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第1章 異世界武者修行編
第66話 カウントダウン(1)
しおりを挟む2082年8月13日(木曜日) 22時50分 王城王座の間
僕らはマティアVSブラドとシモンVS思金神の勝負の観戦をしていた。
その理由はこの目の前のピカピカ女が死闘を繰り広げているブラドや思金神に対して凄まじい殺気を向けていたからだ。
今の僕にとってもピカピカ女は格上の相手。ブラド達を守りながら戦うのは至難の業だ。だから僕はこの女の傍で逐一監視していた。少しでもピカピカ女が動けば全力で戦闘を開始するために!
勝負の中身だがシモンVS思金神は僕の予想通りの展開となった。
思金神のステータスは僕と同じであり、《超越進化》の補正を受けてレベル220付近である。そして僕の無限に近い魔術・スキルを奴は自由に使いこなすことができる。元々勝負など成立しようもなかった。
シモンが得意とするのは聖、水、風属性の魔術・スキルとナイフを用いた格闘術を組み合わせたもの。その一つ、一つが非常に高レベルであり、通常の相手なら瞬きをする間もなく勝負は決していたことだろう。
しかし――。
聖なる光をナイフに纏わせると即座にキャンセルされる。
シモンが創り出した幾枚もの風の刃は思金神の創り出した風の刃で相殺される。
シモンが召喚した水の竜巻は思金神の炎系のスキルで瞬時に蒸発する。
悲しいくらいに相手になっていない。
シモンは仕舞いには泣きべそをかきながらもナイフで攻撃するが、思金神のゴツイ銃により弾き返され今や真剣勝負というより師匠と弟子の修行のような状態になりつつあった。
勝負が決するのも時間の問題だろう。
マティアとブラドは驚いたことに互角の戦いを演じていた。ブラドのステータスは確かに平均5万であり、マティアとは数値的には3000ちょっとしか違わない。
だが吸血種と人間とではその生命力に格段の差がある。同じステータスでは本来この3000の差は埋めようのない壁としてマティア達に横たわっているはずなのだ。
そのマティアの善戦は奴の技術の高さも勿論あろう。だがそれ以上にそもそもマティアとブラドとでは今まで経験してきた戦闘の質が違う。即ち、死線を潜り抜けた回数の違い。これは想像以上に大きい。
とは言え、ブラドの有する魔術・スキルは既に思金神により魔改造済み。マティアの自滅という形で僕の予想通りブラドは勝利した。
「あ~ら~、マティアちゃん。負けちゃったぁ~。ショック!」
おそらくショックなど一切受けてはいまい。この女はそういう存在ではない。この女にとって他者の命など道端に落ちている石ほどの価値はない。そしてそれは仲間の命とて同じ。
「言ったろ? 君はもう話すな。耳が腐る」
「あ~らぁ、随分嫌われたわねぇ~」
「端から君という存在自体反吐が出る。
弱者しか屠れない臆病で卑怯な雑魚。そんなもの巷に出没する低俗な通り魔的連続殺人犯と何ら変わらない。よって存在する価値すら僕は認めない」
巨大な鎌を持つ女の眉がピクリと動く。一丁前に気に障ったのだろうか? 事実だろうに。
だがこれはこれで好都合だ。
僕の《神の遊戯》は《虚無》14階梯の極大魔術。この魔術が発動中はピカピカ女と互角以上の戦いをすることができる。
さらにこの魔術のレベル6の《奥義》が発動すれば目の前の雑魚はこの世の地獄を見ることになる。ただこの奥義、反則的な力を有する一方で《奥義》の発動までに2つの条件を満たさなければならない。
一つ目はこの《神の遊戯》のゲームの参加者であることの自覚。これは先ほどこの王座の間に此奴を紹介したときにゲーム参加者であることを宣告したからクリア。
二つ目が相手を視認し得る距離に近づき一定量の魔力をこの《神の遊戯》が創り出した世界に注入すること。この魔力を注入すべき回数は14回。
ただし《神の遊戯》以外の他の魔術・スキル等を使用するとこの回数は0回へ戻るという鬱陶しい制限がある。
さらにこの注入する魔力量は一定でなければならず、少しでも狂えば回数としてカウントされない。
コツンッ
ルインの剣先を通して床に魔力を注入しつつも、ピカピカ女に向けて話を続ける。
(1回――)
「このあたしが連続殺人犯と同じ雑魚ぉ?」
「くくっ……いや~、怒るってことは君にも自覚があるんじゃないの?」
コツンッ
ルインの剣先から二度目の魔力を注入する。
(2回――)
「以前手も足も出なかった坊やがあたしに勝つつもり?」
「ぷっ……」
ヤバい! 素で笑ってしまった。このピカピカ女は真正の愚者だ。今自身がおかれている状況を全く認識していない。
今まで提示された事象を鑑みれば自分が今置かれている状況など予想してしかるべきだ。まあ僕が誤った情報を与えている事も一因ではあるのだけど……。
コツンッ
(3回――)
ルインの剣先から3度目の魔力を注入する音が王座の間に反響する。
「何が……おかしい?」
気色悪い笑みを浮かべたまま怒気の滲んだ言葉を僕に吐き掛けるピカピカ女。いいぞ、正体を現してきた。愚者はそうでなくてはならない!
