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 はて、今、俺は、何を言われた?

 「キュ、キュキュキュキュキュー!!」

 けたたましくメルルが、大きな鳴き声を上げて飛び出し、ディアブロの顔面を何度も何度も白い羽で殴打し始めた。小さな白いコウモリの羽で、ビチバチビチバチと何度も殴りつける。

「ギュッギュ、ギュギュギュー」
「メルル、メルル!落ち着いて!!」

 ディアブロの顔の前で大暴れのメルルを見て、我にかえった玲は、メルルを掴んで顔面から引き離した。

「メルルの事、嫌ったりしないから、穢れているとか、そんな事思ってないから!」
「ギュゥ…」
「あぁ、本当だって。こんなに可愛いメルルを………淫乱とか……って何でそんな言葉知ってるんだ!誰だ俺のメルルにそんな言葉を教えたヤツは!……まさか、ディアブロ!お前か!?」

 メルルは、玲の胸に飛び込みぎゅっとしがみついた。そんな二人を見て、ディアブロは指先で顎を摩った。

「どうやら、私の早合点だったようですね。あんな喘ぎ声を上げておきながら、サトシは、ヘタレなんですか!それとも不能なんですか!……ともあれ、アレスもまだまだお子様ですね」
「だから、さっきから何なんだよ?」

 メルルは、玲の胸元にしがみついたまま、不安そうな表情をして見上げる。

「キュ、キュキュ、キュィキュー」
「全部話したら、嫌いになるかもって?ハハハ!ナイナイ嫌いになるわけない。俺を信じろ」

 メルルのふわふわした後頭部にそっと手を添え優しく撫でて、白い歯を見せてにっこりと笑った。メルルは、嬉しそうに目を細めて、モフモフの顔を玲に強く押しつけた。

「……ギュキュィ」
「あぁ、俺も大好きだ」
「はぁ~、全く人騒がせですね。本当にサトシは、鈍いというか、おバカさんというか……まあ、メルル様がになられたのなら良いでしょう」

 正面切って堂々と馬鹿にしてくるディアブロをギロリと睨みつけるが、「フフン」と鼻であしらわれた。

 ディアブロは、懐から手鏡を取り出して玲に手渡した。

「それで、自分の首筋をご覧なさい」
「ん?なんだよ。別にかわり………あ“あ”!な、何だコレ!?」
「ふぅ。お気づきになりましたか?」

 玲は、自分の首筋に今までなかった黒い痣を発見した。指先でなぞってみるも、何も違和感は、特に無い。

「黒い……何だ…薔薇の蕾……か?」
「えぇ。それは、所有の印。いわゆるマーキングでございます」
「マーキング?」
「はい、今までは、ただの食糧だったのですが、メルル様のご意志により、メルル様専用の食糧になった証ですよ」
「ギュギュギュ!」
「そうだ、メルルの言う通り、変な言い方すんな」

 ディアブロの配慮の欠片も感じられない言い回しに、玲とメルルは、口を尖らせて猛抗議をした。言い改める気は、全く無いらしく、のらりくらりとすっとぼける。

「絶対、俺たち遊ばれてる」
「おや、お気づきになりませんでしたか?」

 散々弄んで満足したらしく、ディアブロは、真面目な表情をしてメルルに視線を向けた。

「メルル様、彼をお選びになったと解釈してよろしいのですか?」

 今まで、おちゃらけていた雰囲気は、一歳見せることはなく、目の前にいる男は、紛れもなく黒の神殿の神官長であるディアブロだった。

「キュイ!」

 メルルの短い肯定の返事を聞き、ディアブロは、恭しく頭を下げる。

「かしこまりました。サトシ、詳しい話しは、後ほど私の執務室でしましょう。それでは、失礼しますね」
「よく解らんけど、わかった」
「クスッ。君のそういうところ、好感持てますね。それでは、後ほど」

 ディアブロの言った意味を理解出来ず、首を傾げたまま洗面所を出て行く彼を見送った。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


「ここに、いたんですか?」

 中庭の東家で、項垂れるように座り込んだ状態のアレスは、ゆっくりと顔を上げた。

 赤色の髪の毛を乾かす事もなく、虚な瞳のアレスを見て、ディアブロは、クスクスと笑った。

 悩み事がある時、必ずこの東家で落ち込んでいる事を知っていたディアブロは、玲たちと別れた後、迷わずここに来た。

「俺を笑いに来たのですか?」
「どうしてそんな事を言うのです?」

 クスクスと笑うディアブロに苛立ちアレスは、声を荒げて言った。

「父上も聞いていたでしょ!」
「何をです?」
「バカにしているんですか!サトシの…サトシ、サトシの……」

 玲の名前を連呼するが、その先を言い出せず、悔しそうに拳をギリッと握りしめる。

「そう言えば、昨日はサトシの喘ぎ声が凄かったですね。色っぽくて、艶やかで、おかけで私もアーシェと対抗意識が芽生えました」
「……俺は、最低なんです」
「私もね、『お楽しみでしたね』って尋ねたら、メルル様にお叱りを受けましたよ」
「………」

 ディアブロの悪趣味のせいで、居住区である各々の私室は、壁が薄く隣の部屋の、物音や騒音が聞こえてくる。

 毎晩、ディアブロ夫婦の夜の営みは、アレスたち子供にとっても周知の事実だ。ディアブロは、子供であれ、客人であれ、まぎやメルルであっても隠す事なく、どちらかと言えば、ぜひ聞いて欲しいと思っていた。

 昨日の夜は、そんなディアブロたちの声に加え、玲の喘ぎ声までが、響き渡った。

「俺は、サトシとメルル様が結ばれて、喜ばしい事だと思う!けど、俺は」
「結ばれてませんよ」
「………え?」
「だから、結ばれてませんよ」

 アレスは、信じられなかった。幼き頃から両親の激しい声を聞いて育ってきた。昨晩聞こえた玲の声は、両親が聞かせてきた声と同種の声だった。

「揶揄ったら、吸血だけだったとメルル様にお叱りを受けました」

 ディアブロは、自分の首筋を指先でトントンと叩いた。

「サトシが、誤解をして嫌われたらどうしてくれるんだと、激しく抗議をされました」
「俺は、てっきり……」
「サトシは、そのまま、眠りに落ちたらしいです」
「でも、俺は、あの声に昂ぶってしまって、自分を何度も慰めてしまいました!」
「おや、まあ」

 アレスは、ポロポロと大粒の涙を流し、ディアブロに言わなくても良いカミングアウトをした。ディアブロは、面白くて仕方がない。この素直で純粋な息子をさらに面白い方向へ、導いてやらねばと思った。

「アレス、君のした行為は、至極当然です。君は、サトシを守る盾であり、剣であるのです。サトシが、昂ぶれ馬、アレスも同調する。そこまで、サトシを想う心があれば、今後も安心してメルル様とサトシを任せられます」
「父上……」

 太い腕で、ゴシゴシと涙を拭ったアレスの表情には、もう迷いがなかった。ディアブロは、アレスの肩に手をかけて言った。

「今後も、ずっとその想いを大切になさい」

 アレスは、ディアブロの言葉に力強く頷いた。


 








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