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第一章 魔法界
第二話 ヴァート
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どのぐらい時間が経ったのだろうか。夜空の意識はゆっくりと浮上する。強烈な感覚は先ほどよりは落ち着いたものの、まだ残っている。
「っ……」
今の夜空の身体に走っていたのは、強烈な感覚の余韻と、ざらついて、でこぼことした石の感触だった。アスファルトの上とは違った感触。どこなのかは分からないけれど、先ほどとは違う場所の上に倒れているようだ。夜空はゆっくりと瞼を開ける。
「……え?」
目の前の光景に、夜空は思わず戸惑いの声を上げた。石が積み上げられてできた壁が、夜空の視界いっぱいに映ったのだ。それまで住んでいた場所からは考えられないような空間。夜空は強烈な感覚の余韻に襲われながらも、今の状況を把握するために、緩慢な動作で身体を起こす。
「これ、は……?」
倒れた状態から身体を起こそうとして、視線が下に向いた。そこで、一番最初に目に入ったのは魔法陣だった。自身が倒れていた場所に描かれていて、起き上がった瞬間に、それが視界に入ったのだ。
小さい頃にテレビで観た、魔法をテーマにしたアニメのワンシーンが夜空の頭を過る。魔方陣を描いて、呪文を唱えたら使い魔やら悪魔が出てくるといったシーン。そんなシーンで使われるような、魔方陣の紋様が、夜空が倒れていた場所に描かれていたのだ。まるで自身を召喚するのが目的のように。
「ど、どういう、こと……?」
一体ここはどこで、俺に何が起きているのか。
夜空の中に激しい混乱と戸惑いが走る。身体を起こすことは出来たものの、身体の中に先ほどの衝撃が残っていて、立ち上がることはできなかった。へたり込むような体勢のまま、なんとかして、情報を得ようと、夜空は恐る恐る顔を上げた。
「な………!?」
夜空は口をぽかん、と開けた。目の前の光景は、つい先ほどまで歩いていた光景とは全く違ったものだったから。
辺りはごつごつとした石で出来た空間だった。ファンタジー映画の中で発される「地下室」という単語で思い浮かぶような、どこか薄暗く、現実味のない不気味な場所。ここの広さは、学生時代に過ごした教室と同じくらいだろうか。
それこそ、ファンタジー映画の中に出てきそうな世界が広がっていた。敵の悪い魔法使いが主人公を倒すために、恐ろしい魔法を作り出したり、怪物を呼び出そうとしていてもおかしくないような空間。夜空はゆっくりと視線を左右に動かした。
部屋の端に、年季の入った、木製の大きな机が置いてある。その机の上には古びた分厚い本が何冊も重なり、開かれているものもある。さらに、ガラスの瓶に入ったひどく鮮やかな色水のような液体や、ファンタジー小説の表紙で登場人物が持っているようなナイフ、魔法使いの杖のようなものも置かれていた。
ファンタジー映画の撮影場所かもしれない、と一瞬思ったけれど、それにしてはあまりにも作り物めいていない。つい少し前まで誰かがここにいてそれらを使っていたような、そんな息遣いすら感じる。そして、机の逆端には階段が見えた。おそらくここはどこかの地下室なのだろう。
情報は多いのに、自身の状況を把握する手がかりは何もない。でも、自身がつい先ほどまでいた世界とは、全く違う場所にいるであろう、ということだけは、なんとなく感じ取れてしまった。
日常のどこかで見た「異世界転移」という言葉が夜空の頭をよぎった瞬間だった。
「成功、したのか……」
戸惑いを孕んだ、それでいて、低い、弦楽器の調べのような美しい声が、はっきりと夜空の鼓膜を揺らした。夜空はびくりと身体を震わせる。
目の前に広がる非現実的な情報を脳で処理することで精いっぱいで、背後には全く注意が向いていなかった。
恐る恐る、衝撃の余韻が残る身体を動かしながら、後ろを向く。夜空の視界に声の主の姿が映りこみ、同時に、目が合った。
瞬間、夜空は息を飲んだ。
声の主は、夜空が20年間の人生の中で出会った者の中で、一番美しい、と言い表せるほどの姿をしていたから。
声の主はひどく整った顔立ちをしていた。肩の辺りで切りそろえられた青みがかった銀髪。雪の日の曇り空のような灰色に、澄んだ青空の色が混ざり合ったような不思議な色をした、透き通った瞳。すらりと通った鼻に薄い唇。どの要素を取っても美しい人だった。戸惑った表情をしているのだろうが、表情から感情が読み取りにくい。戸惑いよりも、感情を隠すような冷ややかな圧を感じる。その冷えた空気が、余計にその顔立ちの美しさを際立たせていた。
