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2章 Runaway

3話

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 ムサシを走らせて数時間。俺とリーナはのどかな町にたどり着いた。森の中はいくらムサシでも走りづらかったが、それでも日が暮れる前にたどり着けて助かった。
「ムサシで街の中に入るのか?」
「いいえ。ムサシには機体を透明化させる機能が搭載されていますから、どこかで停機させましょう」
 マジか。
 一応ムサシの説明書を見ると……細かい理屈は分からないが、動かずにいれば触るまで気づけないほどの不可視性を発揮出来るらしい。
 カメレオンのように周囲の風景を映し出す形で不可視化しているため、動きながら透明化することは出来ないようだが、それでも十分だな。
「暗くなればもはや人間の目では見つけられませんから」
 少しドヤ顔のリーナ。美人はドヤ顔も様になるな。
「大層な兵器だ。……しかし、俺達の武器はそのムサシだけか。結構切羽詰まってるな。生身での戦闘手段も欲しいし、食料や着替えとかも欲しい。出来ることならシャワー浴びたい……」
 ムサシの中で取りあえず俺はぐだーっと背もたれに寄りかかる。バイクの運転ほどではないとはいえ、やはり長時間同じ体勢で乗り物を動かすと結構疲れるものだ。
(腹が鳴りそう)
 昼飯食ってないしな――なんて思っていると、くぅと可愛らしい音が聞こえてきた。俺の腹からそんな音が鳴るわけも無いし――と思って振り向くと、リーナが顔を赤くして俯いている。
「今の、リーナか」
「……違います」
 いや違うこと無いだろ。何故否定する。
「別に恥ずかしいことでも無いし――」
「王女のお腹は鳴りません」
「お前は昭和のアイドルか何かか。ほら」
 俺はカバンからカロリーメイトを取り出し、半分をリーナに渡す。
「……? これはなんですか?」
「カロリーメイト。……なんて言ったらいいかな、栄養食か? 腹持ちのいい食べ物だよ。取りあえず腹ごしらえしようぜ」
「はぁ……」
 ぱくり、とリーナは俺に渡されたカロリーメイトをほおばる。
 俺も口に含む。う~ん、パサパサする。不味いわけじゃないが、水分がほしくなる。
「……個性的な味ですね」
「工場で大量生産されてるもんに個性もへったくれもねーと思うが」
 とりあえず個性的って言っておけば誤魔化せると思ったら大間違いだ。
 こんなもん、食ったことないんだろう。王様の娘ってことは、幼い頃からいいもんしか食べさせられてないだろうからな。貧乏人の僻みかもしれんが。
「……どうしたんですか?」
 俺が自嘲気味に笑ったのを感じたのか、リーナが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「なんでもねーよ。取りあえず色々と揃えにゃならんな……リーナ、お前いくら持ってる?」
 俺の財布の中にある数万円――は、間違いなく今紙屑だ。別の世界に来ておいて、言語が通じるところまでは良い。しかし通貨が一緒、なんてことはあり得ないだろう。
 王女なら大金を持ち歩いていてもおかしくないからな。金貨がじゃらじゃら出てきても驚かないぞ!
「一バイカも持ってません」
「……なんとなくわかってたよちくしょう」
 すまし顔で言うリーナに対し、俺はガックリと項垂れる。金すら無いとなると、何も揃えられないぞ。
「……バイカってのが、この国の通貨か?」
「はい。ユーヤのところは違いましたか?」
 そりゃ国が違えば通貨も違う。世界が違えばなおさらだ。
「物の相場とかはリーナに任せるか。俺じゃ分からんし。……それよりも、だ」
 俺はリーナの格好をジッと眺める。ピンク色のドレス――そう、ドレスだ。派手な装飾は付いていないが、それでも十分目立つだろう。
「敵の手先がいないとも限らないし……出来れば目立ちたく無い。着替えはあるか?」
「ありません」
 きっぱりと答えるリーナ。堂々としているのは良いことだが、こういうシチュエーションではもう少し申し訳なさそうにするものじゃなかろうか。
「その……そんな暇は無かったので……着の身着のままで飛び出してきました」
「そう、か……」
 俺はガックリ肩を落として、こめかみを押さえる。まあ緊急脱出したなら仕方ないか。
「持っていませんか? 女性服を」
 何を言っているんだこのお姫様は。
「おい、俺の性別が女に見えるのか? お前は」
「……化粧をすれば、あるいは」
「いや、女子に見せたいわけじゃない」
「まあ女性じゃないと女性服を持ってないとも限りませんし……」
「限るだろ。というか女性服を持ち歩いている男と出くわしたら普通どう思う?」
「通報します」
「分かってるなら聞くなよ!?」
「で、でも! この世には自分の常識では測れないような人はいますから……!」
「だとしても、だよ! っていうか、今回に限っては常識で測れる人間であって欲しい場面だろ!」
「差別はいけませんよ?」
「誰がどう見ても差別じゃねえ! しいて言うなら区別だ!」
 俺はつい、声を荒げる。こいつは天然なのか? それともワザとなのか……
(あれ?)
