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2章 Runaway
4話
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「で、えーと……リーナの姉妹とお父さん……つまり王様に武術を教えていたのが、ストレイニーさんの旦那さん、と」
「レイニー婆さんでいいよ」
そう言って笑うストレイニーさん、もといレイニー婆さん。彼女に出してもらったお茶を一口飲み……俺は改めて彼女の眼を見る。
「じゃあレイニー婆さん。えーっと、俺らは今……」
「ああ。城都のゴタゴタはこっちの耳にも入ってきてるよ。ま、こんなことになるんじゃないかと思ってはいたけどね」
どうも、ある程度状況は把握してくれているらしい。
……これで、レイニー婆さんが裏切ったら一転してピンチだな。さっきの感じからしてそれは無さそうだが。
「ああ、安心しな。あたしはリーナの今の母さんとも、昔の母さんとも親友だったからね。それに裏切っても……まあ、あんたら二人ならあたしからは逃げ切れるだろうさ」
「はぁ……」
「ストレイニーさんが裏切るはずはありません」
リーナが断言する。……なら、ここは取りあえず俺も頷いておくか。
「じゃあ……一応俺の自己紹介を。ユーヤ・ヤマガミだ。ライネル王国の住人じゃないため、聞いた事の無い名前かとは思うが、気にしないでくれ」
「ほう」
「で? そっちの彼女は?」
俺はもう一人の少女、クラウディアの方を見て声をかける。会話の流れで名前は分かってるが、一応本人からも聞いておいた方がいいだろう。
「あたし? クラウディア・ウェーンライトなのよ。分かるとは思うけど、ばあちゃんの孫なのよ」
簡単に自己紹介も済み、とりあえず本題に入ろうと一同を見渡し――たところで、リーナから先に口を開いた。
「あの……ストレイニーさん。私たちと一緒に戦っていただけますか?」
この婆さんは、リーナを見抜いたことといい、気配の消し方といい、確かに只者ではない感はある。味方としては申し分ないだろう。
だが……レイニー婆さんは首を振る。
「いや、それは出来ないね」
「う……はい。そう、ですよね……」
リーナの方も予想済みだったのか、ガックリと肩を落とす。そりゃそうだろう、機兵同士の戦いなんだ。人間の戦力が一人二人増えたところでどうにかなるものでもない。
「サニーの馬鹿なら話は別だろうがね。あたしじゃ機兵に勝てない。後は単純に、この店を開けるわけにもいかないよ。火事場泥棒が出る可能性だってある」
「まあ……そうだろうな。仕方ない、当初の予定通り俺達だけで戻るか」
俺がそう言ってもう一口お茶を飲もうとしたところで……レイニー婆さんはニヤッと笑った。
「一緒に戦ってはあげられないが、少し協力することくらいなら出来るよ?」
「え?」
「色々と、ね。取りあえず要らないモンは預かったげるよ、質入れって形でね。その金で色々準備しな」
カカカと笑うレイニー婆さん。何だか掴みどころの無い雰囲気を持つ人だ。
首を捻り、俺はリーナの顔を見る。
「……リーナが信用するって言うなら、俺は信じるしかないな」
ポリポリと頬をかき、俺は立ち上がる。
「リーナ、俺はちょっと街を見てくる」
「え? ひ、一人でですか?」
リーナがキョトンとした目でこちらを見てくるので、俺は肩をすくめて外を見た。
「情報収集は戦いの基本だろ……と、言いたいところだけどな。調べものがしたいんだよ」
今のところ、機兵の情報が無い。ムサシの攻略本の情報だけじゃ限定的過ぎる。どんなゲームだって自機の情報だけで戦う奴はいない。
「本屋くらいあるだろ。最低限、歴史くらい調べとこうと思ってな。敵機に繋がる情報を見つけられるかもしれない。ダメ元だけどな」
「でも、ユーヤが一人で行くのは危ないです」
「そういうことなら、クラウディア、ついて行ってあげな」
妙に心配するリーナに対して、レイニー婆さんがクラウディアに水を向ける。
「案内が必要だろう?」
確かにそれはそうだが……一人の方が気楽なんだよな。
「クラウディア、いいね?」
「……別に、構わないのよ」
ふうとため息をつくクラウディア。嫌がってるというよりも面倒くさそうな雰囲気だ。
「一応、近づいちゃいけない場所もあるのよ。そこにフラフラ入られても困るのよ」
ああ、そういうことね。
「それなら……まあ、大丈夫でしょう。ユーヤ、どれくらいで戻られますか?」
「本屋を覗くだけだ。三十分もすれば戻る」
「分かりました。クラウディアさん、ユーヤを頼みます」
クラウディアに凛とした雰囲気でそう告げるリーナ。クラウディアの方は自然体で頷いている。
「その間に準備は私が済ませておきますね」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
リーナとレイニー婆さんに声をかけ、俺はさくっと店を出る。取りあえず歴史なりなんなりが軽くわかればいい。
「こっちなのよ」
クラウディアの案内で近くの本屋へ。そんなに大きい店じゃないが、古すぎるっていう雰囲気も無い。
ここなら多少の情報は得られるか。
「いらっしゃいませ~」
店主のやる気の無い挨拶をスルーしつつ、歴史書などが並んでいる方へ。取りあえずその辺の歴史書を開く。
(……この国の歴史は建国からあるな。世界の歴史、成り立ち……流石にこれを全部さらうのは無理か。となると、歴史に目を通して……その後、機兵について書いてあるものを)
ざざざざ……と斜め読みで本に目を通す。時間も限られているし、細かい部分は後でリーナに聞けばいいだろう。
「……読むの速いのね」
「そうか? ……まあ、ヲタクやってたしな」
速読なんて技術は無いから、ただ速く読んでるだけだけど。
「読み物としてはイマイチだな。……にしてもドウェルグ王家が統治する前の記述は少ないな」
当然のことではあるが。
(そして機兵が出現したのはおおよそ五十年前……出現?)