年齢は、20歳の夜空よりもおそらく年上。20代後半くらいだろう。そして、真っ白なローブを身に纏っていた。魔法使いのローブ、と言われて想像するようなローブを。服装も相まって、まるで外国の絵本に出てくる魔法使いのような出で立ちであった。ローブからでもしっかりとした体格が分かる。その体格と、先ほど聞こえた低い声からして、男性だと夜空は思った。同時に思った。この、白いローブを纏った声の主が、今の夜空のこの不可解な状況に関係している、というのは明らかだった。
「あ、あなたは……?」
混乱と動揺で、出てきた声はひどく震えている。
先ほど聞こえてきた言葉は「成功したのか?」と夜空にも意味が理解出来る言葉だった。だから、きっと言葉は通じるだろう。通じて欲しい、と願いながら、目の前の声の主の返答を待つ。
「ヴァートだ」
声の主がヴァート、と名乗ったのが聞こえた。声の主――ヴァートの言葉の意味を理解出来たのと同時に、男は、夜空の質問をきちんと返してくれた。言葉は通じて、コミュニケーションを取ることは出来るようで、夜空はほんの少し安心感を覚える。
「えっと、ここは、一体……」
夜空は、ヴァートに訊ねる。知りたいこと、訊ねたいことは山ほどある。
「魔法界、私の家の地下だ」
「魔法、界……」
夜空は反芻するように、魔法界という言葉を口にする。
ヴァートの発した魔法界、という言葉で、夜空は全てがつながったような感覚を覚える。
今の夜空がいるのは、魔法界。
けれども、夜空の動揺は増すばかり。魔法界、というのは夜空が幼い頃から触れていた、小説やテレビの世界の中にしかない、想像上のもので、あまりに現実味のない言葉だったから。
「私が、お前を――人間を魔法界に呼び出した」
動揺する夜空に対して、ヴァートは理解を促すように補足する。それでも、動揺が深まるばかり。呼び出される理由なんて、全く思いつかなかったから。
「ど、どうして……俺、が、魔法界に……?」
ヴァートは、ひやりとした瞳で、夜空を見つめた。感情の読み取れない表情に冷ややかな視線。その視線は、どこか殺気にも似ていて、ぞくり、と夜空の身体に寒気が走った。
「お前を殺し、魔力を得るためだ」
「え……?」
――お前を殺し、魔力を得るためだ
夜空は、ヴァートの言葉を何度も頭の中で繰り返す。しかし、その言葉を理解するのには、ひどく長い時間が掛かった。
「っ……」
今の夜空の身体に走っていたのは、強烈な感覚の余韻と、ざらついて、でこぼことした石の感触だった。アスファルトの上とは違った感触。どこなのかは分からないけれど、先ほどとは違う場所の上に倒れているようだ。夜空はゆっくりと瞼を開ける。
「……え?」
目の前の光景に、夜空は思わず戸惑いの声を上げた。石が積み上げられてできた壁が、夜空の視界いっぱいに映ったのだ。それまで住んでいた場所からは考えられないような空間。夜空は強烈な感覚の余韻に襲われながらも、今の状況を把握するために、緩慢な動作で身体を起こす。
「これ、は……?」
倒れた状態から身体を起こそうとして、視線が下に向いた。そこで、一番最初に目に入ったのは魔法陣だった。自身が倒れていた場所に描かれていて、起き上がった瞬間に、それが視界に入ったのだ。
小さい頃にテレビで観た、魔法をテーマにしたアニメのワンシーンが夜空の頭を過る。魔方陣を描いて、呪文を唱えたら使い魔やら悪魔が出てくるといったシーン。そんなシーンで使われるような、魔方陣の紋様が、夜空が倒れていた場所に描かれていたのだ。まるで自身を召喚するのが目的のように。
「ど、どういう、こと……?」
一体ここはどこで、俺に何が起きているのか。
夜空の中に激しい混乱と戸惑いが走る。身体を起こすことは出来たものの、身体の中に先ほどの衝撃が残っていて、立ち上がることはできなかった。へたり込むような体勢のまま、なんとかして、情報を得ようと、夜空は恐る恐る顔を上げた。
「な………!?」
夜空は口をぽかん、と開けた。目の前の光景は、つい先ほどまで歩いていた光景とは全く違ったものだったから。
辺りはごつごつとした石で出来た空間だった。ファンタジー映画の中で発される「地下室」という単語で思い浮かぶような、どこか薄暗く、現実味のない不気味な場所。ここの広さは、学生時代に過ごした教室と同じくらいだろうか。
それこそ、ファンタジー映画の中に出てきそうな世界が広がっていた。敵の悪い魔法使いが主人公を倒すために、恐ろしい魔法を作り出したり、怪物を呼び出そうとしていてもおかしくないような空間。夜空はゆっくりと視線を左右に動かした。