……そういえば、人相手に声を荒げたのって、何年ぶりだろう。中学の時にはもう人と関わろうとしてなかったし。
 修哉のことで対人関係に疲れていた俺は、家族以外の人間に怒ったり嘆いたり呆れたり、そういった感情がほとんど無かった気がする。
(……なんでかな、何となくこいつといると……安心する)
 なんて思考の海に攫われそうになったところで慌てて頭を振り、脳内をリセットする。そんなことを考えている場合じゃない。
「しゃあない、俺の着替えがある。ブカブカかもしれんが、無いよりはマシだろう」
 泊りの用意をしておいてよかった。俺はカバンから着替えを取り出し、リーナに突き出す。
「あ、ありがとうございます……」
「それでも洗い替えは欲しいしな……はぁ、金も無い、食い物も無い、着替えもそれしか無い、おまけに常識も無い」
「ユーヤよりはあります」
「それでどうやって補給するんだ……どれだけ兵器が強くても中に入ってる人間が先に参るぞコレは」
 俺がそう言って頭を掻くと、リーナはふっふっふと不敵に笑いだした。
「……何だよ、リーナ」
「ユーヤ、この国の王女たる私が……何の策も無く逃げていたとでもお思いですか?」
「うん」
 頷くと、リーナが頬を膨らませて俺をぽかぽかと叩く。痛いって。
「今日会ったばかりなのに私の何が分かると言うのです!」
「いや、割と抜けてそうだなって」
 若干ポンコツな感じが漂ってくる。リーナは更に怒ったのか、両手でぽかぽかと叩いてきた。だから痛いって。
「何だよ、味方でもいるのか? この町に」
「味方……とは言い切れませんが。結構淡泊な方なので。とはいえ最低限、ご飯くらいは食べさせてくれると思います」
 そう言って少し声を潜めるリーナ。ムサシの中には俺達二人しかいないのだから、声を潜める必要は無いと思うが。
「……実は、私に武術を手解きしてくださった方の奥様が運営している、お店があるのです」
「おお」
 というかリーナは武術をやっていたのか。それは少し頼もしいな。
「そこは確か質屋のようなこともしていたはずです。あわよくば……協力を得られるかもしれません」
「質屋か……なるほど。それなら協力は得られなくても、最低限資金はどうにかなりそうだな」
 と、言ったところで……そもそも換金する物すら無いことに気づく。しまったな、善意で全部やってくれるだろうか。
「何か持ってるか?」
「王女の脱ぎたて衣類、何てどうでしょうか。高値が付きそうです」
「付きそうだけどその言い方で発生する需要は恐らく変態向けだ。っていうか普通にお前が着てる服はダメなのか?」
 俺が問うと、コクリと頷くリーナ。
「そうですね。あまり高い物ではありませんが、特注品です。二、三日の路銀にはなるでしょう」
 王族の特注品のドレス……何かとんでもない値段が付きそうだな。彼女のシルクっぽいドレスに少し触れてみる。
「これ一着で車が買えそうだな」
「……くるま?」
 車を知らないのか、首を捻るリーナ。何でこんな巨大ロボットがあって車を知らないんだよ。
「なんでもねえよ。それよりいいのか? そんなにあっさり質に入れても。なんていうか、王女様ってもっと我がままなものだと思ってたんだが」
 自分で提案しておいてなんが、自分の衣服を売ることに一切抵抗が無い王女様ってのもなかなかシュールだな。逞しいというかなんというか。
「父からよく山に放り出されたりしていましたので、それなりに生存の術は学んでいます」
 どんな王族だ。
「それに……国難に立ち向かわねばならない時に我がままを言うほど、誇りや責任を持ち合わせてないわけではないので」
 ……それもそうか。
 凛とした雰囲気で言うリーナから覚悟や責任感というものが確かに伝わってくる。
「……分かった。さっさとそこに行って換金して身支度を整えよう」
