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第1章 異世界武者修行編
第50話 ナンバーズゲーム後の事情(1)――恭弥
しおりを挟むやばい。禁術クラスの魔術を完璧に舐めていた。あんな魔術一歩使用を誤れば一晩で東京消滅なんて事態も起こり得る。
この映像は魔術審議会にも送られているようだし、公式にも禁術認定は確実だろう。
それに他の勢力から危険分子扱いされた。これも思金神の計画の一環なのだろうがあまり目立つのは止めてもらいたいものだ。
「恭弥……ありゃあないぞ。あんなのは反則だ」
不破さんの絞り出す言葉に心の底から共感したのか一同は険しい表情をしていた。ただ約一名を除いて。
その一名が僕の正面の席で腹を抱えて笑っている御仁だ。正直このイカレタ光景をみて笑える神経に僕はついていけない。
「なあマスター、喜美のあの《お菓子魔術》は混沌第8階梯。するてぇと俺の《打出の小槌》や水咲の《芸能魔術》、栞の姐さんの《音魔術》は……」
血の気が引いた顔で清十狼さんが僕に尋ねる。
「超越魔術の一つですよ。
でも喜美ちゃんの《お菓子魔術》は限りなく《虚無》に近い混沌魔術らしいんで、あまり参考にはならないと思います」
「いや、久々に爽快だったぞ。竜絃の悪たれもさぞかし――」
竜絃? なぜ御堂さんが竜絃を知っている?
…………いや父さんと竜絃は旧友。ならば御堂さんと竜絃が知り合いでもおかしくはないか……。
それに不磨商事の横行を許していたくらいだ。仮に親友の様な間柄なら真っ先に助けているはず。少なくても御堂さんと竜絃は大した関係はない……と思う。
「想像通りだぁ。儂と利徳、竜絃は昔の古い友……というより腐れ縁って奴かもしれねぇな」
「貴方と竜絃は…………いえ、止めておきます。貴方と竜絃がどんな関係であれ僕の気持ちは変わらない」
「おう、おう! 竜絃の奴も大層嫌われたもんだなぁ。まあ当然ちゃあ当然か。
そうだよなぁ。あれから16年も経つ。これも運命って奴かぁ……」
御堂さんは遠い目をする。悪いが竜絃の過去なんぞに興味はない。
「では僕らはこれで失礼します。
良子さんの保護お願いしますね」
良子さんは衰弱しているので御堂組が当分の間世話をすることになった。それからの事は和江さん達の問題であり、僕が口出しすべき事ではない。
「まあそう焦んな。
お前に頼みがあるといったはずだぞ?」
「面倒事は御免ともお伝えしたはずですが?」
「な~に、お前にとっては三度の飯より簡単なことさ」
「お聞かせ願いますか?」
建前上尋ねてはいるが予想はつく。今後不磨商事のような魔術師が裏社会にちょっかいを出した際の駆除の依頼だろう。
御堂さんにとは父の件で少なくない因縁がある。そのくらいは引き受けてもいい。刃傷沙汰さえなく処理すれば魔術犯罪を防止し得て魔術審議会はむしろ喜ぶだろう。
「来月9月にアメリカから帰国する儂の馬鹿娘をお前の仲間に加えて欲しい」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声が僕の口から洩れる。想定外もいいところだ。
御堂さんは僕らの目指すところが修羅の道だと知っている。先が破滅か天国かの2択しかない事を知っている。だからこそ僕は《妖精の森》には後戻りができない人しか誘っていない。
あえて娘を谷底に突き落とすような真似をする意味がわからない。
御堂さんはまるで悪戯が成功した子供のような顔で追い打ちをかける。
「既に斎藤紫鐘殿から許可を貰っている。
娘と同じく後ろにいる刈谷隆二もだ」
隆二さんが頭を恭しく下げて来る。
思金神と話が付いているなら僕に許可を求めないで欲しい。
仮に僕が反対しても結局、マリオネットのように事態が彼らの加入を認めることになる。奴の《信〇の野望計画》の熱の入り様は異常だし、何より思金神と未来予測や人物評価で勝負しても勝てるはずがない。
「斎藤紫鐘が許可したのなら構いませんよ。彼奴の人物を見る目は非常識です。ギルドに害になるような人物ではないのは約束されたようなものです。
ですがいいんですか? 貴方は以前会った際に僕の目的を知ったはず。娘さんに待つのは栄光か破滅ですよ?」
「何言ってやがる。端からお前、負ける気など更々ねぇだろう?」
「それはまぁ」
当り前だ。負けるのを覚悟して勝負をする奴等いない。少なくとも僕はそうだ。
「それになぁ、斎藤殿のような正真正銘のバケモノを使役してるお前が負けるとこなど正直想像すらできねぇよ。分の悪い投資ではないはずだぜぇ」
それも同意。思金神は14階梯のスキル。ただの召喚術で補えるような存在であるはずなどないのだ。存在の強度だけで言えば既に世界序列100位以内に入っている可能性すらある。