部屋の端に、年季の入った、木製の大きな机が置いてある。その机の上には古びた分厚い本が何冊も重なり、開かれているものもある。さらに、ガラスの瓶に入ったひどく鮮やかな色水のような液体や、ファンタジー小説の表紙で登場人物が持っているようなナイフ、魔法使いの杖のようなものも置かれていた。
ファンタジー映画の撮影場所かもしれない、と一瞬思ったけれど、それにしてはあまりにも作り物めいていない。つい少し前まで誰かがここにいてそれらを使っていたような、そんな息遣いすら感じる。そして、机の逆端には階段が見えた。おそらくここはどこかの地下室なのだろう。
情報は多いのに、自身の状況を把握する手がかりは何もない。でも、自身がつい先ほどまでいた世界とは、全く違う場所にいるであろう、ということだけは、なんとなく感じ取れてしまった。
日常のどこかで見た「異世界転移」という言葉が夜空の頭をよぎった瞬間だった。
「成功、したのか……」
戸惑いを孕んだ、それでいて、低い、弦楽器の調べのような美しい声が、はっきりと夜空の鼓膜を揺らした。夜空はびくりと身体を震わせる。
目の前に広がる非現実的な情報を脳で処理することで精いっぱいで、背後には全く注意が向いていなかった。
恐る恐る、衝撃の余韻が残る身体を動かしながら、後ろを向く。夜空の視界に声の主の姿が映りこみ、同時に、目が合った。
瞬間、夜空は息を飲んだ。
声の主は、夜空が20年間の人生の中で出会った者の中で、一番美しい、と言い表せるほどの姿をしていたから。
声の主はひどく整った顔立ちをしていた。肩の辺りで切りそろえられた青みがかった銀髪。雪の日の曇り空のような灰色に、澄んだ青空の色が混ざり合ったような不思議な色をした、透き通った瞳。すらりと通った鼻に薄い唇。どの要素を取っても美しい人だった。戸惑った表情をしているのだろうが、表情から感情が読み取りにくい。戸惑いよりも、感情を隠すような冷ややかな圧を感じる。その冷えた空気が、余計にその顔立ちの美しさを際立たせていた。
年齢は、20歳の夜空よりもおそらく年上。20代後半くらいだろう。そして、真っ白なローブを身に纏っていた。魔法使いのローブ、と言われて想像するようなローブを。服装も相まって、まるで外国の絵本に出てくる魔法使いのような出で立ちであった。ローブからでもしっかりとした体格が分かる。その体格と、先ほど聞こえた低い声からして、男性だと夜空は思った。同時に思った。この、白いローブを纏った声の主が、今の夜空のこの不可解な状況に関係している、というのは明らかだった。
「あ、あなたは……?」
混乱と動揺で、出てきた声はひどく震えている。
先ほど聞こえてきた言葉は「成功したのか?」と夜空にも意味が理解出来る言葉だった。だから、きっと言葉は通じるだろう。通じて欲しい、と願いながら、目の前の声の主の返答を待つ。
「ヴァートだ」
声の主がヴァート、と名乗ったのが聞こえた。声の主――ヴァートの言葉の意味を理解出来たのと同時に、男は、夜空の質問をきちんと返してくれた。言葉は通じて、コミュニケーションを取ることは出来るようで、夜空はほんの少し安心感を覚える。
「えっと、ここは、一体……」
夜空は、ヴァートに訊ねる。知りたいこと、訊ねたいことは山ほどある。
「魔法界、私の家の地下だ」
「魔法、界……」
夜空は反芻するように、魔法界という言葉を口にする。
ヴァートの発した魔法界、という言葉で、夜空は全てがつながったような感覚を覚える。
今の夜空がいるのは、魔法界。
けれども、夜空の動揺は増すばかり。魔法界、というのは夜空が幼い頃から触れていた、小説やテレビの世界の中にしかない、想像上のもので、あまりに現実味のない言葉だったから。
「私が、お前を――人間を魔法界に呼び出した」
動揺する夜空に対して、ヴァートは理解を促すように補足する。それでも、動揺が深まるばかり。呼び出される理由なんて、全く思いつかなかったから。
「ど、どうして……俺、が、魔法界に……?」
ヴァートは、ひやりとした瞳で、夜空を見つめた。感情の読み取れない表情に冷ややかな視線。その視線は、どこか殺気にも似ていて、ぞくり、と夜空の身体に寒気が走った。
「お前を殺し、魔力を得るためだ」
「え……?」
――お前を殺し、魔力を得るためだ
夜空は、ヴァートの言葉を何度も頭の中で繰り返す。しかし、その言葉を理解するのには、ひどく長い時間が掛かった。
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