作成でも誕生でも無く、出現。
「どういう意味だ? ……チッ、ここでは触りだけか。他の本を……あった」
そのものズバリ、『機兵の歴史』か。
「ねぇ、ユーヤ。あたし他のところ見てきていい?」
「ああ」
第一世代機兵は技術者が開発したものじゃなく、売り込まれたものである。
そしてその売り込んできた奴と共に開発されたのが廉価版であり量産型である第二世代機兵。俺がさっきムサシでぶった切ったやつか。
ムサシで言う「サムライモード」のようなものは第二世代機兵に搭載出来ておらず、まだどの国も開発に成功していない。
そして――
(同時期に、他国にも第一世代機兵が配られた……か。おいおいきな臭いってレベルじゃねえぞ)
そして一気に戦乱の世に突入。第一世代機兵が無い国は悉く滅ぼされて行った。ライネル王国は幸いムサシがあったことと、大きな山に囲まれていることで今のところ侵略戦争を仕掛けられては無いが……時間の問題ってところ、か。
「チッ、流石にメカニックのことは俺が読んでも分からないな」
動力は『獲菩流鉱石』。当て字感バリバリだな。この鉱石は割るとエネルギーが霧散してしまう扱いの難しい鉱石であり、また常に最大出力しか発揮できない。
「SFじゃなくてファンタジーだな、もはや」
俺に分かるのはここまで。残りは専門家でも無いと読み解けないだろう。
「これを見るに……第一世代機兵は数が限られており、再生産も出来ないって感じだな」
だからさっき壊すなって命令が出ていたのか。
「なるほどな……全貌は分からないが、考察の材料にはなったな。せっかくだし、めぼしい本を……って金がねえ」
そもそもその金を手に入れるために『一雲質屋』まで行ったんだった。俺はちょっとだけ寂しい気持ちになりながら、クラウディアを探す。
「あ、いたいた。悪いな、夢中になってて」
「あたしも欲しい本がちょうどあったし、別に構わないのよ。欲しい本があったら立て替えてあげようか?」
「いいのか?」
ありがたくその提案に乗らせてもらい、ついでに地図も買っておく。マップの把握は大切だ。
「ありがとうございましたー」
やはりやる気の無いお礼を背に受け、俺達は店を出る。これで少しは情報が手に入った。
「何を買ったんだ?」
「恋愛小説なのよ。前の巻で主人公が王子様から接吻されたところで終わったから続きが気になっていたのよ」
接吻、キスか。
「婚約首飾りと同時に接吻……ふふふ、女の子なら一度は憧れる状況……でも幼馴染から十年前に貰った花で作られた婚約首飾り……どっちを取るのか……毎回引きが上手いのよね……」
ブツブツと言いながら小説の表紙を眺めるクラウディア。何というかこの子もヲタクなんだな。
若干イっちゃった目をしているクラウディアを放っていると、彼女は本を袋に仕舞ってからくるっと俺の方を振り向いた。
「それにしても、大変そうね」
「……むしろ、この国の政権がどうなるかっていう時期なのに誰も慌ててないことの方が驚きだよ」
いくら主戦場である首都から離れているとはいえ、どうしてクーデターが起きているのに誰も騒いでいないのか。
こういうのはプロパガンダに走る奴とか、取り敢えず不安で喚く奴とかが出るのが一般的だと思うんだが。
「ジタバタしてもあたしたち庶民じゃどうしようもないのよ」
「そりゃそうだが」
「城から遠いし、新しい連中が気に食わなければまた革命すればいいし。――そのために、あたしやアンジェリーナ王女は『天ノ気式戦場活殺術』を学んでいるんだし」
リーナたちが修めている武術はそんな名前なのか。
「強い奴がてっぺんを取る。単純でいいな」
「弱ければ国を守れないのよ。――この戦いだってきっと、国を守れないのであれば私たちが弱い証拠。まだ負けていない以上は、慌てる必要は無いのよ」
……なるほど。
俺には少し分からないが、彼女らの価値観であればこの戦いは『王族がこの国を守るだけの力がある』かどうかの試練のように考えているということだろうか。
「国を守るって大変だな」
「……貴方も守るんじゃないの?」
「俺はリーナを守るだけだ」
小難しいことは分からない。
ただまあ、困ってる女の子を見捨てるのは違うだろう。
そう思うだけだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「お帰りなさい、ユーヤ。何もありませんでしたか?」
店に戻って彼女らの居住スペース、そのリビングの席に着くなりリーナからそんなことを言われた。
「え? そりゃもちろん、何も無いが……」
若干困惑しつつそう答えると、リーナはホッとしたように笑みを浮かべた。
「万が一、敵が潜んでいるとも限りませんので。クラウディアさんを信頼していないわけではありませんが」
「ま、そういう話は後ですればいいさ。……ユーヤって言ったかい。あんた、拳銃の心得は?」
唐突だな。
と、思いつつも俺はこくんと頷く。
「少しだけ。撃ち方を知ってるくらいだが」
「それなら安心さね」
そう言ったレイニー婆さんがごとりとテーブルに何かを置く。黒光りする金属物――
「銃?」
「ああ。護身用に持っておくといい」
レイニー婆さんが置いたのは二丁の拳銃。大きい銃と小さい銃――なんだか昔話みたいだな。
「大きい方はPIS50。小さいほうはΣP202。あんたの体格なら大きい方も撃てるかもしれないが、基本はΣを使うといい」
俺はΣを手に持ってみる。どちらもリボルバーだ。Σは五発、PISは六発装弾出来るみたいだな。オートマチックは無いのだろうか。
Σを構えてみると……うん、これなら撃てそうだ。
「こんなもの、護身用になるの?」
クラウディアが首を捻る。
「銃なんだ、これ以上の武器は無いだろ」
そもそも俺が白兵戦をしている時点で敗北みたいなもんだが、それでも俺の持つ特殊警棒やナイフよりは戦いになるだろう。
「だってそれ五発しか入らないのよ? 当たらないし。そんなの使う人いないと思うのよ」
当たらないって、それは腕の問題だろう。
「まあ確かに、あまり人気のある武器じゃないことは確かだ。とはいえ武術の心得が無いなら楽に使えるだろうさ」
