【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第一章 魔法界

第一話 鼓 夜空

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「お疲れ様でした……!」

 にこやかな、人あたりのいい笑みを浮かべながら、鼓夜空(つづみよぞら)はその日のアルバイト先から去る。単発バイトで、この人達とはもう会わないとは分かってはいながらも、彼はつい、こうして人あたりのいい笑顔を浮かべてしまう。そのおかげか、会う人間達から、「いい子」「愛想の良い人」「生きやすそうな人」という評価はもらえていた。それが夜空の求めているものに結びつくことはなかったけれど。
それでも、癖になってしまったことはやめられない。縋るようにして、何かを求めるようにして、にこやかな笑みを浮かべていた。

ひんやりとした冬の風を感じながら夜空は部屋までの道のりを歩いていた。寝に帰るだけの部屋に。舗装されたアスファルトの感触が夜空の靴裏に伝わる。やや遅い時間ではあったけれど、駅の近くであるから人通りもそこそこにあり、開いている店もあって、にぎわっていた。
高校卒業をしてから2年弱。一人暮らしにも慣れた。学生時代の延長でバイトを掛け持ちする日々を過ごしていた。短期バイトが多め。長期バイトもたまに。そして、よろしくないと分かっていながらも、満たされたいがために、人と身体を重ねて金を貰ってもいた。手に入ったのは金だけで、満たされることはなかったけれど。

「……これから、何か予定あったかな」

通行の邪魔にならないところまで軽く移動した後、立ち止まり、小さなカバンからスマートフォンを取り出し、電源を点ける。電源が点いていないスマートフォンに、一瞬映った自身の顔は、随分と華やかな顔立ちであった。童顔気味の顔立ちで、さらさらとした柔らかな黒髪。まつげの長くぱっちりとした瞳。すっと通った鼻筋、母親譲りの綺麗な顔をしていた。夜空の服装は、紺のタートルネックに黒のスキニーに白のコート。無地が基調の落ち着いた服装でありながらも、それが映えるような顔。母親譲りで、あまり好きな顔立ちではなかったけれど、それを褒められたこともあった。

間もなく、スマートフォンの電源が点いた。画面をスワイプさせて予定表を表示させる。
バイトの予定がいくつも書いてあった。人に会う予定や、ホテルに行く予定もちらちら。寂しさを埋めるようにして、いくつも予定を入れていた。

夜空はそこからバイトアプリを立ち上げる。評価はその日のうちには反映されないけれど、きっと今日もそこそこの評価はもらえるのだろう。今までのバイトの履歴を確認する。どの評価も、手際も態度も申し分ない、と記されている。
アルバイトでの仕事は、楽しかったし、評価されることは嬉しかったけれど、満たされはしなかった。どれもこれも代わりがきくもの。もし、今日、自分がいなくなったとしても、すぐに、代わりは見つかる。そんな想いが根底にあった。
安定した仕事に就いたとしても、「恋人」が出来たとしても、きっと、何をしても、この寂しさは埋められない。

「俺じゃなくても、いいんだろうな……」

幼い頃から、そんな空っぽのような寂しさがずっと彼の心に渦巻いていた。バイトをしていても、誰かと会っていても、誰かと付き合っていても、身体を重ねていても、自分は代わりのきく存在で、いてもいなくてもいい、という想いが、夜空の中にあった。

 誰かにとっての唯一無二の存在――代わりのきかない存在になりたかった。そして、その奥に、代わりのきかない存在になって、誰かに愛されたい、という想いがあった。
でもそれは、きっと未来永劫、何をやっても、叶わない。夜空は分かっていた。どうしようもない空虚感と寂しさが募っていく。

「    」

 無意識に、夜空の口から出てしまったのは外国語のような不思議な響きの言葉であった。
夜空が口に出したのは、「愛の魔法」であった。
それは、幼い頃、図書館で長い時間を過ごしていた時に目にしたもの。
一人ぼっちの魔法使いが、森の奥に住む恐ろしい魔法使いに戦いを挑みにいく、という内容の小説の中に、栞のように挟み込まれていた、本の一部を破りとったかのような古びた紙。そこに見たことのない文字が記されていた。
その紙に書かれている他の文字は読めなかった。けれど「愛の魔法」というタイトルのような文字と、呪文らしき文章の羅列だけは不思議と読むことが出来たのだ。
最初はいたずらだ、と思っていたし、おまじないも呪文も、何をやっても夜空をとりまく状況は変わらなかった。だから、最初は信じていなかった。
けれども、その呪文だけは特別に思えてしまって、寂しかった夜空は、その「愛の魔法」の呪文を唱えたのだ。もちろん、何も起こらなかったけれど、記憶の中にはっきりと焼き付いていたのだ。今でも寂しくなった時に、縋るように、ついそれを口にしてしまうのだ。幼い頃、画面の向こうで、羨望のまなざしと共に見た「いたいのいたいのとんでいけ」のように。
次に図書館に行った時にはその紙はもう挟み込まれていなくて、あの紙に出会ったのはあの一度きり。そして、大人になって本やインターネットで、あの文字や呪文のことをいろいろと調べてみたけれど、その文字も呪文も、結局何だったのかはわからなかった。
 
 唱えた呪文が冷えた空気に溶ける。もちろん何も起こるわけがない。今まで何度この呪文を唱えても、何も起こることはなかった。「いたいのいたいのとんでいけ」で痛みが本当に飛んでいくはずがないように。

「まあ、魔法なんて、あるわけ、ないよね……」

 昔は魔法や空想の世界を信じていたけれど、もうそんな時期はとっくに過ぎた。そんなことに時間や気力を使っているほど暇でも幼くもない。夜空は思考を現実に戻す。明日も予定が入っている。早く部屋に帰って休もう。カバンの中にスマートフォンを入れ、自宅に向かって再び歩き始めようとした瞬間だった。

「っ……!?」

突然、目の前にきらきらとした光が散らばった。昔テレビで観た、ダイヤモンドダストのような、きらきらときらめく光。雪かとも思ったけれども冷たさはない。そして、その光はだんだんと強さを増していく。きらきらとした弱い光だったのが、ぎらぎらと激しい光に変わっていく。眩しさに耐えきれなくなり、夜空は目を閉じた。

「えっ……!?」

目を閉じたその瞬間だった。今まで味わったことのないような衝撃が身体に走った。自身の身体が何かに引きずり込まれていくような衝撃。痛みはない。けれども、あまりの衝撃で、声を出すことはおろか、目を開けることも出来ない。

「…………!」

蟻地獄に落ちていく蟻、という言葉が夜空の頭の中をよぎった。もちろん、さっきまでいたのは真っ平らなアスファルトの上で、穴があるような場所でも、高所でもない。一体何が起こっているのか。全く理解が出来ないまま、夜空の身体に襲い掛かる衝撃は強まっていく。
今の夜空ができることは、自身の身体にかかる強烈な感覚を味わうことだけ。そして、あまりの強烈な感覚で、夜空の意識はだんだんと遠のいていった。
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