「ただ、絶対に協力を得られるわけでは無いので……」
「ああ。取りあえず金の調達を第一目標にするよ」
 少し光明が見えてきたことにホッとする。
「もし前向きに協力を得られなかったとしても、交渉は任せてくれ。口が達者な自信は無いが、相手の嘘を見破るのは得意だ。じゃあ、俺は先に降りてるから着替えたら降りてきてくれ」
 俺がそう言って中腰になって外に出ようとすると――ギュッと彼女に服の袖を掴まれた。
「あ、あの……ユーヤ。少しお願いがあるんですが」
「どうした?」
 俺が問うと、リーナはモジモジと恥ずかしそうに俯く。トイレにでも行きたくなったんだろうか……と思っていると、そのまま俺に背中を向けた。
「あの……こ、この礼服は一人では脱げなくなっていまして……そ、その……」
 モジモジとするリーナ。あ、ああ……つまり後ろのチャックを降ろして欲しいっていう花しか。
 そんなことやったことない……が、まあ降ろすだけならどうにでもなるだろう。俺は若干震えているリーナの背に手をやる。
「じゃ、じゃあ降ろすぞ」
「は、はい……」
 何かの本で、偉い人は他の人に世話を焼いてもらうのが当たり前で、下々の者に裸を見られても何も思わないと書いてあった覚えがある。
 だから何も恥ずかしくない、そうだろう、うん。
 妙に緊張してきて、じっとりと手汗が浮かぶ。ドクンドクンとうるさいくらいに心臓が跳ねる。大丈夫、ただジッパーを降ろすだけ、ジッパーを降ろすだけ……
「その……じ、実は……父上以外の男性に肌を晒すのは初めてで……」
 爆弾落とすの止めてもらえないだろうか。
「や、優しくしてください……」
 半身で振り返り、頬を朱に染めやや涙目でそんなことを言うリーナ。俺はそんな彼女の姿に何か言い知れぬ背徳感を覚え――それを振り切るように、彼女の顔を掴んで真正面に無理矢理戻させた。
「へにょっ!」
「な、なんでそんなわざわざ如何わしい言い方をするんだ! スティッキィィィィ・フィ〇ガーズ!」
 そして俺は怒りに任せ、彼女のドレスのチャックに手をかける。そして勢いそのまま、ジッとジッパーを降ろした。
「よし! おしま――」
 ――い、と言いかけたところで自分の腕が予想以上に下がっていることに気づく。普通、背中の半分辺りで止まっているはずが――何故か、彼女の腰の付近まで降りてしまった。
 マズい――そう俺が思う間も無く、彼女の白磁のように美しい肌が……少しずつ紅く、熱を持ったように染まっていく。
「あ、そのだな。リーナ、これは不可抗力という奴でな。決してわざとこうしたわけじゃ無いんだ」
 咄嗟にそう口を開くと、リーナはドレスの前を抑えたままゆっくりと半身を振り返る。今度はもう耳まで赤くして、口をぎゅむっと噤んで。
「いやその、分かる。確かに俺はマズいことをしたのだろう。でもそれはわざとじゃないんだ。と、取り敢えず土下座で勘弁してもらえないだろうかごめんなさい!」
 その視線の圧に耐えられなくなってガバッと頭を下げると、リーナは俺から離れて(と言ってもコックピットが狭いせいで数センチ動いただけだが)、ゆっくりと口を開いた。
「ユーヤ。……その、後で責任を取ってもらいます」
 死して償えと。
 俺がダラダラと全身から汗を噴き出していると、リーナは俺に回れ右を命じた。
「すぐに降りますから、待っていてください」
 取りあえず今、俺が殺されることは無いらしい。
 そのことにホッとしながら、俺は彼女の背中を脳裏に焼き付けるために、目を瞑りながらムサシから降りるのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「本当にこの格好、変じゃないですか?」
「お前は極上の美人なんだ。何着ても変じゃないさ」
「はへ?」