銃が人気じゃないのか。
「それなら機関銃でも持つか」
「そんなもん持ち歩く奴はいないのよ」
せやろな。
俺はため息をついてΣを持つ。ホルスターも欲しいな。
「ああ、拳銃嚢も必要だね。ちょっと待ってな、取ってくるから裏の空き地で練習してくると良い」
銃を撃ってもいい空き地があるのか。
という言葉がのどまで出かかったが、この国の法律には疎いし何も言わない方がいいだろう。
「準備するから少し待っていてほしいのよ」
クラウディアがそう言って引っ込んでいくので、俺は質屋の中を軽く見て回る。衣類や日用品、あとはアクセサリーなんかもあるんだな。
質屋って言うだけのことはある。
(お、綺麗なネックレスだな。……リーナに似合いそうだ)
言わないけれど。
そんなことを思いながら軽く見ていると、クラウディアがいつの間にか背後に立っていた。
「何か贈ってあげたら?」
「……なんでだ?」
俺が問うと、クラウディアはふいっとリーナの方に視線をやる。
「女の子は着飾るのが好きなのよ。……身を隠さないといけないせいで、着飾れなくなっちゃっても、少しくらいお洒落したいと思うのが女の子なのよ」
なるほど。
確かにメンタルケアは大切だ。俺だってダサい服を着るよりはカッコいい服を着た方がテンションも上がる。
「ま、あまり高い物は無いけど。さ、準備は出来たからあとで選んであげるといいのよ」
フッと笑ったクラウディアに案内されて、空地へ。雑草が生えて、よく分からない台が置いてある。……典型的な放置された空き地って感じだ。
「……その、お手入れしましょうか?」
「あー……そうだな、俺も手伝おうか」
「別に必要無いのよ。それよりもアンジェリーナ王女は後でご飯作るの手伝って欲しいのよ」
台の上には既に瓶が何本か置いてある。アレを的にしろってことだろう。下には空き瓶が入った段ボール箱もあり――的には困らなそうだ。
「いいのか、本当に撃って」
「向こうの家は空き地だし、PISならともかくΣの方ならその壁を貫けないのよ。撃った弾の代金は後で請求するのよ」
なるほど。後は跳弾にだけ気を付ければいいか。っていうかその辺はしっかりしてるんだな。
「そういえばリーナ。結局あのドレスはいくらになったんだ?」
金の話になったのでそう問うてみると、リーナはにこりと笑った。
「八百万バイカでした。色々と準備しましたがだいぶ余りましたので、弾丸に関しては気にしないでいただいて大丈夫ですよ」
「は、八百万!?」
と、とんでもないのを着てたもんだな。いやー、さすがは王族ってところか? とはいえ、そのおかげでこうしていろいろ揃えられるんだから文句は言わないが。
「ってことは服も用意出来たんだろ? 何で俺の服を着たままなんだ?」
リーナはまだ俺の服のままだ。あれだけ変じゃ無いか気にしてたんだから、すぐ着替えそうなものだが。
そう思っての問いだったのだが、リーナは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「リーナ?」
「……ユーヤ、早く試射をどうぞ。その腕前によってこれからの動きを決める必要がありますので」
「お、おう?」
なんだかよく分からんが、取り敢えず話す気は無いようだ。俺はΣを片手で構え、瓶に向けて銃口を向ける。
「すぅ……」
息を吸い込み、少しだけ気合を入れてから引き金を引く。パァン! と乾いた音が響き、瓶の上半分が吹き飛んだ。
「んー……」
二度、三度引き金を引く。パン! パン! と気味のいい音が鳴り、二つ目、三つ目の瓶が弾け飛んで行く。
「す、凄い……」
「今ひとつ、だな。とはいえ、微調整出来る範囲か」
更に引き金を引く。途中から両手持ちに。冷静に考えたら片手撃ちってカッコつけ以外の何物でも無いよな。
「ん、問題無し」
瓶を全部撃ったところで、後ろからクラウディアが声をかけてくる。
「どこかで射撃は学んでたのよ?」
クラウディアの問いに、俺は新しく瓶を置きながら答える。
「一回、射撃練習場に行ったことがあるんだ。腕前は素人のそれだよ」
後はサバゲ―を少しやったことがある程度かな。
少しだけ、射撃練習場へ行った時のこと――つまりまだ、俺たちの仲が良かったころのことを。
あの頃のように……なんて思ってたこともあったっけな。
「それにしてもリボルバーはリロードに時間がかかるな」
一つ一つ弾を込めながら俺は少しだけ笑う。再び構えなおし、瓶を撃った。
「この距離でも当たるものなのね……これなら確かに武器になるかも」
瓶までは十五メートルほど離れている。むしろこの距離で当たらなければどうしようもないだろう。
さらにワンマガジン撃ち尽くし、ふぅと一息ついた。
「一応、こっちも撃っとくかな」
PIS50を構え、両手で持つ。スタンスは肩幅より少し広いくらい、体が吹っ飛ばないように。
ドゴン!
「うおっ」
反動がヤバイ……こりゃ生半じゃ制御できないな。肩が外れるかと思った。一応命中しちゃいるが……本当に一応だな。
「こっちはやべーな」
「いや何で当たってるのよ。普通、撃つだけで精いっぱいなのよ」
それもそうか。
「リーナも撃ってみるか?」
「へ?」
何とはなしに問うてみると、彼女は少しあわあわと手を振る。
「ゆ、ユーヤ。私こんなの撃ったことないです……」
そりゃ銃の手ほどきを受けるお姫様なんてそういないだろう。
「剣ならあのくらいの距離の敵も倒す自信があるんですが……」
さらっととんでもないことを言うリーナ。十五メートルは離れてるんだぞ? 斬撃でも飛ばすのか?
「ま、まあいいや。やるか?」
「じゃ、じゃあ一回だけ……」
興味はあったのか、おずおずと銃を握るリーナ。暴発しないように気を付けながら、彼女が構えられるように手を添える。
「まず腕はこうだろ? そんで足はそのくらい開いて……ああ、もう。手はこうだよ」
埒があかないので、俺は後ろからリーナの手をそっと包み込む。
「ほら、それでよく狙って」
「は、はい」
「よし、撃て」
パァン!