「君、本気で気づいてないの?」
コツンッ
(4回――)
「だからぁ~それを聞いてるのぉ?」
「それはさ――」
ルインを上段に構え身を屈めて床を蹴る。
シュッ!
周囲の景色がぶれて瞬時にピカピカ女が眼前に出現する。ピカピカ女の驚愕に見開いた目を尻目にその鎌を持つ右上腕部を垂直に切り落とす。同時に右足を軸にした遠心力をたっぷり含んだ左回し蹴りを頭部にぶちかます。
轟音挙げて血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛ぶピカピカ女。
コツンッ
(5回――)
この隙に魔力を《神の遊戯》に注入する僕。
ピカピカ女は弾かれたように立ち上がり、床に落ちている鎌を呼び寄せる。鎌は空中を高速で回転しつつ、ピカピカ女の残された左手に収まった。
ピカピカ女は苦痛に顔を歪めながらも僕に巨大鎌を向けてくる。その瞳の中には強い驚愕と不安が灯っており、今までの余裕など皆無だ。
「今の動き……以前が全力でなかったってことぉ?」
全力だったさ。今だってこの《神の遊戯》を解除すれば僕は一度足りともピカピカ女を捕らえることはできまい。
しかし今は《神の遊戯》の腹の中。この魔術の中では世界は僕のルールに強制的に従わざるを得ない。
このルールとは《ゲームマスターは参加者と同等以上のステータスとなる》こと。従って僕のステータスはピカピカ女と同じ。
まあ態々種明かしなどしてやらないが――。
「さあてねぇ……」
「危険……坊や……実に危険ねぇ」
ピカピカ女の顔から笑みが消えた。マティア達と同様全身が発光し細胞、魂レベルで異なる生物へと変化を遂げる。同時に僕が切り落とした右腕も修復され、鎌を右手に持ち替える。
ここからが本番だ。ピカピカ女のあの《黄金の閃光》は今の僕でも少々厄介。気を抜けば万が一はあり得る。だからこそ慎重にこの外道に地獄を見せなければならない。
「ファイナルゲームは残り16分。
君が僕を殺せなければ君は敗北する。僕の言っている意味わかるよねぇ?」
ピカピカ女の額に一筋の滴が伝う。やっと自身に迫る危機を実感したらしい。大方僕などすぐに殺せると高を括っていたのだろう。
まったく、ラスボスがこの体たらくでは興ざめもいいところだ。ピカピカ女にはラスボスらしくこのゲームでせいぜい足掻いてもらいたいものだ。
コツンッ
(6回――)
僕が6回目の魔力を《神の遊戯》の世界に注ぎ込むとピカピカ女の巨大鎌が僕を横凪に横断せんと爆風を纏いながらも眼前に迫っていた。
僕はルインでそれを軽々と受け止める。ピカピカ女の今までの微笑は悪鬼の如き形相に代わっていた。
「貴様、さっきから何をやっている?」
(あはっ! やっと気づいたか。だけどご愁傷様。既に不完全ながらも奥義を発動するだけの回数は魔力を注入した。今の君なら不完全な奥義でも十分地獄行きさ。
それにね。あと8回で終了だよ)
せり合っていたピカピカ女の鎌を上に跳ね上げ、懐に飛び込み左拳を鳩尾に叩き込む。ピカピカ女は弾丸のような速度で床を何度もバウンドしながらも後方へ吹き飛ぶ。
「残念!」
コツンッ
同時にルインで7回目の魔力を《神の遊戯》の世界に注ぎ込む。
「舐め――やがってぇ~~」
目を血走らせ自身の発する魔力で黄金の髪を揺らめかせながら発光していくピカピカ女。先刻のピカピカ状態にでもなるのだろう。ここからが真の勝負だ。
「《光武華装》!!」
光の帯と化したピカピカ女は文字通り光速でジグザグ運動をしつつも僕に迫る。
ズシャッ!
