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結婚式

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鏡の前の私、いつもの茶色の髪に黒い瞳。今日は化粧をきれいに施してもらっているのでいつもよりも綺麗ですが、やはり婚約者とは釣り合わないような地味な私。ブレイグ様の隣に並ぶのが憂鬱です。

本日、私はブレイグ様との結婚式を行います。

卒業式の後、侯爵家での花嫁修行に明け暮れていた私に入った知らせはベンネル第一王子とメーレ様の結婚の延期でした。どうやらベンネル第一王子が体調不良らしく、結婚式を行える体調ではない、とのことでした。そのため、私たち4人の中で結婚式を一番早く行うのが私になってしまったのです。
卒業式から結婚式の今日まで、まだブレイグ様とはろくに顔を合わせてもいません。その後アカリ様がどうなったのかも私は知りません。私たちの結婚はどうなるのでしょう。
式場の職員が私を呼びに来て、ため息をついてから立ち上がります。鏡をもう一度見て無理やり笑顔を作ります。少なくとも、お父様や友人たちにはきれいな姿をちゃんと見てほしいです。
「ミ、ミア・・・きれいになって・・・。お前には苦労をたくさんかけて・・・」
式場の扉の前で私の姿を見たお父様が滂沱の涙を流します。大丈夫でしょうか。私のことをちゃんと連れて歩けるでしょうかお父様。会場に入った瞬間泣き崩れたりしないですよね?
「あぁミル、お前にもこの姿を見せてやりたかったよ・・・」
私と腕を組み、式場の扉が開くのを待ちながら、お父様がつぶやきます。私もそっとうなずきました。ミルとは私のお母様の名前です。十数年前、私が聖女のお茶会に初めて行った時よりも前に亡くなってしまったお母様。お母様の記憶はほとんどないですが、手芸が好きな人だったと聞いています。私が編み物等が好きなのはお母様の遺伝なのかもしれません。
「ミア、お前はミルによく似ているよ。どうかブレイグ君と幸せになってくれ」
泣き笑いの父に笑顔を向けます。地味な容姿、婚約者とは釣り合わないこの容姿でも、お母様とそっくりだとお父様が褒めてくれるのなら少しは好きになれる気がします。どうかお母様。私のことを見守っていてください。心の中で呟いて、ゆっくりと開こうとしている扉を見つめました。

式場に響く音楽に、少しだけ足がすくみますが、式場の奥の方に友人たちの姿を見つけどうにか足を動かします。メーレ様はお一人ですが、シャガート様、ブラーナ様の隣には婚約者の方が座られています。距離を開けるように一人分の席が開けられていますが、それでも近くに座っているのなら。彼女たちはお互いに話し合いをできたということなのでしょうか。
ゆっくりと歩みを進める途中で、父と組んでいた腕をゆっくりと離します。ここからは一人で歩くのです。進む先にはブレイグ様。私には背を向けています。キラキラと輝く濃い銀髪が美しいです。そしてその先。教会の神父様が待っている筈の場所にはなぜかアイリス様が立っています。な、なぜここに先代聖女様がいらっしゃるのでしょう。いや、誓いを見守って下さるのならとても名誉なことではあるのですが。
ブレイグ様の隣に立ち、ゆっくりと礼をします。ブレイグ様がこちらの方を見た気がしますが、私はまっすぐにアイリス様を見つめました。微笑むアイリス様が結婚の口上を述べていきます。最後に誓いの口づけをする番が来ました。ど、どうしましょう。戸惑う私の手を取りブレイグ様が取りました。翡翠のような緑の瞳が私をじっと見つめます。
「あなたに生涯の愛を誓います」
そう、私にしか聞こえないような声で囁いて、ブレイグ様は私の手の甲に口づけをしました。がちんと体が固まります。私の手を離したブレイグ様がすっとアイリス様の方に向き直ります。
「ここに、二人を夫婦として認めます。どうかお幸せに」
微笑むアイリス様の言葉で、私たちの結婚式は終わりました。正直そこからの記憶はあんまりないです。一応披露宴なんかがあったはずなのですが。

その晩、私は侯爵家の一室でぼんやりと物思いにふけっていました。どうしてもブレイグ様の言葉と手への口づけを何度も反芻してしまいます。どうしてなのでしょう。アカリ様とともにいたのは何だったというのでしょう。学生時代私に全く近づかなかったのは何だったのでしょう。

「・・・幻聴と、幻覚ですね」
そう気を取り直して私は編み物セットを広げることにしました。一応初夜なので、ブレイグ様と私は同室のはずなのですが、ブレイグ様は来ないことですし、おそらく自室に帰られたのでしょう。この先どうなるかはわかりませんが、きっと白い結婚に違いないですし、とりあえず今日は編み物の続きがしたいです。寝巻に着替えてベッドの上に毛糸玉と針を広げた時、コンコンとドアがノックされました。
「・・・」
答えないでいると、再びドアがノックされます。・・・誰でしょうか。いや分かっています。新婚夫婦の寝室を尋ねてくる無粋者などいないでしょうから多分一人だけなのですが、いやなぜここに今!
「・・・失礼します」
返事もしていないのにゆっくりとドアを開けて入ってきたのはブレイグ様でした。

「あなたと、話がしたいのです」
どこか緊張した面持ちでブレイグ様は言いました。
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