チュン、と瓶に弾丸が掠めて倒れた。一応、当たったっちゃ当たったかな。初めてにしては上出来だ。
「あ、当たりました!」
「ナイスナイス」
「よく当たるものなのよ……」
クラウディアがちょっと感心した顔をしているので、今度は彼女にも問うてみる。
「お前もやるか?」
「ちょっと楽しそうだけど、止めておくのよ。それよりもいいの? もう少し撃っておかなくて」
「それもそうだな」
俺は再びΣを構え、瓶に向けて撃つ。パン! パン! とリズミカルに撃ちながら……リーナたちに問いかける。
「一般人は銃を持てるのか?」
「いえ。基本的に、軍属以外の方は武器の所有も所持も禁止です」
「……いいのか?」
「超法規的措置です」
さらっと不正するリーナ。逞しい姫様だよ本当に。
この国の最高権力者が黙認してることを、誰かがどうこう言えるわけが無いよな。
「それにそもそも、拳銃を使う方は珍しいと思います」
「さっきクラウディアが言ってたみたいに当たらないからか?」
二マガジン目を撃ち尽くし、次のマガジンに切り替える。
「それもありますが、外で戦う分には機兵があるので、そもそも歩兵がそんなに必要無いですし……室内や民間戦の場合は短剣や槍などが主ですね」
そうなのか。……個人対個人で戦う分には拳銃は強いと思うんだがなぁ。
「軍人なら拳銃も持っているでしょうが、好んで使う人はいないでしょうね」
「価値観の違いって奴か」
俺は苦笑し、最後の一発を撃ってからくるくると銃を回す。
「ふぅ、もう少し練習したいところだが……あんまりやって弾丸が無くなっても困るしな」
一流のヒットマンは百発撃って一発も不発弾が無かった場合のみ、その弾丸を使うそうだが……俺はそんなことをやってる暇も金も無いしな。
「じゃ、後はどうするか……」
試射を終え、片づけを一緒にやりながらそう呟くと……いつの間にかレイニー婆さんが現れた。
「今晩、泊まっていきな」
「いいのか?」
「ああ。とはいえ、宿代は払ってもらうがね」
「それは構わない。いや、むしろ充分すぎるくらいだ。ありがとう、助かる」
「いいってことよ」
「あ、ありがとうございます!」
リーナがペコリと頭を下げる。こいつ、王族のくせに腰が低いんだよな。
「さっきも言ったけど、アンジェリーナ王女にはご飯作るの手伝ってもらうのよ」
「分かりました」
王女に手伝わせるって凄いな。っていうか今更だが、あいつは何で微塵も王女に対して委縮してないんだ。
「あの子は小さい頃に会ってるからね。あたしらもあの子の父親――つまり国王と仲が良いんだ。そのせいであまり王族って意識が無いんだろう」
レイニー婆さんはカラカラと笑いながら席に着いた。そして俺を手招きするので、俺もその向かい側に座る。
「ほれ、拳銃嚢だ。肩から下げる奴と背中に仕舞うやつだよ」
「ありがとう」
肩から下げる――ショルダーホルスターをつけてそちらにΣを仕舞う。たぶんこっちの方が抜きやすい。
「PISは返すよ」
「いや、持っておいた方がいい。もしもの時に……この弾を使える」
レイニー婆さんはそう言って三発の弾を俺の前に置く。
「これは?」
「炸裂弾さ。機兵にも効果がある」
「――ッ!」
機兵に効果のある、炸裂弾……? 何で出来てるんだそれ。そしてそれが何故普通の拳銃で撃てるんだ。
レイニー婆さんが嘘を言っているとも思えないので、本当に機兵に効果のある弾丸なのだろうが……にわかには信じがたい。
俺はゴクリと生唾を飲み、その弾丸をポケットにしまった。
「切り札として持っておきな」
「……恩に着る」
俺はPISを背中――バックサイドホルスターに仕舞う。
「なかなか似合うじゃないか」
「ありがとよ」
レイニー婆さんにそう言って、俺はついでに時計も貰う。……まあ、貰うって言うか買ってるんだけどな。リーナのドレスを売ったお金で。
「にしてもリーナ、飯作れるんだな」
「そりゃそうさ。……あの子は第二王女だからね。花嫁修業は一通り済んでるよ」
言われて、ああと思う。
「……王族ってのは難儀だな」
ため息をついてそう言うと、レイニー婆さんはジッと俺の目を見てきた。
何か言いたいことがあるのか……と思って見返すが、レイニー婆さんは何も言わない。
「……なんだよ」
不気味というか、気まずいのでそう言うと、レイニー婆さんはふむと目を細めた。
「あんた、この国の人間じゃ無いんだろう? ……ちょっと見て欲しい物があるんだ」
「ん?」
レイニー婆さんが奥から取り出してきたのは、A4サイズくらいの木箱。それをパカッと開けると、中には……名状しがたい機械が入っていた。
「これは?」
「機兵の歴史、見て来たんだろう? アレに書いてあった通り、機兵には謎が多い。それ以上に謎が多いのはその機兵を持ってきた連中だ。あいつらは本当に何なのか分からない」
そう言いながらレイニー婆さんは俺の方へ木箱を押しだしてくる。
「これはそいつらが一緒に持ってきた物だ。あんた、何か分かるかい?」
何か分かるか、と言われても……。
そう思いつつ、俺はネックレスと機械を触る。確かに言われてみればこっちの世界の物じゃ無さそうだな。
一つはスマホみたいな、画面のついたパッドのような物。もう一つは丸くて小さい何か。装飾が綺麗だからパッと見は宝石みたいだな。
いくらか触っているうちに二つともTYPE-Cの充電の穴があることに気づく。充電してみれば何か分かるかもしれない。
手回し式の充電器と、ソーラー充電器なら持っている。そのどちらもPCの充電に充てるつもりだったけど、少しくらいなら大丈夫だろう。
「やっぱり分からないかい」
レイニー婆さんが嘆息する。
「これが何か知りたいのか?」
「そういう訳じゃ無いけどね。これは機兵を持ってきた連中が持っていた物でさ。何に使うのか分からないから気になってただけさ」
そう言いながらお茶をすするレイニー婆さん。
「……いや、何か分かりそうなんだ。持って行っていいか?」