 軽口を叩いてから、俺とリーナは堂々と街の中を歩いていた。リーナは俺の服を着ている――つまり男物のジーパンとシャツ、ジャケットという格好。俺が着るとやぼったいヲタクが出来上がるだけだが、リーナが着ると一流モデルだ。
「美人は得だな。……さて、どっちだ?」
 背後のリーナに問う。まだ日は高いが、ぼやぼやしていればすぐに日が暮れてしまうだろう。
「あ、そうだ。ユーヤ、髪を隠せるものはありませんか?」
「え? 一応帽子はあるが……何に使うんだ」
 リーナはすっぽりと髪を入れて帽子をかぶる。キャップだからいきなりスポーティーな雰囲気になるな。
「この国では王族のみ銀髪なのです。……だから私の髪色を見る人が見ればすぐに分かってしまうので」
「ああ、なるほどな。……そもそも信じられないくらい美人なんだ。顔も隠せて一石二鳥だな」
 そう言って周囲に目を走らせると――何故かリーナが顔を赤くしていた。
「どうした?」
「い、いえ。……おかしいですね、何というか社交辞令のようなものを感じません」
 どうにも困惑している様子のリーナ。まあいいか。
 その後も少し歩いて、ジグザグと裏路地を進む。リーナの歩みに迷いはないが、同時に人目をしっかり避けていることも分かる。
 王女様だし、そういうリスクケアはお手の物か。
「ユーヤ、この路地を右に――とと」
 少しブカブカな俺のシャツを釘のようなもので引っかけて、体勢を崩すリーナ。
「おいおい、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。……ふふっ」
 ちょっと笑みを浮かべるリーナ。
「どうした?」
「いえ、少し……安心しまして」
「は?」
 今、何か安心できるような要素があっただろうか。
 そう思って首をかしげると、リーナはうっすらと……儚げな笑みを浮かべた。
「私が何か失敗した時に……心配してくれる人がいて」
「!」
 リーナの言葉で、俺の背筋にゾッとしたものが走る。
「……絶対に無理、と。そう思っていたので……。父が逃げ、姉の行方も分からず、残った王族である私も……結局、ムサシに乗って逃亡。まだ城都で戦っている味方がいるはずなのに……辛くて、寂しくて」
 ぎゅっ、と。自身の身体を抱くように腕を回すリーナ。そして俺の着せてあげたジャケットを愛おしそうに撫でた。
「リーナ……」
 改めて彼女の表情を見ると……酷く、やつれていた。あまりの美貌で気づいていなかったが、目の下のクマが凄いことになっている。
「誰も、返事をしてくれる人がいなかったのに……ふふっ、心配してくださる人がいるなんて。そう思うとつい……笑みが零れてしまうんです」
 機兵の戦いがどういうものなのかは分からないが、この様子だと……休めていないのは一日二日どころじゃないのだろう。
 そんな状況でよく俺を助けようと思ってものだが……いや、逆に言えばそんな状況だからこそ俺を助けたかったのかもしれない。
 逃げるしか出来ない無力な俺を助けることで、自己を肯定して……自分は無力ではないと言い聞かせて、戦う気持ちを奮い立たせるために。
(っていうのは、考えすぎかもな)
 結果的に俺を助けたから今、彼女はここにいるわけだし。
「だから……その、ユーヤが、いてくれるなって。味方が、いてくれるなって思うと」
「……守ってやるから」
「え?」
 儚げに笑うリーナに……何となく、居ても立っても居られなくなって俺は声をかける。これが良いことなのか悪いことなのかは分からずに。
「ちゃんと守ってやる。だから今は取りあえず安心しろ」
 俺に何が出来るのかは知らないが、嘘でもそう声をかけてやった方がいいだろう。たぶん。
 少しキョトンとした顔になるリーナ。しかしすぐに嬉しそうに破顔する。
