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11.薔薇

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「フレディ様? ご昼食はよろしいんですか?」

 右手にはバスケット。左手はフレディに掴まれたまま、アリアは魔法省の塔の外まで連れ出された。

 塔の外には、不揃いに並ぶ色とりどりの薔薇。

「ふふ、お仕事中なのに、私とデートしたいんですか?」
「アリア……」

 悪役令嬢らしい台詞・・を吐くアリアに、フレディは大きく息を吐くと、アリアの腕を引き寄せる。

 抱き締められる形になり、フレディの大きな手がアリアの頭に置かれた。

「まあ、こんな昼間から大胆ですわね? これも誰かに見せつけるためかしらっ――――…………?!」

 フレディの手には、魔法薬の中和剤が握られていて、アリアの頭に垂らすと、たちまち赤い髪がラベンダー色に戻る。

 かくん、とアリアから力が抜け、フレディは咄嗟に預けられた体重を支えた。

「アリア?!」

 覗き込むと、「悪役令嬢」メイクなのに、情けなく眉尻を下げて泣きそうなアリアがいた。

「フ、フレディ様……何で……」

 悪役令嬢から強制的に戻されたアリアは、震えてフレディを見上げた。先程までの勝ち気な悪役令嬢とは違い、思わず守ってあげたくなる姿に、フレディは思わずアリアを抱き締めた。そして自身のローブをアリアの頭に被せる。

「すまない、アリア」
「ふえ?! お仕事、続行……ですか?!」

(フレディ様は私が悪役令嬢じゃなくなると、甘い演技を始められるの何でかしら……)

 オドオドと抱き締めるフレディを見上げると、フレディは意地悪な顔でこちらを見つめていた。

(ひえ!!)

 急いで目線を外すも、フレディの手が頬に添えられ、戻されてしまう。

「お仕事、してくれるよね? アリア?」
「は、はははははい!!」

 「お仕事」というワードに反射的に返事をしたアリアに、フレディは不敵に笑みを浮かべると、アリアに迫り、キスをした。

(誰かに見せつけているのかしら?)

 辺りには誰もいないのに、と不思議に思いながらも、次第にその甘さに痺れて、アリアは何も考えられなくなる。

「くそ、こんな可愛い顔、誰にも見せられるかっ!」

 トロン、としたアリアの表情を見て、フレディが吐き捨てるも、アリアはぼーっとして聞き取れなかった。

「アリア、俺、食事を届けて欲しいって言っただけだよね?」
「? はい。妻、悪妻として準備万端で来ました」

 まだぼーっとする頭でフレディの問に答えるアリア。

「アリア、俺、そのままの君で良いって言ったよね?」
「? メイドの時は、ですよね??」

 噛み合わない会話に、フレディは大きく息を吐いた。

「あ、あのっ???」

 困惑するアリアにフレディは再びアリアをぎゅう、と抱き締めた。

「ここの薔薇……、君に見せたかったんだ」

 ぽつりと呟いたフレディはアリアを開放すると、手を引いて薔薇の前に歩み出る。

「わあ……凄い。色んな色……あっ、これ、アップルグリーン?!」

 不揃いに並ぶ薔薇を一通り眺め、アリアは一輪の薔薇に近付く。

「君の、瞳の色だよ」

 しゃがんで薔薇を見ていたアリアに影が落ちる。見上げると、フレディが横にいた。

「私の……?」
「君との約束、だったから」

 フレディの言葉に、アリアの記憶の中に、ラピスラズリのように美しい瞳を持つ青年・・が浮かんで、消えた。

(どこかでみたことのある瞳の色だと思ってた。私、もしかしてフレディ様と昔会ったことがある?)

 戸惑いに揺れるアリアの瞳を見て、フレディはふ、と笑った。

「覚えていなくても良いんだ。俺は、君にこの薔薇を見せたかった。それだけだから」

 少し寂しそうに、でも嬉しそうにはにかんだフレディを見て、アリアは胸が何故か締め付けられた。

(私、大切なことを忘れているのでは……?)

「ねえ、アリアは仕事だからって他の男に唇を……」
「へっ?」
「……何でもない」
「はあ……」

 必死に記憶を辿っていたせいで、フレディの話を聞き逃してしまった。

 何でもない、と言ったフレディは、バツが悪そうに、「くそっ」と言った。

(フレディ様、どうしたんだろう?)

 アリアが心配そうにすると、フレディは、「何でもないよ」と言って笑った。

 そして二人はそのまま、庭園で薔薇を見ながら、アリアが持ってきた昼食を一緒に食べた。



「局長、職場でイチャつくのはどうなんですか?」

 アリアをライアンの執務室がある塔の入口まで送った後、魔法省の局長室に戻ったフレディは、顔を真っ赤にしたスティングから呆れたように言われた。

「何のことだ?」

 部屋に入るなり、開口一番言われたことにフレディは首を傾げる。

「に、ににに、庭で! 奥様とキスしてたでしょ!!」
「――――?!」
「フードを被せていたけど、あの女性、奥様ですよね!」

 声を荒らげたスティングに、フレディは思わず眉を寄せて振り返る。

「あんな開けた場所でキスなんてしてたら、この塔から丸見えに決まってるでしょ!!」
「なっ……!!」

 スティングの正論に、フレディも赤くなる。

 フレディは見せつけようとか、そんなつもりは無く、ただただアリアが可愛いくてつい、してしまったのだ。それが意図せず、アリアの思う「お仕事」が成立してしまっていた。しかし、職場でそんなことをしてしまったのは不味かったようだ。

「明日には王宮中に噂が広まってるんじゃないですか? 覚悟した方が良いですよ」

 スティングの言葉に、フレディは頭を抱えた。
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