「あん? そうかい。じゃあまあ、何か分かったら教えてくれるかい」
俺は頷き、懐に仕舞う。どちらもそんなに大きくないから助かった。
「出来たのよー」
クラウディアとリーナがご飯をお盆に乗せてやって来る。
……そういえば、人の手作り料理なんて久しぶりだな。そんなことを思いながら、俺はリーナたちの料理に舌鼓を打つのであった。
「レイニー婆さんでいいよ」
そう言って笑うストレイニーさん、もといレイニー婆さん。彼女に出してもらったお茶を一口飲み……俺は改めて彼女の眼を見る。
「じゃあレイニー婆さん。えーっと、俺らは今……」
「ああ。城都のゴタゴタはこっちの耳にも入ってきてるよ。ま、こんなことになるんじゃないかと思ってはいたけどね」
どうも、ある程度状況は把握してくれているらしい。
……これで、レイニー婆さんが裏切ったら一転してピンチだな。さっきの感じからしてそれは無さそうだが。
「ああ、安心しな。あたしはリーナの今の母さんとも、昔の母さんとも親友だったからね。それに裏切っても……まあ、あんたら二人ならあたしからは逃げ切れるだろうさ」
「はぁ……」
「ストレイニーさんが裏切るはずはありません」
リーナが断言する。……なら、ここは取りあえず俺も頷いておくか。
「じゃあ……一応俺の自己紹介を。ユーヤ・ヤマガミだ。ライネル王国の住人じゃないため、聞いた事の無い名前かとは思うが、気にしないでくれ」
「ほう」
「で? そっちの彼女は?」
俺はもう一人の少女、クラウディアの方を見て声をかける。会話の流れで名前は分かってるが、一応本人からも聞いておいた方がいいだろう。
「あたし? クラウディア・ウェーンライトなのよ。分かるとは思うけど、ばあちゃんの孫なのよ」
簡単に自己紹介も済み、とりあえず本題に入ろうと一同を見渡し――たところで、リーナから先に口を開いた。
「あの……ストレイニーさん。私たちと一緒に戦っていただけますか?」
この婆さんは、リーナを見抜いたことといい、気配の消し方といい、確かに只者ではない感はある。味方としては申し分ないだろう。
だが……レイニー婆さんは首を振る。
「いや、それは出来ないね」
「う……はい。そう、ですよね……」
リーナの方も予想済みだったのか、ガックリと肩を落とす。そりゃそうだろう、機兵同士の戦いなんだ。人間の戦力が一人二人増えたところでどうにかなるものでもない。
「サニーの馬鹿なら話は別だろうがね。あたしじゃ機兵に勝てない。後は単純に、この店を開けるわけにもいかないよ。火事場泥棒が出る可能性だってある」
「まあ……そうだろうな。仕方ない、当初の予定通り俺達だけで戻るか」
俺がそう言ってもう一口お茶を飲もうとしたところで……レイニー婆さんはニヤッと笑った。
「一緒に戦ってはあげられないが、少し協力することくらいなら出来るよ?」
「え?」
「色々と、ね。取りあえず要らないモンは預かったげるよ、質入れって形でね。その金で色々準備しな」
カカカと笑うレイニー婆さん。何だか掴みどころの無い雰囲気を持つ人だ。
首を捻り、俺はリーナの顔を見る。
「……リーナが信用するって言うなら、俺は信じるしかないな」
ポリポリと頬をかき、俺は立ち上がる。
「リーナ、俺はちょっと街を見てくる」
「え? ひ、一人でですか?」
リーナがキョトンとした目でこちらを見てくるので、俺は肩をすくめて外を見た。
「情報収集は戦いの基本だろ……と、言いたいところだけどな。調べものがしたいんだよ」
今のところ、機兵の情報が無い。ムサシの攻略本の情報だけじゃ限定的過ぎる。どんなゲームだって自機の情報だけで戦う奴はいない。
「本屋くらいあるだろ。最低限、歴史くらい調べとこうと思ってな。敵機に繋がる情報を見つけられるかもしれない。ダメ元だけどな」
「でも、ユーヤが一人で行くのは危ないです」
「そういうことなら、クラウディア、ついて行ってあげな」
妙に心配するリーナに対して、レイニー婆さんがクラウディアに水を向ける。
「案内が必要だろう?」
確かにそれはそうだが……一人の方が気楽なんだよな。
「クラウディア、いいね?」
「……別に、構わないのよ」
ふうとため息をつくクラウディア。嫌がってるというよりも面倒くさそうな雰囲気だ。
「一応、近づいちゃいけない場所もあるのよ。そこにフラフラ入られても困るのよ」
ああ、そういうことね。
「それなら……まあ、大丈夫でしょう。ユーヤ、どれくらいで戻られますか?」
「本屋を覗くだけだ。三十分もすれば戻る」
「分かりました。クラウディアさん、ユーヤを頼みます」
クラウディアに凛とした雰囲気でそう告げるリーナ。クラウディアの方は自然体で頷いている。
「その間に準備は私が済ませておきますね」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
リーナとレイニー婆さんに声をかけ、俺はさくっと店を出る。取りあえず歴史なりなんなりが軽くわかればいい。
「こっちなのよ」
クラウディアの案内で近くの本屋へ。そんなに大きい店じゃないが、古すぎるっていう雰囲気も無い。
ここなら多少の情報は得られるか。
「いらっしゃいませ~」
店主のやる気の無い挨拶をスルーしつつ、歴史書などが並んでいる方へ。取りあえずその辺の歴史書を開く。
(……この国の歴史は建国からあるな。世界の歴史、成り立ち……流石にこれを全部さらうのは無理か。となると、歴史に目を通して……その後、機兵について書いてあるものを)
ざざざざ……と斜め読みで本に目を通す。時間も限られているし、細かい部分は後でリーナに聞けばいいだろう。
「……読むの速いのね」
「そうか? ……まあ、ヲタクやってたしな」
速読なんて技術は無いから、ただ速く読んでるだけだけど。
「読み物としてはイマイチだな。……にしてもドウェルグ王家が統治する前の記述は少ないな」
当然のことではあるが。
(そして機兵が出現したのはおおよそ五十年前……出現?)