「ふふ、ありがとうございます」
 彼女の笑顔にドキッと心臓が跳ねる音がする。彼女どころか友達すらいない俺に、今のムーブはちょっと無理があったかもしれない。
 そんな考えを打ち切り、俺はもう一度彼女に問う。
「で、あとどれくらいなんだ? あまり長く歩いてると人の目に触れる確率が上がるぞ」
「では少し急ぎましょう」
 リーナはそう言うと、タッと駆け出した。俺も、周りに人が居ないことを確認して走り出す。別に誰かに見とがめられることも無いだろうが、用心は欠かさない。
 なんて思いながら、すいすい進む彼女についていくと……サッと角に身を隠しながら立ち止まった。敵だろうか。
「あ、いえ。着いたんですけど……人通りがあったので」
「ああ。着いたってことは、あれか?」
 リーナの視線の先には、『一雲質屋』と書かれた看板があった。質屋のようなこと、ってまんま質屋じゃないか。
「見た目は普通だが……店名だけなんか変だな。なんて読むんだ? いちくもか?」
「ひとうん、だそうです。意味は特に無いらしいですが」
 意味は無いのか。
「じゃあ人通りがいったん無くなったら行こうか」
 裏路地って程じゃないが、メインストリートからは外れた位置の道だ。すぐに人ははけるだろう。
 そう判断して待機していると、案の定一分もせずに人がいなくなった。
 俺とリーナは良しと頷き合い、その店の前まで。
「……いらっしゃるでしょうか」
「知らんが、人の気配はある。取りあえず入るぞ――」
 そう言って俺が引き戸に手をかけようとした瞬間だった。ガラッと扉が開いて中から緑色の前掛けをしたツインテールが現れたのだ。
「えっ」
「何をこそこそしてるのよ?」
 俺と同い年くらいの女の子だ。こいつが武術の師匠の奥さん……ってことは無いだろう。取りあえず店先でジッとしていると人目につくので、俺とリーナは店の中に入る。
「全く、アレで隠れられていると思ったら大間違いなのよ。ばあちゃん! やっぱりアンジェリーナ王女だった!」
 ツインテールがそう言って背後に叫ぶと、スーッ……と店の奥から一人の老婆が現れた。
優しげな眼をして、白髪を一つにくくっている。この人も同じような前掛けをつけているので店長的な立ち位置の人だろう。
 しかしその佇まいが尋常じゃない。何というかこう……オーラとでも呼べばいいのか。まるで蛇に睨まれたカエルのように、身がすくむ。
 恐らく、この人が――
「ふふ、久しぶりだね。リーナ」
「は、はい! ストレイニーさん!」
 ――何で武術の師匠の奥さんが、こんなに無茶苦茶な殺気を放ってるんだよ!
 俺はツッコミをグッと抑え、取り敢えず真っ直ぐ婆さんの方を見返す。
「そいつが護衛かい? まあいいさね。クラウディア、店じまいの看板を出してきな」
「あ、うん」
 クラウディアと呼ばれたツインテールがパタパタと店じまいの準備を始める。まだ何となく生きた心地がしないが、俺は取りあえずストレイニーさんとやらを見つめておく。
「ふん、護衛にしちゃあひょろいね。リーナ、そいつは信用なるのかい?」
 俺の値踏みをしているのか、この殺気は。
 チラッとリーナの方を見ると、彼女はにこっと笑ってから俺の肩を掴んだ。
「ええ。これ以上ないくらい」
 ジッとリーナを見るストレイニーさん。それに対してゆったりとした笑みを返すリーナ。数秒視線を交錯させた後……フッと殺気を解いてくれた。
「リーナがそう言うなら間違いないだろうね」
 ストレイニーさんはそう言って笑うと、改めて俺の方に笑みを向けてくれた。
「歓迎するよ。いらっしゃいませ、お客様」
 その一言でどっと疲れた俺は――へなへなと、床に尻もちをついてしまった。
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