それに思金神に対する評価は超常的な人物把握能力を持つ者ほど高くなる傾向にある。それほどのスキルという訳だ。
「先ほども言いましたが思金神が許可した以上僕は拒みません。ここで僕が拒んでも無意味ですから」
顔に狂喜を漲らせる御堂さん。
「だろうな。恭弥が受け入れんでも、運命が馬鹿娘の加入を受け入れる」
やはりこの人は別格だ。思金神の本質を見抜いている。
「この短期間で彼奴の本質を見抜く貴方こそ僕にはバケモノに見えますがね。明らかに人の範疇を超えている」
「そりゃあどうも、最高の褒め言葉だと思っておく。
それとなぁ、斎藤殿からお前ら《フォーレスト》の商品販売の便宜を図るよう頼まれている。
不磨の馬鹿たれがいなくなった今、儂らも正常な裏の販売ルートを確保できるようになった。お前らの売りたいのはポーションだろ? 儂らなら高性能なポーションをお前らから売ったことを隠して販売できる。所謂、裏のオークションって奴だな。ここなら2週間に150個くらいは軽い」
「ありがたいお話ですが……」
思金神が動いていることからも、富豪の口から魔術審議会にばれる危険性はないに等しいくらい低いのだろう。だが零ではない。今の弱小勢力の僕達では審議会にばれれば全て搾取される。それは御免だ。
「恭弥。お前が考えているほど魔術審議会って組織は白くはねぇよ。
不磨商事が倒れた結果、儂の御堂組、不破商事、イングリッド社の3組織がこの日本の裏社会を仕切ることになった。すると魔術審議会はどう対応すると思う?」
「裏の取引を承認するということですか?」
「承認というより見て見ぬふりだな。
魔術審議会としては表に影響が出なければ裏等どうなろうと知ったこっちゃねぇのさ。だから審議会に月々数パーセント利益を収めるだけで深く突っ込んだ追及はしてこねぇ。
現に不磨の天下のときには10%近く収めていたおかげでウハウハ状態だったんだしよぉ。
もっとも、噂では不磨の魔術師が表の世界に手出しをし始めたことを理由に粛清に動く手はずになっていたらしいが、お前らに先を越されたってわけだ」
別に魔術審議会を非難するつもりはない。
審議会はあくまで魔術師の管理。魔術師の活動の99.9%が表の世界にある以上、裏の世界等になど興味はこれっぽっちもないのだろう。利用できるなら利用する。だが表の世界へ手を出せば排除する。極めて合理的だ。
「……了解しました。謹んで取引させていただきます」
「本来俺達3つの組織はそれぞれ独自の裏オークションを持っていた。
不磨がいた時には稼働できなかったが奴らが消えた今、運用が可能だ。だからなぁ、それぞれ一週間当たり50個ずつ仕入させて貰いてぇ。
オークションでの取り分はお前らの取り分は60%。俺達が40%。これでいいか?」
「僕らはそれで構いません。
具体的な話は斎藤から連絡があると思います」
思金神から本来裏のオークションは胴元50%、販売者50%が基本だと聞いたことがある。僕らが不磨商事を潰したことを考慮に入れての価格だろう。
LV6の回復薬なら1個500万円ほどで売れる。なら1週間に4億5000万円の稼ぎ。上出来もいいところだろう。
今度こそここには用がない。
僕が席を立ちあがり、一礼をすると、清十狼さん達も僕に習う。
「おう! よろしく頼まぁ。
それとな、恭弥。お前が想像しているより世の中は複雑で意外性に富んでいる。
お前は近い将来人生の岐路にたつ。その際に選択を誤るなとは言わねぇ。俺だって偉そうな事はいえねぇかあらなぁ。ただ後悔だけはするなよ」
「それはどういうことです?」
御堂さんの断定口調の言葉には引っかかりを覚える。それはまるで未来に僕に起こることを暗示するかのようで……。
「な~に、単なる一般論さ。年寄の戯言だぁ」
確かに御堂さんはバケモノだが思金神以上の予測演算能力を持つとも思えない。本当にただの一般論を言っただけだろう。
「それではこれで暇乞いをさせていただきます。
では隆二さん。僕らの後について来て下さい」
「わかりやした」
部屋を出て《ファーストステップ》から屋敷へ転移する。
隆二さんに僕らの世界の秘密を説明する。仰天するかと思いきや、『そんな事もありましょうなぁ』と一言呟くだけ。やはりこの人もどこか変だ。
ステータスを解析したが思金神が欲しがるはずだ。隆二さんは戦闘系至高のスキルを3つほど持つ。もっともLVが8に過ぎず不磨商事のような吸血種の魔術師相手では太刀打ちはできないだろうが。
僕がパワーレベリングしようかとも思っていたが隆二さんと意気投合した清十狼さんがその役割を引き受けてくれた。
助かる。近頃色々あって疲労が蓄積していた。今日は早く眠りたかったのだ
自室に戻り目を閉じると思金神から連絡が入る。
それは――。
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