作成でも誕生でも無く、出現。
「どういう意味だ? ……チッ、ここでは触りだけか。他の本を……あった」
そのものズバリ、『機兵の歴史』か。
「ねぇ、ユーヤ。あたし他のところ見てきていい?」
「ああ」
第一世代機兵は技術者が開発したものじゃなく、売り込まれたものである。
そしてその売り込んできた奴と共に開発されたのが廉価版であり量産型である第二世代機兵。俺がさっきムサシでぶった切ったやつか。
ムサシで言う「サムライモード」のようなものは第二世代機兵に搭載出来ておらず、まだどの国も開発に成功していない。
そして――
(同時期に、他国にも第一世代機兵が配られた……か。おいおいきな臭いってレベルじゃねえぞ)
そして一気に戦乱の世に突入。第一世代機兵が無い国は悉く滅ぼされて行った。ライネル王国は幸いムサシがあったことと、大きな山に囲まれていることで今のところ侵略戦争を仕掛けられては無いが……時間の問題ってところ、か。
「チッ、流石にメカニックのことは俺が読んでも分からないな」
動力は『獲菩流鉱石』。当て字感バリバリだな。この鉱石は割るとエネルギーが霧散してしまう扱いの難しい鉱石であり、また常に最大出力しか発揮できない。
「SFじゃなくてファンタジーだな、もはや」
俺に分かるのはここまで。残りは専門家でも無いと読み解けないだろう。
「これを見るに……第一世代機兵は数が限られており、再生産も出来ないって感じだな」
だからさっき壊すなって命令が出ていたのか。
「なるほどな……全貌は分からないが、考察の材料にはなったな。せっかくだし、めぼしい本を……って金がねえ」
そもそもその金を手に入れるために『一雲質屋』まで行ったんだった。俺はちょっとだけ寂しい気持ちになりながら、クラウディアを探す。
「あ、いたいた。悪いな、夢中になってて」
「あたしも欲しい本がちょうどあったし、別に構わないのよ。欲しい本があったら立て替えてあげようか?」
「いいのか?」
ありがたくその提案に乗らせてもらい、ついでに地図も買っておく。マップの把握は大切だ。
「ありがとうございましたー」
やはりやる気の無いお礼を背に受け、俺達は店を出る。これで少しは情報が手に入った。
「何を買ったんだ?」
「恋愛小説なのよ。前の巻で主人公が王子様から接吻されたところで終わったから続きが気になっていたのよ」
接吻、キスか。
「婚約首飾りと同時に接吻……ふふふ、女の子なら一度は憧れる状況……でも幼馴染から十年前に貰った花で作られた婚約首飾り……どっちを取るのか……毎回引きが上手いのよね……」
ブツブツと言いながら小説の表紙を眺めるクラウディア。何というかこの子もヲタクなんだな。
若干イっちゃった目をしているクラウディアを放っていると、彼女は本を袋に仕舞ってからくるっと俺の方を振り向いた。
「それにしても、大変そうね」
「……むしろ、この国の政権がどうなるかっていう時期なのに誰も慌ててないことの方が驚きだよ」
いくら主戦場である首都から離れているとはいえ、どうしてクーデターが起きているのに誰も騒いでいないのか。
こういうのはプロパガンダに走る奴とか、取り敢えず不安で喚く奴とかが出るのが一般的だと思うんだが。
「ジタバタしてもあたしたち庶民じゃどうしようもないのよ」
「そりゃそうだが」
「城から遠いし、新しい連中が気に食わなければまた革命すればいいし。――そのために、あたしやアンジェリーナ王女は『天ノ気式戦場活殺術』を学んでいるんだし」
リーナたちが修めている武術はそんな名前なのか。
「強い奴がてっぺんを取る。単純でいいな」
「弱ければ国を守れないのよ。――この戦いだってきっと、国を守れないのであれば私たちが弱い証拠。まだ負けていない以上は、慌てる必要は無いのよ」
……なるほど。
俺には少し分からないが、彼女らの価値観であればこの戦いは『王族がこの国を守るだけの力がある』かどうかの試練のように考えているということだろうか。
「国を守るって大変だな」
「……貴方も守るんじゃないの?」
「俺はリーナを守るだけだ」
小難しいことは分からない。
ただまあ、困ってる女の子を見捨てるのは違うだろう。
そう思うだけだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「お帰りなさい、ユーヤ。何もありませんでしたか?」
店に戻って彼女らの居住スペース、そのリビングの席に着くなりリーナからそんなことを言われた。
「え? そりゃもちろん、何も無いが……」
若干困惑しつつそう答えると、リーナはホッとしたように笑みを浮かべた。
「万が一、敵が潜んでいるとも限りませんので。クラウディアさんを信頼していないわけではありませんが」
「ま、そういう話は後ですればいいさ。……ユーヤって言ったかい。あんた、拳銃の心得は?」
唐突だな。
と、思いつつも俺はこくんと頷く。
「少しだけ。撃ち方を知ってるくらいだが」
「それなら安心さね」
そう言ったレイニー婆さんがごとりとテーブルに何かを置く。黒光りする金属物――
「銃?」
「ああ。護身用に持っておくといい」
レイニー婆さんが置いたのは二丁の拳銃。大きい銃と小さい銃――なんだか昔話みたいだな。
「大きい方はPIS50。小さいほうはΣP202。あんたの体格なら大きい方も撃てるかもしれないが、基本はΣを使うといい」
俺はΣを手に持ってみる。どちらもリボルバーだ。Σは五発、PISは六発装弾出来るみたいだな。オートマチックは無いのだろうか。
Σを構えてみると……うん、これなら撃てそうだ。
「こんなもの、護身用になるの?」
クラウディアが首を捻る。
「銃なんだ、これ以上の武器は無いだろ」
そもそも俺が白兵戦をしている時点で敗北みたいなもんだが、それでも俺の持つ特殊警棒やナイフよりは戦いになるだろう。
「だってそれ五発しか入らないのよ? 当たらないし。そんなの使う人いないと思うのよ」
当たらないって、それは腕の問題だろう。
「まあ確かに、あまり人気のある武器じゃないことは確かだ。とはいえ武術の心得が無いなら楽に使えるだろうさ」
