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第1章 異世界武者修行編
第47話 不磨商事と吸血種(2)
しおりを挟む双葉弘美は母――双葉和江と新宿のアーケード街を歩いている。考えてみると母子水入らずのショッピングなど久しぶりだ。つい3か月前までは毎週のように母と街へ出かけていた。
その平穏は3か月前、強面の男の人が家に乗り込んできてから破られる。
毎週、屈強な男の人達が家に押し入り父と母に金を返せと迫る。父はいつも頭を抱え、母は夜になると決まって泣いていた。
弘美は何もできずただ両親のそんな姿を眺めることしかできなかった。
その地獄の様な日常もある日呆気なく終了する。
母は弘美が夏休みに家にいるのを嫌いいつものように部活へ行くように勧めた。いつ訪れるか知らぬ取り立ての現場を弘美に見せたくはなかったからだろう。
弘美が家にいては父と母を苦しませる結果となる。そう考えた弘美はその日も陸上の部活へ参加した。
弘美は走るのが大好きだ。走っている間は何もかも忘れる事ができたから。
その日も黙々と練習をこなしていたが、コーチに弘美に会いに来た男がいると告げられる。コーチは弘美の事情を把握しており、コーチの方で断ろうかとも言ってくれたが会うことに決めた。
弘美には経済能力がない。いくら金を返せと言っても無駄なのだ。その上で会いたいというのだ。その男は今の父と母の状況を打開する手段を弘美に提示するに違いない。
勿論その手段が全うな手段とはとても思えない。だが父と母がもう一度笑ってくれれば弘美は十分だった。
更衣室に入り超特急で制服に着替え訪問者のいる校門前まで向かう。このとき既に父からメールが来ていたらしいがその日は丁度携帯の電源が切れていてそれに気付けなかった。
校門前には髪をオールバックにした眼鏡をかけた男が佇んでいた。男は素人の弘美が見ても堅気の人間にはとても見えなかった。寧ろ今まで双葉邸まで押しかけてきた強面の男達が幼児に見えるような凄みすら感じた。
オールバックの男は自分を斎藤紫鐘と名乗り、父と母のためを思うなら一緒に来るように弘美に告げた。
恐る恐る男の後をついていくとある公園のトイレの裏に行き、弘美に右手を取るように告げられる。斎藤の右手を握ると場面は一瞬でレトロな家のリビングへと変わる。
そこには弘美が夢にまで見た笑顔の父と母と懐かしいあの人がいたんだ。
「弘美」
弘美の思考は隣の母の声でさえぎられた。
多分召喚した偵察精霊達から報告があったのだろう。
母は思金神さんから《神王軍化》の力により《召喚術》の才能を与えられた。本来、【召喚術奥義書】がないと《召喚術》の才能は得られないところ、ステラちゃんが有していた《精霊召喚術》を思金神さんが改良したらしい。
迷宮探索終了後部屋で遅くまで勉強し、一晩でLV35の精霊なら数十柱呼び出す事が可能となっていた。
弘美も【降霊術奥義書】、【降霊術大奥義書】をムーブしたがアリスちゃんや水咲さんと夜遅くまで話し込み、碌に基礎の魔道書を読んでおらず、初歩の降霊術すら使えない。
LV6、7の降霊術は使える。これは【降霊術大奥義書】をムーブしたから。 今弘美の頭の中に一冊の本が存在する。この本の使い方は簡単。頭の中で本のページをパラパラとめくり、該当のページで魔術の発動を願うのみでよい。
まだ降霊術の基本を学んでいないせいか、ページの内容は専門用語だらけで理解できない。ただ確かなのは核を遥かに超えるほどの力があり今の未熟な弘美が使えば何が起きるか予想ができないこと。
このことを理由に思金神さんに自身の身に危険が迫った時以外の使用を禁止されている。
「うん。了解。お母さん」
小声で答えて弘美の専用武器であるケーキナイフにそっと手を触れる。懐に忍ばせているナイフは普段はケーキナイフだが、弘美の魔力に反応し伝説級LV7の非常識な機能を有する武器へと変貌する。この武器は父が錬金工術で造った初めての武器。
対して母はハサミ。これも父が造った伝説級LV7の武器。特殊能力は秘密らしいが、凝り性の父の事だ。まともな武器のはずがない。
母は裏路地に足を踏み入れる。近道にはもってこいの路地だが、時間帯によっては人通りが著しく少なくなる。そんな場所。
