どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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 皆が寝静まる夜、メルルは、もぞりとバケットの中で目を覚ました。スースーとベッドからは、玲の寝息が聞こえてくる。

 白い翼を広げ、月明かりが差し込む窓際にパタパタっと飛行する。キャビネットの上に着地したメルルは、空を見上げた。

 プルートーの夜空に浮かぶ、二つの青い月は美しく、優しい光でメルルを照らす。大きな月と小さな月が寄り添い、まるで玲とメルルのようだと思った。

 二つの月明かりは、優しくメルルを包み込む。ベッドを見ると、耳にしっかりと栓をしたまま眠る玲がいる。

 月の光がメルルの体の隅々まで染み渡る。キャビネットから降りると、一歩一歩と玲が眠るベッドに近づいた。

 白い長い髪は、母譲りであろう。黒く意志の強い瞳は、父親譲りであろう。白いコウモリから、人の姿へと変貌した少女は、ベッドの上で眠る玲を見下ろした。

 ギシリと体重で軋むベッド。少女は、玲の首筋をそっと撫でた。くすぐったそうに身を捩った玲が、うっすらと瞳を開けた。

「……メ…ルル?」

 まだ、寝ぼけている玲が、自分の名前を呼んだことに驚いた。まだ、一度も見せたことのないこの姿を玲は、メルルと解ってくれた。嬉しくて黒い瞳に涙が溢れ、頬を伝う。

「そうだよ。メルルだよ」

 涙を流すメルルに玲は、優しく微笑みかけて両腕を広げた。

「こっちへ……おいで」

 眠そうな瞳で笑いかける玲に、めるるは大きく頷き玲の胸へと体を重ねる。メルルを優しく包み込むように玲の両腕は、メルルの体を抱きしめた。

 トントンと優しく一定のリズムでメルルの背中を叩く玲の手のひらを感じて、メルルは、暖かい気持ちでいっぱいになる。

「サトシ、大好き。だから、ごめんね」

 メルルは、白く細い指先で、玲の首筋をそっと撫でた。玲の鼓動を一番強く感じる場所を探し当てた。

 小さな唇を這わせ、玲の命の鼓動を感じると大きく口を開きその場所に尖る鋭い牙をあてがった。

「ハゥァーーーーーーーー」

 ジュッジュジュ。玲は、メルルを抱きしめたまま、体を仰け反らせて全身を痙攣させる。それでもお構いなしにメルルは、ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らして玲の血を吸血していく。玲は、絶頂を迎え完全に動かなくなった。


◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 窓から差し込む暖かい朝日を浴び、玲はゆっくりと瞼を開ける。何となく全身が気怠い感じもするが、そう言う日もある。耳栓取り、両手を上に上げ大きく伸びをする。

 もっこりと膨らむシーツと微かな重みのある胸元を見て、そうっとシーツを捲ると、玲が予想した通り、白いモコモコとしたものが見えた。

「アハッ!また、俺のベッドに潜り込んだんだ」

 胸元にしがみついて眠るメルルに、優しく手を添えてモフモフの後頭部を優しく撫でた。

「キュ…キュゥ……」
「おはよう、メルル」

 もぞりと動いて、玲の顔を見上げるメルルに優しく微笑みかけ、玲は上半身を起こした。胸元にしっかりと張り付いたメルルも漏れなく付いてくる

 メルルに片手を添えて、少し違和感を覚える喉を咳払いしつつ調子を確認する。

「んん……ぐふん…あーあーあー。乾燥してたのかなぁ?喉がイガイガする」

 カラカラに渇いた喉と少し掠れた声に少し違和感を感じながら、水を飲もうととベッドから立ち上がった玲は、軽い立ちくらみを感じ、足元がふらついた。

「キュ……ィ」
「大丈夫だよ、メルル」

 心配そうに見上げるメルルをそっと撫で、玲は呼吸を整える。キャビネットの上に置いている水差しからグラスへこぷこぷと水を注ぎ、ぐいっと一気に飲み干した。

「くぅーはぁー!体の隅々に水分が行き渡る」

 徐々に活性化していく脳細胞。窓際で両手を大きく突き上げて、全身に朝日を浴びる。

「キュゥ、キュゥ、キュゥ?」
「ハハ、ぜんぜん大丈夫だ。すっかり目が覚めた。心配してくれてありがとうな」

 メルルが、目眩、ふらつきが無いのかとして尋ねて来たので、安心させるように少し大袈裟に笑い、白い後頭部を撫でてやる。胸元にしがみつくメルルもホッとして、玲に微笑み返した。

「ん?」

 ふと頭に過ぎる違和感。玲は、右に左に頭を傾げるが、クエスチョンマークが浮かぶだけで、よくわからない。

 キャビネットの引き出しを開け、耳栓として利用している布を仕舞い、代わりにタオルを手に取った。

「メルル、顔を洗いに行こうな」
「キュッキュー!」

 胸元にしがみつくメルルに手を添え、玲は扉をそっと開けた。洗面所は、共有スペースのため、神殿に住むディアブロ一家も利用している。

 既に、先客がいるらしく、バシャバシャと水の音が聞こえて来た。中に入ると、頭から水を被っているアレスを発見。朝っぱらから、行水とは、なかなか気合が入っている。

「おはよう、アレ…ス?」

 玲の呼びかけにビクンと体が跳ね上がった。そして、水浸しのまま振り返った。濡れた赤色の髪から、ポタポタと雫が垂れる。少し俯き元気がない様子だ。

 首に引っ掛けていたタオルを手に取って、自分より頭二つ分くらいデカいアレスの頭にタオルをかけた。

「もう、ビシャビシャじゃんか」
「ありがとう……ございます」

 静かなトーンで、ぽそっとお礼の言葉を呟くが、玲じっと見つめたまま動かなかった。両手でわしゃわしゃと頭を拭いてやるが、アレスはじっと一点を見つめていた。

「大きな、ワンコみたいだなぁ。よーしよしよし」
「ふぅぅぅぅぅ~」

 変な声を上げながら、ぎゅっと目を瞑った。

「サトシ、俺は、サトシをずっと守りますから」
「お、おう」
「サトシが、俺を必要としてくれる限り、俺から離れていくことはありませんからぁ」
「お、おう。……少し重いぞ」
「サトシのことが、俺は、俺は……ブヘッ」

 突然、アレスのよくわからない絶叫をメルルが下から顎を突き上げるように体当たりして静止した。

「ふぅぅぅぅん」
「だ、大丈夫か?メルルも突然どうした?」

 ぎゅっと俺に抱きつくようにしがみつくメルル、そしてそのメルルを見て、うるうると涙目になるアレス、玲は二人に挟まれ狼狽える。

「ククククククッ。朝から何やら楽しそうですね」
「ち、父上」

 背後からディアブロが、玲たちに声をかける。玲が、その声に振り返ると、アレスは、俯いたままそれ以上何も言わずに洗面所を後にした。

「ふーん……へぇ」
「なんだよ、その不愉快な視線は」

 じろじろと値踏みされるような視線で見つめられ、玲は不機嫌な態度を露わにする。

 ディアブロが、人差し指を立てて、そっと玲の首元を撫でる。そして、玲の耳に唇が触れるか触れないかの距離に近づき、妖しい笑みを浮かべ囁いた。

「昨晩は、お楽しみだったようで」







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