片翼天使の序奏曲 ~その手の向こうに、君の声

さくら怜音/黒桜

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第三節 友だちのエチュード

#31 友だち一号、爆誕 -光side-

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「探したよ二人とも!」

源次はソファに凭れかかっていた光の細い身体に勢いよく飛びついた。ソファと源次との間に挟まった光は、ぐえっと悶絶する。

「苦し、い、げんじ、やめ……っ」
「あははーごめんごめん、やっと会えたから、つい」
「朝、家で会っただろうが……」
「だって修学旅行先で会えるはずだって思ってたから、ずーっと探しててさ」

運動部の馬鹿力は半端ない。死ぬかと思った。当の本人はけろっとしたままへらへらと嬉しそうに笑っている。

「お前ちったあ反省しやが……ふがっ」
「光くん、声が大きいってば」
「んんっ、んんー!」

怒り心頭の光の口を、リンが手で塞いで蓋をする。これもまた勢いよすぎて、首ごとソファに押し付けられる。この怪力女め、と悪態をつきたくても口が塞がったままで話せない。両腕と身体は源次に抱きしめられたままで全く動かないし、二人がかりの攻撃に成す術もなく寝転がっていると、源次の背後にいたもう一人の人物がくつくつと肩を揺らして笑った。そこに居たのは――。

「体調心配してたんだけど大丈夫そうだね、よかった」

リンが光の口から手を離しながら「誰? もしかして例のお友だち?」と、ワクワクしたような笑顔で訊ねてくる。

「さっき、階段で偶然会ったんだ」
「そうじゃなくて、誰って聞いてんの!」

源次が得意げな顔で先に答えるも、全く回答にはなっていない。リンがすかさずツッコミを入れる。

「そういえば弟くんに名前教えてなかったね。相羽勝行だよ、よろしくね」
「あい……あいわ」
「下の名前で呼んでもらった方が個人的には嬉しい」
「……勝行くん? よろしくね、あたし、和泉リン」
「俺は、今西源次!」
「よろしくね、二人とも……別の学校の人みたいだけど」
「ガッコーは違っても、光の仲良しにはちがいねーだろ?」

だったら仲間だ、友だちだ!
源次は嬉しそうに断言すると、三人で肩を抱き合った。初見にも関わらず、彼らは和気あいあいとしていて楽しそうだ。そんな光景を呆然と眺めながら、光は思わず口に出した。

「かつゆき……」
「え?」

急に名前を呼ばれたからだろうか、彼は驚きながら光を振り返った。
その名前を口にしたのは初めてだったかもしれない。けっこういい響きだな、とどうでもいいことを思いながら、やっと自由になった身体を起こした光は、リンに向かって回答した。

「さっきの奴の名前、思い出した」
「おー、じゃあ勝行くんが光くんの『友だち一号』!」
「なにそれ?」

友だち一号?
思わずそこにいる男子全員が、きょとんと顔を見合わせた。

「ふふふ、よかったね光くん。友だちできたね」

リンはまるで自分事のように喜び、満面の笑顔を浮かべる。光は思わず反論した。

「ちがう、まだ友だちじゃない!」
「光くんが他人の名前覚えてるだけで十分友だちだと思うけど」
「でもこいつ、俺のこと無理やり此処に連れて来たんだぞ。旅行中もやたらとくっついてくるし、起こしにくるし」
「そうでもしないと光くんがまともに団体行動しないからでしょ?」

こんな簡易な情報でも光の状況を読みきっているリンの辛辣なひと言で、光は返す言葉を失った。
すごい、と言いながら勝行はなぜか拍手している。

「光くんのこと、いっつも気にかけてくれてるんじゃん。愛されてるう」
「まあ、同じ班だしね」
「ど、どうせ先公に言われて、しゃあなしに来てるだけだろ」
「うーん。友だちになりたくて色々アピールしてきたつもりだけどなあ。俺の求愛、通じてなかったとは、残念」

大げさなぐらいの困り果てた表情とおどけた仕草を見せる勝行に、リンと源次が食いついた。

「わざわざ家まで呼びにきてくれたもんなあ、勝行。俺、朝びっくりしたもん」
「こんな野良猫の気ままな行動につき合わされて大変なのに、その台詞はおいしいわ」
「和泉さんうまい事言うね。俺は結構楽しんでるよ、金髪の野良猫と追いかけっこするの」
「……っテメぇら」
「はあ最高……最高じゃないか! 勝行くん……ふつつか者ですが、マジ光くんのことよろしくお願いします」
「おいリン!」

言いたい放題な会話を聞いて焦る光の口を再び掌で塞ぐと、リンはもう片方の手でぶんぶんと腕を振り回した。

「やったね光くん! いい友だち通り越して、絶対嫁にもらってくれるよ、彼なら」
「んんっ⁉」
「友だちじゃなくて、嫁なんだ。まさかの」
「光くんは優良物件よ!」
「えーいいな。俺も勝行の友だちになりたい! 俺はリンちゃんの嫁になる予定だから、勝行の友だちがいい」
「ん? ややこしいな……嫁が光で、友だちが源次……?」
「んなわけあるか、バカ!」
「あーやだ、嬉しすぎて涙出てきちゃったー」
「アホか、なんで泣くっ。あと俺を勝手に身売りすんなっ」
「花嫁を送り出す親父みたいな気分?」
「あはは、リンちゃんたしかに俺らの親っぽい!」

勢い余ってソファに押し倒された状態で、どうすることもできないまま光は頭を抱えた。
目の前にいる三人はおかしなことばかり言う。けれどそれは意地悪でもなんでもなく、上手く笑えない光の代わりに、みんなが笑っているような――そんな気がした。
気づけばいつの間にか、辛い頭痛は収まっていた。
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