以前はピクリとも反応できなかったが、今は《神の遊戯》のステータスの上昇によりルインで受け止めることに成功する。
しかし、光はルインに当たると分散し僕の左腕、脇腹、肩の数か所に虫食い状の穴を開ける。
心地よい痛みが僕の脳髄を刺激する。そうだ。戦闘はこうでなくてはならない。ただの蹂躙劇など退屈極まる。
光の帯は空中を舞い踊り再度僕に狙いを定める。
《きゃははは……どう? 坊や? 自身の体が徐々に抉られていく感覚はぁ? あたしが少しずつ削ってあげる。じっくりたっぷり死と絶望を味わいなさいなぁ~》
ピカピカ女の口調が元に戻っている。勝利を確信でもしたのだろう。この程度で勝った気になるとは全く興ざめもよいところだ。それにその技は既に2度も見た。攻略法など馬鹿でも思いつく。
攻略法は単純明快だ。光を剣で切れないのと同じ。いくら光を切っても分散するだけで意味はない。なら光を切る、破壊するという発想自体を捨てればよい。
《神の遊戯》内ではゲームマスターの権限で特殊な魔術的特性を持たないものならば自由に作り出すことができる。
凸凹の無い透明な平面鏡を僕の周囲に球状に張り巡らせておく。この鏡の唯一の特性は途轍もなく固いこと。そして一か所、人が通れるほどの穴を開けてさあ出来上がり。
《坊や。覚悟はいいかしらぁ? もっともぉ~簡単には楽になどしないけどねぇ~。ジワジワと抉ってから殺してあ・げ・るぅ~。
でもぉ、その前に坊やにはあたしをコケにした罰を受けてもらうわぁ。
まずぅ、あの銀髪の蝙蝠の女は捕らえてから坊やの目の前で男どもの慰み者にしてから、細切れにして犬のえさにしてやるわぁ》
「御託はいいからさっさと来いよ! 僕も暇じゃない。君のような雑魚にいつまでも時間を割くわけにはいかないんだ」
《ざ、雑魚ぉ? 私がぁ? 負け惜しみぉ!》
「だからさ。負け惜しみかどうか試してみろよ! それとも僕が怖いのか? 年増のおばさん!」
《……殺す!!!》
ピカピカ女は警戒しているのだろう。空中をジグザグ運動しつつも丁度僕の頭上で光速落下してきた。
(馬鹿が嵌りやがった!)
僕の頭上にある透明な平面鏡の一部を消失させる。次いで予め空けておいたところから脱出し平面鏡で蓋をする。
僕が平面鏡のドームを脱出したのとピカピカ女が頭上からドーム内へ侵入したのはほぼ同時だった。僕はピカピカ女がドームに入るやいなや頭上の平面鏡も修復し密閉する。
エウクレイデスの「光の反射の法則」――凸凹の無い平面鏡に当たった光は、鏡に当たったときと同じ角度で反射する。そう。今まさにそのような状況だ。
光化したピカピカ女は平面鏡のドーム内を絶えず反射しドーム外へ出ることが叶わない。
僕は冷めた目でルインの剣先をピカピカ女のいる平面鏡のドームに向ける。
《くそぉぉ!》
光化をピカピカ女が解くのと平面鏡の一部が消失し穴が形成され、ルインからその穴めがけて特大の魔力弾が数発放たれるのはほぼ同時だった。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
死を運ぶ緋色の魔力弾は目標を爆砕し灰塵にせんとピカピカ女に迫る。
「ぐぎゃっ!!」
緋色の弾丸はピカピカ女の左上半身に着弾する。踏みつぶされたアマガエルのような声を上げるピカピカ女。
ルインから魔力弾を続けざまに連続放出する。緋色の弾丸は次々にピカピカ女に当たり、体に無数の傷を刻んでいく。
ドサッ!
ピカピカ女は仰向けに床に倒れる。この女が完全回復するまでに十数秒は必要だろう。その間にことを済ませてしまおう。
コツンッ! コツンッ! コツン! コツン!
(7回、8回、9回、10回)
僕はゆっくりした動作で魔力を《神の遊戯》の世界に注ぎ込む。残りあと4回。
回復が完了したピカピカ女はむくりと立ち上がり、僕を親の仇でも見るように睥睨する。
絢爛だった衣服はズダズダに引き裂かれ、襤褸雑巾のようであり見る影もない。サラサラとした金髪はルインの緋色の弾丸によりまるでパーマのように爆発している。
「クソがぁぁあ! 小僧ぉぉ! 貴様は絶対に許さん!! 生きたまま腸を引きずりだしてやる! 頭からジワジワと切り刻んでやる」
そうだ。道化はそうでなくてはならない。心身ともにみっともなく滅びていかなければならない。
「年増のおばさん。君、口調また戻っているよ? それが本性でしょう? 今の君にとても似合ってる」
プツンッ
眉間から血を噴出させ赤鬼のようになったピカピカ女は僕に向けて疾駆する。怒りで動きが単調になっている。どうやら退屈な結末になりそうだ。
ルインを左手に持ち替えて、僕の左頸部に袈裟懸けに振り下ろされる鎌を受ける。同時に固く握り魔力をためた右拳をピカピカ女の顔面に拳打する。
ドゴォッ!
僕の右拳が大砲のような衝撃音を響かせてピカピカ女の顔面に直撃し、その歯と顎骨を粉々に砕き地平線さえ見えないこの王座の間の床をボールのように弾んでいく。
コツンッ! コツンッ!
(11回目、12回目……)
奥義発動まで――あと2回
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