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第三節 友だちのエチュード

#32 似ているようで似てない双子

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「おい、あそこの学校、聖苑せいえん学院だったぞ! 源次がいた」
「ええっ、源次って、今西源次?」
「そうそう、あの天才サッカー少年!」
「うそ、どこに」

翌朝。
ホテルの食堂とロビーでは、朝食時間の鉢合わせでごった返しになった学生たちが、一部の場所で一人を取り囲んでちょっとした騒ぎを立てていた。

「あれぇ? みんな、超久しぶり!」

屈託のない笑顔で手を振り、人だかりに囲まれながらも楽しそうに生徒たちと話しているのは、光の双子の弟――今西源次だ。
そういえば兄は公立の佐山中にいるのだから、弟も同じ校区で育ったはず。私立校を受験して、会う機会がなかったのだろう。佐山中の三年生たちは、次々とやってきては懐かしそうに話しかけている。
源次は誰が来ても終始楽しそうな笑顔で「久しぶりー!」と手を振り、ハイタッチしたり、肩を組んだり、ゲンコツを合わせて笑い合う。女子が来れば記念写真撮影にまで応じている。男女問わず人気者なんだなということをその人だかりで勝行は初めて知った。
あれこそ、顔だけではない本物のアイドルのような気がする。

「光の弟って人気なんだね」

食堂に向かう最中、それに遭遇した勝行は、隣を歩く光にちらと話しかけてみた。今までよりは幾分かまともに返事を返してくれるようになった光は、ちらっとだけ源次のいそうな人だかりを見て、「ああ……」とため息まじりに呟いた。

「あれは昔っからあんな感じ」

そっけなく一言返すと、光は人だかりに背を向け、大きな欠伸をしながら食堂へと向かう。慌ててその後ろを追うも、気になったのでもう少し会話を続けてみることに挑戦する。

「受験しなければ同じ学校だったんでしょう? ……どうして別の学校に通っているのか、訊いてもいい?」
「あいつのことは、あいつに訊けば」

相変わらずのそっけない返事のみが返ってくる。だが返事があるだけまだマシなのではないだろうか。
怒鳴ったり嫌そうな顔をしたりはしない。前までは、声をかけるたびに不審そうな顔をしてこちらを見つめていた光だが、昨夜の効果か、勝行と会話することに少し慣れてくれたようだ。

(……ま、一歩前進、したかな?)

いきなり仲良く普通の友だちごっこができるとは到底思わない。長期戦で彼に関わることを決めたわけだから、この進展はむしろ喜ぶべき傾向なのかもしれない。そう思うことにして、勝行は穏やかな笑顔を返しながら「そうだね、そうする」と答えた。

「彼に遊びにおいでって誘われたし。住所も分かったし、旅行が終わったら手土産でも持って今度お邪魔するよ」
「……どこに?」
「お前の家」
「はあ? くんな」

光はあからさまに嫌そうな顔をした。せっかく源次に負けない渾身の笑顔を振り撒いてみたのに、その反応は酷い。さっそく挫けそうになる。
ここはまず弟から陥落する方が案外簡単そうだ。今は嫌そうに言われても気にしないことにする。

(まずは足元固めってやつだな)

昨夜の談話で分かったことがある。
光は結構、ブラコンだ。

見た目は似ていても、中身はまるで正反対。明るくて元気で天真爛漫な少年、源次は全くもって裏表もない、素直そうな性格の持ち主だ。
昨日階段で鉢合わせた時は、突如気さくに話しかけてこられて勝行も驚いた。一度しか、それも一瞬しか出逢ってないのに、迷うことなく突撃してきたのだ。もちろん、勝行もすぐに彼が光の弟だと気づいたものの、たちの悪い人間にあっさり引っかかって騙されそうなぐらい、やたら人懐っこい。双子だと教えてもらうまで、同い年だとは思えなかった。
あんな弟がいたら、捻くれた性格の兄貴でも可愛くて……無下にできないのだろう。
それにもう一人の女の子、和泉リン。彼女かと思いきや、双子の幼なじみだという。お世話好きのお姉さんといった感じか。光に友だちができた、と聞いただけで涙を零すような女の子。あれは冗談にも演技にも見えなかった。

(友だちより家族とか……やっぱブラコンだな、あれ)

仲のいい兄弟。幼なじみ。勝行の家ではありえない話だ。
それが少し羨ましい気もするが、昨日はその仲間内に入れてもらえた感じがして嬉しかった。だからこそ、なぜ彼らは学校が違うのかが気になる……結局まだまだ、今西光の身辺は謎だらけだ。探偵にでもなった気分で、勝行はあらゆる思考を巡らせながら食堂に入り、バイキングの取り皿を手に取った。

「おい……」
「なに?」

珍しく光が話しかけてきた。全力でキラキラの笑顔を返すと、光はものすごく困り果てた顔でこちらを見ている。

「どうしたの」
「あ……朝ごはん代って……いくらするんだ?」
「え」

見れば光は、バイキングコーナーの入り口で完全に固まっていた。自由にとって食べてもいいということを知らないのだろうか。

「お金いらないよ」
「なっ……」
「あー、ホテルのバイキング、初めて? 昨日の夜、ここで食べなかったの?」
「昨日は……しんどくて……食ってない……」

勝行は驚いた。あれほど慣れない環境で動き回ったのに、夜から何も食べてないだなんて。
(そりゃ機嫌も悪くなるよな)

「そっか。佐山中の看板、立ってるだろ? この時間中は、ここにあるもの全部好きに食べていいんだよ。食べられる分だけ、自分でこのお皿にのせて、席について食べる。お会計はしない」
「好きに食べる……? ほ……ほんとか……? そんな夢みたいな店、俺しらねえぞ……!」
「夢みたいなって」

なんて大げさな、と言いかけた勝行は、怖がりつつも並べられた惣菜を眺めている光を見て思わず言葉を失った。

(……なにこれ可愛い)

バイキングを知らないどころか、安物の惣菜を前にして涎を垂らしながら目を輝かせている。どうやら体調もよくなったようだし、これは胃袋から懐柔できるチャンスだ。勝行は悪戯っぽく囁いた。

「ここのご飯、どれも全部、タダで食べ放題、だよ」
「タダで……食べ放題」
「制限時間、30分なんだけど、こんなにたくさん食べきれるかなあ?」
「……余裕だ、任せろ」

時間制限があると聞いた途端、光は周りを見渡し、勝行と同じ皿を取った。

「全部食ってやる……!」
「……本気か」

言うなり、超高速であらゆる惣菜を溢れんばかりに乗せていく光の目は真剣だ。
勝行のアドバイスを素直に聞き入れ、食べ物ゲットに必死な金髪ヤンキーが可笑しくて、思わず笑ってしまった。

(なんだ、弟にそっくりなとこもあったな。騙されやすい)

それから、すぐ食べられるように席を確保しに回る。窓際の二人掛けテーブルを見つけ、光を呼ぶと、勢い余って零れた肉を、立ったままかじり付いている行儀の悪い姿が見えた。

「あーあー。何やってんだ、容量考えて入れないと」

まだまだ波乱万丈、でも昨日よりは楽しめる予感がする、修学旅行二日目が始まった。

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