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第1章 異世界武者修行編

第89話 黒幕

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 《白兎ホワイトラビット》に王女達を連れて行き、章さんと和江さんに薬を調合してもらう。
 《白兎ホワイトラビット》の会議室には思金神おもいかねが居た。
 この度思金神おもいかねがついてこなかったのは僕自身に問題を処理させ王国と強い利害関係を持たせるためか。他にも理由がありそうだが、今はそう理解しておくしかあるまい。




 《白兎ホワイトラビット》第一会議室

「とするとフリューン国王の重臣達を狂わせていたのは赤魔術ではない。そういうこと?」

 王達は同盟に関する第二回の会議で会議室に設置されていた魔術道具マジックアイテムにより精神に異常をきたしたらしい。ちなみにその場にはあの案内役の貴族もいた。
 焔さんとエージさんが無事だったのはこの第二回の会議には正規軍の部隊の鍛練の指導のために出席していなかったからのようだ。
 その後、僕との面会の直前にエージさんだけ王と王女から《妖精の森スピリットフォーレスト》支配の計画について聞いたらしい。焔さんが聞かされていなかったのは反対されるのが目に見えていたから。

「はい。赤魔術特有の精神支配因子が見られませんしそれは間違いないかと」

思金神おもいかねがこうも断定口調でいうのだ。間違いはあるまい。

「新種の魔術を模した魔術道具マジックアイテムか……いやそれよりも精神支配じゃないというと他に原理があるの?」

「広い意味では精神支配ともいえなくもありませんが、人の欲望や感情に方向性を持たせて最大限増幅し制御不能にさせる術といいましょうか。あくまでその者にある感情を増幅させている所に赤魔術の精神支配とは異なります」

 なるほどね。感情は人を決定付ける最も大切な要素であると同時に人を狂わせる最大のファクターでもある。
 赤魔術を学んで知った事だが感情は一定容量しか持ちえない。特定の感情が占拠すれば他の感情は圧迫され消滅する。
 例えば憎悪が際限なく増幅させられるとしよう。すると憎悪の対極に位置する愛情や、理性や倫理と言った感情は大幅に抑圧される。

「ちょっと待ってくれ! エリス王女に先ほどのような感情があったというのか?
 王女はそんな人物ではないぞ。本当に誰にでもお優しい御方なのだ」

 焔さんが席を立ちあがり反論を述べる。エージさんも同様に非難の視線を僕らに向けてくる。

「でしょうね。
 私の調査では会議室には超強度の精神汚染の魔術道具マジックアイテムが備え付けられていました。通常人ならとうの昔に発狂してますよ。エリスがあの程度ですんでいるだけで驚愕ものです。そしてそれは他の王や重臣達も同じ。余程、心が強く清い者達だったのでしょう」

 焔さんは思金神おもいかねの言葉が相当意外だったのか、口を噤み椅子にストンッと座る。
 思金神おもいかねは説明を続ける。

「人間の精神というのはね、貴方達が考えているような甘いものでは断じてないんですよ。
 どれほど強く清い人間であっても、心の中にはどす黒いものの一つくらいは持っているものです。
 会議室に設置されていた魔術道具マジックアイテムはその心の闇に方向性を持たせて増幅させる装置。
 彼女の闇はこの王国の国民たちの安寧。多分彼女は国民のためなら自身の手を血と非情に染める事も覚悟していた。
 そこに我等《妖精の森スピリットフォーレスト》の話を焔から聞き、こう思ったのでしょう。このギルドならば数多のフリューン王国人を救う事ができるのにと。
 魔術道具マジックアイテムにより感情が欲望で満たされ、理性と倫理が吹っ飛びあの凶行に出た」

「理解したよ。じゃあ、今回のこの茶番、北斗じゃないね? あの臆病者が仮にも勇者焔の本拠地に態々足を運んで罠を仕掛けるなど考えられない」

「……黒幕ですか? まさか帝国の勇者も?」

 僕の言葉にステラがボソリと答える。その表情に獣のような怒りがギラギラ光っていた。

「だと思う。そしておそらく……いや確実に僕と同じ系統の魔術師だ」

 《妖精の森スピリットフォーレスト》の皆が息を呑む音が聞こえる。
 エリス王女達が僕に使用した精神支配と結界の魔術道具マジックアイテムは王女の部屋の机の上にご丁寧に説明書付きで置いてあったらしい。
 普段なら誰かが忍び込んだ証拠であり絶対に触れようとすら思わなかっただろう。
 しかしこの時既に王女は精神汚染の魔術道具により正常な判断ができず、手に取り効果を試してしまったのだ。
 兎も角、結界と精神汚染の魔術道具マジックアイテムは共に伝説級LV7。地球でさえも国宝級のアイテムだ。それを使い捨て同然に王女に与えたことといい、《錬金術》系の魔術を持つに違いない。更に北斗に赤魔術を与えたのがアルス神などではなくこの魔術師ならば……。

