ウサ耳の精霊王女は黒の竜王に溺愛される

櫻井金貨

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第1章 オークランド王国編

第11話 畑に行こう!(2)

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「だって、ドレイク様がお返事してくれないんだもん」

 頭から被せられたブランケットから、顔を覗かせると、ぷくっと頬を膨らませて、少女は不満げに言った。

「部屋の外にいる時は、なるべく変身するな、と言っただろう。誰が見ているともわからないんだからな」
「でも、ドレイク様に話したいことがあったのです」

 少女が体を伸ばすと、被せたブランケットが落ちそうになる。
 ドレイクは慌ててきっちりとブランケットを少女の体に巻きつけた。
 少女がにこっと微笑む。

「ドレイク様、少しこの辺りを歩きましょう」
「歩く!?」

 この格好でか!? とドレイクは絶句したが、何気なく視線を逸らしながら、ブランケットがずり落ちないように、両端を首の後ろに回し、結んでやった。
 薄手のブランケットなので、なんとかサンドレスのように、少女の体を覆うことに成功したのだった。

「ドレイク様、誰も見ていませんよ?」

 そう言う少女に、「いや、俺も見ているから」と少女から目を逸らしながら意味不明なことを言うドレイクだった。

 少女は不思議そうな顔をしていたが、気を取り直して、ドレイクの手を取ると、すたすたと歩き始めた。

「この畑です! わたしは子供の頃、初めてニンジンを掘って、食べたんです!」

 少女が指差す先には、まばらに植物が生えた畑が広がっていた。
 周囲を所々壊れた柵で囲まれた畑は、それほど大きくはない。
 しかし、柵の近くには、農具などをしまうのだろう、小さな小屋が建てられていて、張り出し屋根の下には、簡素なテーブルと椅子も置かれている。

 かつてはよく手入れされた菜園だったのがうかがえる。

 少女は柵の入り口を見つけ、ドレイクを振り返る。
 ドレイクはうなづいた。

「鍵はかかっていない。開けていいよ」

 ウサギはいそいそとドアを開けて柵の内側に入るが、そこに広がった畑の様子を見ると、ショックを受けたように立ち止まってしまった。

 いつの間にか、寝ていたはずの黒竜も起きてきて、柵の上から畑を覗き込んでいた。

「わたしは村の子供達に追われて、石を投げられて、この畑に辿り着きました。お腹が空いてしまって、穴を掘って、ニンジンを食べてしまったけれど……きれいな女の人と黒髪の男の子に優しくしてもらったんです」

 いつも明るい少女の表情が沈んでいた。

「その時、この畑はもうキラキラと輝くような、そんな生命力に溢れていました。区画ごとに植え分けられた野菜やハーブ、土は柔らかく耕されていて、水もしっかりと与えられていました。あの時の草の匂いを思い出します……」

 ドレイクは、静かに少女の話に耳を傾けていた。

「次に会った時には、あなたはもうずいぶん男らしくなっていました」

 少女は嬉しそうにドレイクを見上げた。

「あなたはこの畑に1人でいて……、わたしを覚えていたように思ったんです。タカに襲われてケガしていたのを、王城に連れ帰って、手当てをしてくれました。でも……」

 少女は両手を大きく開いて、ドレイクに示す。

「この畑は、どうなってしまったんですか? 野菜も植えられていないし、誰も手入れをしていないように見えます」

 肩を落とし、しゅん、としてしまった少女を、ドレイクは両腕を広げ、恐る恐る抱きしめた。

「この家庭菜園は、俺の母が作った」

 少女はドレイクにぴったりとくっつきながら、ドレイクを見上げた。

「ウサギ、お前は、10年前に戦争があったのは知っているか?」

 少女は首を振る。

「戦争があって、俺の父も母も死んだ。信じられないかもしれないが、幼い頃、俺は病弱で、母は少しでも俺が丈夫になれば、と野菜やハーブを手作りして、栄養を付けさせようとしてくれたんだ」

 思い出をたどりながら、ゆっくりと話すドレイクの表情は、穏やかだった。

「でも、母が死に、畑を手入れする者は誰もいなくなった。この畑だけじゃない。戦争で、オークランドの国土も荒れた。戦争で農作業ができなくなったり、手入れができないでいると、畑も荒れるんだ。働き盛りの男達が戦争で死ぬ。戦場になれば、もちろん大地は荒れる」

 そう言うと、ドレイクは「わかるか?」と言うように、少女を見た。

「1度荒れた大地が、元のように戻るには、地道な努力と、長い時間がかかる。オークランドは、アルワーン軍を撤退させたし、あれから10年にもなるが、いまだに戦争から立ち直っていない、そんな部分もある。俺がもっと結果を出したいのもそんな部分なんだがな……黒の竜王として怖れられるだけでは足りない。国を、国民を豊かにしたいんだ」

 ドレイクと少女は、主人を失った菜園を、黙って見つめていた。
 少女は悲しげな目で、柵に囲まれた畑を眺めると、屈み込んで両手で地面に触れた。
 顔を近づけ、まるで匂いを嗅ぐようにして目を閉じる。

「ウサギ?」

 少女はそのまま、地面に倒れ込むようにして横になり、静かにしていた。

「わたし……何かができるはずなんです。でも、どうすればできるのか、わからない。ごめんなさい、ドレイク様」

 しばらくして起き上がった少女は、地面に座り込んだまま、静かに涙を流していた。

「おい、ウサギ。どうしたんだ!?」

 ドレイクが慌てて少女の隣にやってくると、少女の顔を見つめた。
 小さな顔を悲しそうに歪めて、ピンク色の少女の瞳からは、涙が流れている。

「ここの草は美味しいです。きっと美味しい野菜が採れるはずです。だからウサギはみんな集まってきたんです。オークランドの大地は、とても豊かな土地。必ず甦ります。まずは国民の誰もが食べられることを目指しましょう。病に疲れ、戦争に疲れた国民に滋養のある食べ物を供給することから始めれば、きっとオークランドは、豊かさを取り戻すでしょう」

 少女がふわりと微笑んだ。
 風が少女の柔らかな白い髪を揺らしている。
 その姿が、なぜか神々しくて。

 なぜだか、ドレイクはぞくりとした。

(ドレイク、幼な子にこの畑を任せてみろ)

 突然、黒竜の声がドレイクに届いた。

「ウサギに? ここを?」
(幼な子の手には、祝福が宿る)

「祝福が」

 ドレイクはウサギを見つめた。
 まだどことなくあどけなさの残る、不思議な少女。
 かつてドレイクのために、自らこの家庭菜園で働いていた母の姿。
 
 見た目は全く異なる2人だが、共に伝わってくる優しさは同じ。
 ドレイクはその時、懐かしい思い出の残るこの場所に響く、亡き母がドレイクに語りかける声が聞こえてくるように思えた。

(ドレイク、菜園を蘇らせてあげて)
(ドレイク、あなたはきっと丈夫になるわ……)

 オークランド王国とアルワーン王国の戦争から10年。
 今だに戦いの跡を感じさせる国の様子に、ドレイクの心は痛んでいた。
 国土は、豊かとは言えない。戦争が終わってなお、苦しんでいる人がいるのではないか。

 税を軽くするのはすぐできても、一度荒れた土地は簡単には良くならない。

 でもいつか、体が弱かった子供時代の自分が、今では黒の竜王と呼ばれているように、オークランドの土地も、豊かと言えるようになるかもしれない。

 ドレイクは、国の将来を、思い描くのだった。

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