元凶はあの空気読めない筋肉男だろ?)

 その後、十数分にわたり、ワイアット戦士長達は真っ白に石化するという現実逃避を続けたのち、弾かれたように椅子から立ち上がると何度も僕に頭を下げて部屋を逃げるように退出していった。

(ワイアット戦士長! この船の降り方絶対にわからないよね!)

 ヘンゼルに目でこの処理を指示すると小さい肩を落としながらトボトボと部屋を退出していった。


               ◆
               ◆
               ◆

 会議室から指令室へ移動する。
 指令室は飛行船の操縦をするためのクルーいる操作室の上部に設置された突き出たフロアである。その指令室の椅子に座り僕らは前方の巨大なスクリーンに映し出されている風景を注視していた。
 僕は再度強い視線を感じ横にいる女性に躊躇いがちに尋ねる。

「あの~、マリアさん?」

「……何でしょうマスター?」

 今日5度目の質問に微笑で答えるマリアさん。
 それを尋ねたいのはこちらの方だ。今朝から幾度となく意味ありげな視線を向けられれば気になりもする。
 当初はステラを泣かせた僕に対する非難の視線かとも思ったそうでもないようだ。ただじっと僕の横顔を見つめてくる。
 十中八九、水咲さんがマリアさんに何かを吹き込んだことが原因だろう。
 周囲に目を配ると呆れ気味に肩をすくめるブラドさんに生暖かな視線を向けてくるロブさんとマティアさん。この人達がどのような勘違いをしているか怖くて聞けない。
  
《マスター、そろそろお時間です》

 思金神おもいかねの言葉に一同の雰囲気が激変する。特に刈谷さん、ブラドさん、マティアさんはさすが戦闘担当だけはある。欠片の隙なく前方を注視している。
 本作戦の執行者であるキャスさんとロブさんも獲物を狙う猫のような顔である一点を見つめる。
 皆の視線の先にはエルフ国ミューの首都ファルスを取り囲むように地平線を埋め尽くす大軍勢があった。
 一方でエルフ国ミューの軍は《ファルス》の前に3か所、黒い塊として存在するに過ぎない。
 例えれば蟻と象だろうか。通常なら戦いにすらならない。あくまで通常ならだ。この度は逆の意味で勝負は成立しない。ただの一方的な蹂躙劇ワンサイドゲーム

《キャス、始めなさい》

「はい!」

 キャスさんは椅子から立ち上がりタクトを振る。
 3つの魔法陣が浮き上がり、そこから3柱が出現し僕に跪く。
 3柱とも見覚えがある。ただし滅茶苦茶縮小版であり、より人型に近い外見となっているようであるが。
 1柱は真紅の鎧を身に纏った鬼の仮面をつけた男型魔物。頭上には3本の角がある。《終焉の鬼》。僕が倒したはずの18の試練のボスモンスター。
 人の胴体に蟷螂の顔に手足を持つ《終焉の重力蟷螂》。
 巨人の胴体、鋭い爪を持つ両手両足。長い尻尾に、竜の顔。僕らが遭遇した最強のモンスター――《終焉の竜》。
 これらもそれぞれ17の試練、19の試練のボスモンスターだ。
 彼らは僕が倒したはずだ。思金神おもいかねが復活させたか新たに作り出したのだろう。【高次元生命創造術】の魔術を持つ《思金神おもいかね》からすれば、朝飯前だ。
 3柱は立ち上がり再度僕に一礼する。次いでキャスさんに向き直り敬礼をしてその指示を待つ。

「皆さん。以後はログの指示に従って動いてください」

「「「イエス・マム!」」」

 キャスさんに再敬礼して、ログさんに向き直り敬礼する3柱。

「君ら直属の眷属達を使って事に当たってもらいたい。できる限り犠牲は少なくさせたい。そのためにも敵の大将を潰す」

 この戦いは遊びではない。今までのように犠牲が皆無とはいかないのだ。だからこそ徹底的な恐怖を帝国の兵士達に植え付けなければならない。

「「「イエス・コマンダー!!」」」

 3柱の姿が消失する。

 遂に『ファルス戦役』が始まる。この戦いは個が群を圧倒した戦い。獣魔人という最弱の種族がヒューマンに勝利した初めての戦争だった。

    
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 お読みいただきありがとうございます。
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