銃が人気じゃないのか。
「それなら機関銃でも持つか」
「そんなもん持ち歩く奴はいないのよ」
せやろな。
俺はため息をついてΣを持つ。ホルスターも欲しいな。
「ああ、拳銃嚢も必要だね。ちょっと待ってな、取ってくるから裏の空き地で練習してくると良い」
銃を撃ってもいい空き地があるのか。
という言葉がのどまで出かかったが、この国の法律には疎いし何も言わない方がいいだろう。
「準備するから少し待っていてほしいのよ」
クラウディアがそう言って引っ込んでいくので、俺は質屋の中を軽く見て回る。衣類や日用品、あとはアクセサリーなんかもあるんだな。
質屋って言うだけのことはある。
(お、綺麗なネックレスだな。……リーナに似合いそうだ)
言わないけれど。
そんなことを思いながら軽く見ていると、クラウディアがいつの間にか背後に立っていた。
「何か贈ってあげたら?」
「……なんでだ?」
俺が問うと、クラウディアはふいっとリーナの方に視線をやる。
「女の子は着飾るのが好きなのよ。……身を隠さないといけないせいで、着飾れなくなっちゃっても、少しくらいお洒落したいと思うのが女の子なのよ」
なるほど。
確かにメンタルケアは大切だ。俺だってダサい服を着るよりはカッコいい服を着た方がテンションも上がる。
「ま、あまり高い物は無いけど。さ、準備は出来たからあとで選んであげるといいのよ」
フッと笑ったクラウディアに案内されて、空地へ。雑草が生えて、よく分からない台が置いてある。……典型的な放置された空き地って感じだ。
「……その、お手入れしましょうか?」
「あー……そうだな、俺も手伝おうか」
「別に必要無いのよ。それよりもアンジェリーナ王女は後でご飯作るの手伝って欲しいのよ」
台の上には既に瓶が何本か置いてある。アレを的にしろってことだろう。下には空き瓶が入った段ボール箱もあり――的には困らなそうだ。
「いいのか、本当に撃って」
「向こうの家は空き地だし、PISならともかくΣの方ならその壁を貫けないのよ。撃った弾の代金は後で請求するのよ」
なるほど。後は跳弾にだけ気を付ければいいか。っていうかその辺はしっかりしてるんだな。
「そういえばリーナ。結局あのドレスはいくらになったんだ?」
金の話になったのでそう問うてみると、リーナはにこりと笑った。
「八百万バイカでした。色々と準備しましたがだいぶ余りましたので、弾丸に関しては気にしないでいただいて大丈夫ですよ」
「は、八百万!?」
と、とんでもないのを着てたもんだな。いやー、さすがは王族ってところか? とはいえ、そのおかげでこうしていろいろ揃えられるんだから文句は言わないが。
「ってことは服も用意出来たんだろ? 何で俺の服を着たままなんだ?」
リーナはまだ俺の服のままだ。あれだけ変じゃ無いか気にしてたんだから、すぐ着替えそうなものだが。
そう思っての問いだったのだが、リーナは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「リーナ?」
「……ユーヤ、早く試射をどうぞ。その腕前によってこれからの動きを決める必要がありますので」
「お、おう?」
なんだかよく分からんが、取り敢えず話す気は無いようだ。俺はΣを片手で構え、瓶に向けて銃口を向ける。
「すぅ……」
息を吸い込み、少しだけ気合を入れてから引き金を引く。パァン! と乾いた音が響き、瓶の上半分が吹き飛んだ。
「んー……」
二度、三度引き金を引く。パン! パン! と気味のいい音が鳴り、二つ目、三つ目の瓶が弾け飛んで行く。
「す、凄い……」
「今ひとつ、だな。とはいえ、微調整出来る範囲か」
更に引き金を引く。途中から両手持ちに。冷静に考えたら片手撃ちってカッコつけ以外の何物でも無いよな。
「ん、問題無し」
瓶を全部撃ったところで、後ろからクラウディアが声をかけてくる。
「どこかで射撃は学んでたのよ?」
クラウディアの問いに、俺は新しく瓶を置きながら答える。
「一回、射撃練習場に行ったことがあるんだ。腕前は素人のそれだよ」
後はサバゲ―を少しやったことがある程度かな。
少しだけ、射撃練習場へ行った時のこと――つまりまだ、俺たちの仲が良かったころのことを。
あの頃のように……なんて思ってたこともあったっけな。
「それにしてもリボルバーはリロードに時間がかかるな」
一つ一つ弾を込めながら俺は少しだけ笑う。再び構えなおし、瓶を撃った。
「この距離でも当たるものなのね……これなら確かに武器になるかも」
瓶までは十五メートルほど離れている。むしろこの距離で当たらなければどうしようもないだろう。
さらにワンマガジン撃ち尽くし、ふぅと一息ついた。
「一応、こっちも撃っとくかな」
PIS50を構え、両手で持つ。スタンスは肩幅より少し広いくらい、体が吹っ飛ばないように。
ドゴン!
「うおっ」
反動がヤバイ……こりゃ生半じゃ制御できないな。肩が外れるかと思った。一応命中しちゃいるが……本当に一応だな。
「こっちはやべーな」
「いや何で当たってるのよ。普通、撃つだけで精いっぱいなのよ」
それもそうか。
「リーナも撃ってみるか?」
「へ?」
何とはなしに問うてみると、彼女は少しあわあわと手を振る。
「ゆ、ユーヤ。私こんなの撃ったことないです……」
そりゃ銃の手ほどきを受けるお姫様なんてそういないだろう。
「剣ならあのくらいの距離の敵も倒す自信があるんですが……」
さらっととんでもないことを言うリーナ。十五メートルは離れてるんだぞ? 斬撃でも飛ばすのか?
「ま、まあいいや。やるか?」
「じゃ、じゃあ一回だけ……」
興味はあったのか、おずおずと銃を握るリーナ。暴発しないように気を付けながら、彼女が構えられるように手を添える。
「まず腕はこうだろ? そんで足はそのくらい開いて……ああ、もう。手はこうだよ」
埒があかないので、俺は後ろからリーナの手をそっと包み込む。
「ほら、それでよく狙って」
「は、はい」
「よし、撃て」
パァン!