思金神さんの予想ではこの場所を通れば高確率で不磨商事の社員が弘美たちを攫おうとするはずである。
母の反応からも不磨商事の社員が周辺にいるのは間違いあるまい。
数分歩くとバンが猛スピードで弘美達に向かって走ってくる。どうやらお迎えが来たようだ。
父に渡された母が身に着けているペンダントは動画を記録する機能を有する魔術道具。
母はそのペンダントの宝石部分に触れる。どうやらスイッチを入れたらしい。
バンは弘美達のすぐ傍で急停止するとガラッとドアが開き、数人の男達が弘美と母をバンの中に引きずり込む。弘美達のステータスが上がりすぎて程よい抵抗が殊の外難しかった。
男達は和江と弘美をロープとガムテープで厳重に縛る。あの人以外の男の人に自身の身体を触られたのは寒気がしたが今は仕方ない。
男達は母と私にジロジロと舐めまわすように見ると、運転席の男に発進するように指示を出す。
凡そ2時間後、車は止まる。
降ろされた場所は見渡す限り瑞々しい木々が生い茂っている深森の中。
丁度サークル上に木々が切り取られ、ポツンと豪奢なコテージが佇んでいた。 弘美達はコテージ内の最奥の部屋に引き摺られるように連れて行かれる。
その部屋内は薄暗く黒色の高級ソファーに、高そうなワインが置いてあるテーブル。部屋の隅のダブルベッド。
そしてそのソファーには醜悪でかつでっぷり太った老人が座していた。老人は右手でワインのグラスを動かしながら、弘美達を見てニタリと顔を醜く歪める。視線を向けられただけで背筋にゾワリと寒気がはしる。
この人が不磨五味。幾人もの女性の身体と精神を貪り食った最低のクズ男。
弘美達は口のガムテープを外され奥のベッドに放り投げられた。五味は上着を脱ぐとベッドの傍まで近づいてくる。
「良子は?」
初めて聞いた魂さえも凍てつかせるような母の声。
「良子? ああ、あの女か。中々良い女だが儂の好みではないのでな。
中東の富豪に売り払ってやったわ」
「あなたはどこまで……」
「なんだ。あの女と一緒に犯されるのが好みか?
悪いがそれはダメだ。あの女は2000万円で売れた大事な商品。儂が手を出すわけにもいかん。不磨商事は信用第一なんでな」
「信用第一というわりに私達との盟約を簡単に破棄しましたね」
「ふん。たかが魔術師ごときの盟約など一円の金にもならん。ブタの糞と同じだ」
《和江、弘美、もういいですよ。今の五味の言葉は血の吐息を除いた3大王家と魔術審議会へ発信されました。
盟約を豚の糞呼ばわりをした存在をプライドの高い吸血種と魔術審議会は決して許しはしない。
適当にボコって屋敷へ帰還してください》
《はい》
母はペンダントに触れながら返事をする。その声色は無感情の声から凄まじい憤怒を漲らせた声に変化していた。
「五味ぃぃ!!」
母は頭の上からハンマーを打ち下ろすように五味を怒鳴りつける。般若のような母の姿に五味は尻餅をつき軽い悲鳴を上げる。
ひ弱でかつ無抵抗なはずの女に恐怖させられた事実に怒りと屈辱で顔を茹蛸のように真っ赤に染め上げながら、近くにあった木刀で母の顔面を殴打する。
母は避けずそのまま木刀を受ける。
ドンッ! バキィ!
木刀は母の顔面に衝突すると木端微塵に砕け散り、飛散った破片が五味のブヨブヨした顔に突き刺さり無数の裂傷をつくる。
「ひいあ~~~!!」
激痛で悶えながらベッドをゴロゴロ転げまわる五味。母は両手の紐を引きちぎり、ベッドの上に立ち上がると五味に侮蔑の視線を向ける。
「貴方が馬場の言葉に従い自重してれば私達も手が出せなかった。だけど貴方は欲望に負けて私達を攫った。もう不磨商事は終わりです。貴方を守る存在はもうすぐ消滅する」
「……何を戯けた事を!!」
「本当に可哀そうな人……貴方の待つ未来は地獄だけ。でもそれも貴方が選んだ道。
弘美行きましょう。もうここには用はありません」
「う、うん」
母はベッドから降りて五味を一瞥すらせずに部屋を出て行った。弘美も五味の怒鳴り声を背中に受けながらも母の後に続く。
母の大声でも五味の部下達が部屋に突入して来なかった理由はすぐに判明する。コテージ内外にいた五味の部下達は母の召喚した精霊達により強制睡眠の状態にあったのだ。
母と弘美は悠々と森の中に姿を消し《妖精の森》の屋敷へ転移する。
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