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「でも、ご安心ください。サトシ、君はもう廃棄処分される事はないです」
「それは、メルルが、俺を選んでくれたから?……だろ」
「ご明察」

 ディアブロは、パチパチと拍手をして笑顔を見せる。

「よほどサトシの事が、お気に召したのでしょうね。メルル様のご決断は、早かった。私も毎日ハデス様に祈りを捧げた甲斐がありました」
「もし、期限が来ていたら、俺は、どうやって処分されていたんだ?」

 現時点で廃棄処分は、免れたとしても、その可能性は十分にあった。玲自身が、その未来を知っておきたいと思うのも当然だった。

「そうですね……。三週目から、徐々に鮮度が落ちていき、四週目の終わりには、完全に干からびて、最終的に塵となって霧散します。クスッ」
「おいおい」

 冷蔵庫の中で、干からびて粉々になった玉葱の皮のような存在じゃないかと、玲は思った。

「これからは、毎晩、昨日のように首筋からメルル様に血液を与えていただきます」
「へ?昨日のように?」
「………」

 昨日のようにと言われ、キョトンと首を傾げた玲に、ディアブロは、無言になった。

「昨日って、何だよう」
「まさか、覚えていない……とでも?」
「キュキュ、キュキュキュィ、キュッキュキュキュー」

 慌ててメルルが、白い羽をパタパタさせ、ディアブロに昨日の状況を説明した。ディアブロは、その説明を聞き、額に手を当てて深いため息を吐いた。

「メルル、待て待て待て、人化したってどういうこと………ってあれ?」

 ふと玲の脳裏に過ぎる微かな記憶。今朝、起きた時の違和感。ふらついた、足元。一つ、一つのピースが、玲の記憶を結びつけていった。

「何か思い出しましたか?」
「……うん。思い出したというか……。今朝、起きたらメルルが、シーツの中に潜り込んでいた」
「同衾ですか?」
「ど、同衾って言うな!生々しい!」
「キュキュキュキュー!」

 メルルも遠慮の欠片もないディアブロの言い回しに、抗議の声を上げる。一つの寝具に男女が寝る事を同衾と言わずに何というとディアブロは思ったが、話が進まないので、反論はせずに黙って微笑むに止めた。

「ふぅふぅ……で、何か声もガラガラで、やたら喉が渇いた状態で、水を飲もうとベッドから起きたんだ」
「こ、声…」

 今度は、ディアブロでなく、アレスが反応した。声と聞き、昨日の自分の部屋まで響き渡った玲の艶やかな喘ぎを思い出し、顔を真っ赤に染める。

「ん?」
「いや、大丈夫です。サトシ、続きをどうぞ」
「お、おう。ベッドから立ちあがろうとした途端、立ちくらみというか、足元がふらふらっとして……あれが、貧血の症状だとすると今思えば、合点がいくんだ」
「キュゥ…」
「いや、メルルは、悪くないよ」

 伏し目がちに、少し落ち込んだ様子を見せるメルルに玲は、頭をそっと撫でる。

「それで、俺、夢を見たんだ。真っ白い長い髪をした今にも消えて無くなりそうな儚げな美少女を見て、あぁ、メルルが大きくなったなぁ、すごく頑張って成長したなぁって」
「それで?」
「その夢で、少女がぽろぽろと大粒の涙を流すから、俺はメルル、おいでって抱きしめて慰めてあげたんだ」
「キュイキュイ、キューキュー」
「あれは、夢じゃなく現実だったんだね。メルル!すっごい美人さんだったね」
「…………」

 ほんわかとした雰囲気を醸し出し、玲とメルルは、にっこりと微笑み合う。

「それだけ……それだけですかー!」
「それだけだけど?」
「私、黙って聞いていましたよ。もっとこう、何かあったでしょう。あんなに大きな声でムガッ」

 ディアブロが、玲の発言に呆れて物申そうとした途端、メルルはディアブロ目掛けて飛び付いた。真っ白な羽を目一杯広げ、顔面に張り付き、言葉を遮る。

「ムガッちょ……メルぶへ……わかもご…だ…フガッ」
「ギュギギギ!キュキュキュキュイ!!」
「イタタタタタ!」

 メルルが、顔面に張り付いて暴れるため、ディアブロは、言葉が満足に話せない。両手で掴んで離そうとしても、爪や脚が引っかかり、離れてくれない。

「わ、わかりました。私から、昨日の夜については、何も言いませんから」
「ギュギュギュ?」
「約束します。ハデス様に誓って……ハァ」
「ブハッ……クククッ。メルル、良くやった…ククク」

 ディアブロに念を押すように確認したメルルは、玲の腕の中に戻ってきた。顔中にメルルの引っ掻き傷を拵えたディアブロを見るだけでも、笑いが止まらない。

「散々、俺たちを弄んだ報いだよ」

ギロリと睨みつけてくるが、それ以上何かをするわけではない。

「まあ、良いでしょう。メルル様は、毎晩、人化した状態で、吸血をしますので、その心積りをしておいてください」
「わかった」

 この夜、二回目となる吸血。玲は、身をもってディアブロが、発狂した理由を知る事になる。

 そして、翌日。ディアブロに弄ばれる運命を避ける事はできなかった。

「昨夜は、お楽しみのようでしたね」
「…………!!な、何も俺たちは、してないぞ!」
「………キュ!!」

 真っ赤な顔をして、視線を泳がす玲とメルル。やましい事は何もなくても、あの声を皆に聞かれたと思うだけで、壁の中にのめり込んで隠れたいと思う玲であった。





 




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