「マ、マスタ―と同系統等の魔術師……」

 ステラの言葉に会議室の温度が数度下がる。

「後はこの魔術師の目的か……やはり実験かな?」

「それは間違いないと思われます。
 赤魔術と精神汚染の魔術道具マジックアイテムを使用していることからも精神系の新魔術の開発のためかと――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 新魔術の実験? そんな事のために一国の王女を惑わしたのか?」

 焔さんがバンとテーブルを叩いて再度立ち上がる。話が遮られて思金神おもいかねがピクリと眉を動かす。珍しく機嫌が最悪のようだ。
 思金神おもいかねは一連の事件を確実なものとして予期していた。事態は思金神おもいかねの計画通りに進んいたはずなのだ。それでもいや、だからこそ気に食わないのだろう。流石は僕の現身、我侭な奴だ。
 思金神おもいかねが答えそうもないので僕が変わりに返答する。

「力と真理の探究という目的のためならいとも簡単に倫理を溝に捨てる。それが魔術師という生物です。驚くに値しませんよ」

 絶句する焔さんを尻目に思金神おもいかねが言葉を発する。

「この度のエリス達の精神汚染自体、我等が解術する事を見越してのことかと」

「な~るほど。僕らは完全に舐められている訳だね」

「では?」

「ああ、潰すよ。結果的にとは言えこの糞魔術師はステラとアリスの両親に手をかけたんだ。地獄を見てもらう。
 みんなも気を引き締めてね。今度の相手は今までの相手とは格が違う」

 部屋にいる《妖精の森スピリットフォーレスト》のメンバーは一斉に席を立ち胸に手を当て一礼をする。

「結局、帝国の勇者は精神汚染されてんかね?」

 清十狼さんが、誰に尋ねるのではなしに言葉を発する。

「会議室に設置されていた魔術道具マジックアイテムを調べましたが、効果は数週間に過ぎません。とうの昔に精神汚染は解けているはずです。
 件の魔術師が切っ掛けを造ったのは間違いありませんが、味を占めたんでしょうなぁ」

 精神汚染が解けて倫理と理性を取り戻しても自身の過ちを強く後悔するものと北斗のように他者から奪う事に味を占めるものに分かれる。
 北斗の今までの行為は自身の明確な意思によるものだ。なら一切の容赦はいらないし同情もいらない。

「同情する気が失せるねぇ。なら決まりだな!」

「ええ、ステラが落とし前をつけます」

(いや……落とし前って……ヤ〇ザじゃないんだから)

 この日は解散となり、メンバーは好き勝手放題話始めた。
 



 エリス王女達の精神汚染は解かれた。
 とは言えこの精神汚染の厄介な所は赤魔術と違い他者に操作されているわけではないことだ。つまり全て自分の意思による行為なのである。そしてそれを精神汚染者は明確に認識してしまう。要は強制的に自身の中にある醜い感情を暴露されるのだ。
 玉座の間にいた王や宰相達は僕に額がテーブルに着くほど深く頭を下げてきた。あの玉座の間での彼らの態度は王侯貴族という彼らの立場からすればさほど意外性があるわけではない。だがこの彼らのこの態度から察するに本来威張りちらす者達ではないのだろう。 
 彼らに落ち度が一切ない事は彼ら以上に僕らは理解している。許すも何も責める筋合いはないのだ。
 その旨を伝えると王は心の底から安堵の溜息を吐いた。

 問題はエリス王女。
 《妖精の森スピリットフォーレスト》を無理やり従わせようとした事、特に女性のメンバーを外交の道具に使おうとしたことは鋭利なナイフとなって彼女を今まで支えて来た誇りや信念をズタズタに切り裂いた。
 結果部屋に引き籠ってしまい、焔さんやエージさん達の言葉にも全く反応しなくなってしまう。
 ステラとマリアさんがエリス王女の説得を一任するよう求めて来たのでお願いした。
 ステラは赤魔術の研究で精神汚染の概要を熟知している。さらに《妖精の森スピリットフォーレスト》のサブマスタ―であり、僕と思金神おもいかねに次ぐ事実上ギルドのナンバー3。王女と対等の立場からの話ができる。
 そしてマリアさんは以前精神支配を受けていた。同様の立場のマリアさんの言葉ならエリス王女も耳を貸すかもしれない。
 エリス王女の件はこの親子に任せるのが適任だろう。

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 お読みいただきありがとうございます。
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