チュン、と瓶に弾丸が掠めて倒れた。一応、当たったっちゃ当たったかな。初めてにしては上出来だ。
「あ、当たりました!」
「ナイスナイス」
「よく当たるものなのよ……」
クラウディアがちょっと感心した顔をしているので、今度は彼女にも問うてみる。
「お前もやるか?」
「ちょっと楽しそうだけど、止めておくのよ。それよりもいいの? もう少し撃っておかなくて」
「それもそうだな」
俺は再びΣを構え、瓶に向けて撃つ。パン! パン! とリズミカルに撃ちながら……リーナたちに問いかける。
「一般人は銃を持てるのか?」
「いえ。基本的に、軍属以外の方は武器の所有も所持も禁止です」
「……いいのか?」
「超法規的措置です」
さらっと不正するリーナ。逞しい姫様だよ本当に。
この国の最高権力者が黙認してることを、誰かがどうこう言えるわけが無いよな。
「それにそもそも、拳銃を使う方は珍しいと思います」
「さっきクラウディアが言ってたみたいに当たらないからか?」
二マガジン目を撃ち尽くし、次のマガジンに切り替える。
「それもありますが、外で戦う分には機兵があるので、そもそも歩兵がそんなに必要無いですし……室内や民間戦の場合は短剣や槍などが主ですね」
そうなのか。……個人対個人で戦う分には拳銃は強いと思うんだがなぁ。
「軍人なら拳銃も持っているでしょうが、好んで使う人はいないでしょうね」
「価値観の違いって奴か」
俺は苦笑し、最後の一発を撃ってからくるくると銃を回す。
「ふぅ、もう少し練習したいところだが……あんまりやって弾丸が無くなっても困るしな」
一流のヒットマンは百発撃って一発も不発弾が無かった場合のみ、その弾丸を使うそうだが……俺はそんなことをやってる暇も金も無いしな。
「じゃ、後はどうするか……」
試射を終え、片づけを一緒にやりながらそう呟くと……いつの間にかレイニー婆さんが現れた。
「今晩、泊まっていきな」
「いいのか?」
「ああ。とはいえ、宿代は払ってもらうがね」
「それは構わない。いや、むしろ充分すぎるくらいだ。ありがとう、助かる」
「いいってことよ」
「あ、ありがとうございます!」
リーナがペコリと頭を下げる。こいつ、王族のくせに腰が低いんだよな。
「さっきも言ったけど、アンジェリーナ王女にはご飯作るの手伝ってもらうのよ」
「分かりました」
王女に手伝わせるって凄いな。っていうか今更だが、あいつは何で微塵も王女に対して委縮してないんだ。
「あの子は小さい頃に会ってるからね。あたしらもあの子の父親――つまり国王と仲が良いんだ。そのせいであまり王族って意識が無いんだろう」
レイニー婆さんはカラカラと笑いながら席に着いた。そして俺を手招きするので、俺もその向かい側に座る。
「ほれ、拳銃嚢だ。肩から下げる奴と背中に仕舞うやつだよ」
「ありがとう」
肩から下げる――ショルダーホルスターをつけてそちらにΣを仕舞う。たぶんこっちの方が抜きやすい。
「PISは返すよ」
「いや、持っておいた方がいい。もしもの時に……この弾を使える」
レイニー婆さんはそう言って三発の弾を俺の前に置く。
「これは?」
「炸裂弾さ。機兵にも効果がある」
「――ッ!」
機兵に効果のある、炸裂弾……? 何で出来てるんだそれ。そしてそれが何故普通の拳銃で撃てるんだ。
レイニー婆さんが嘘を言っているとも思えないので、本当に機兵に効果のある弾丸なのだろうが……にわかには信じがたい。
俺はゴクリと生唾を飲み、その弾丸をポケットにしまった。
「切り札として持っておきな」
「……恩に着る」
俺はPISを背中――バックサイドホルスターに仕舞う。
「なかなか似合うじゃないか」
「ありがとよ」
レイニー婆さんにそう言って、俺はついでに時計も貰う。……まあ、貰うって言うか買ってるんだけどな。リーナのドレスを売ったお金で。
「にしてもリーナ、飯作れるんだな」
「そりゃそうさ。……あの子は第二王女だからね。花嫁修業は一通り済んでるよ」
言われて、ああと思う。
「……王族ってのは難儀だな」
ため息をついてそう言うと、レイニー婆さんはジッと俺の目を見てきた。
何か言いたいことがあるのか……と思って見返すが、レイニー婆さんは何も言わない。
「……なんだよ」
不気味というか、気まずいのでそう言うと、レイニー婆さんはふむと目を細めた。
「あんた、この国の人間じゃ無いんだろう? ……ちょっと見て欲しい物があるんだ」
「ん?」
レイニー婆さんが奥から取り出してきたのは、A4サイズくらいの木箱。それをパカッと開けると、中には……名状しがたい機械が入っていた。
「これは?」
「機兵の歴史、見て来たんだろう? アレに書いてあった通り、機兵には謎が多い。それ以上に謎が多いのはその機兵を持ってきた連中だ。あいつらは本当に何なのか分からない」
そう言いながらレイニー婆さんは俺の方へ木箱を押しだしてくる。
「これはそいつらが一緒に持ってきた物だ。あんた、何か分かるかい?」
何か分かるか、と言われても……。
そう思いつつ、俺はネックレスと機械を触る。確かに言われてみればこっちの世界の物じゃ無さそうだな。
一つはスマホみたいな、画面のついたパッドのような物。もう一つは丸くて小さい何か。装飾が綺麗だからパッと見は宝石みたいだな。
いくらか触っているうちに二つともTYPE-Cの充電の穴があることに気づく。充電してみれば何か分かるかもしれない。
手回し式の充電器と、ソーラー充電器なら持っている。そのどちらもPCの充電に充てるつもりだったけど、少しくらいなら大丈夫だろう。
「やっぱり分からないかい」
レイニー婆さんが嘆息する。
「これが何か知りたいのか?」
「そういう訳じゃ無いけどね。これは機兵を持ってきた連中が持っていた物でさ。何に使うのか分からないから気になってただけさ」
そう言いながらお茶をすするレイニー婆さん。
「……いや、何か分かりそうなんだ。持って行っていいか?」
「あん? そうかい。じゃあまあ、何か分かったら教えてくれるかい」
俺は頷き、懐に仕舞う。どちらもそんなに大きくないから助かった。
「出来たのよー」
クラウディアとリーナがご飯をお盆に乗せてやって来る。
……そういえば、人の手作り料理なんて久しぶりだな。そんなことを思いながら、俺はリーナたちの料理に舌鼓を打つのであった。
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