たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第十一章 崩壊

第十二話 何も言ってこないから

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「やめられるって、何か根拠でもあるんですか?」
「根拠はないです。ですけど、あなたは一人で心療内科に来た人です。勇気があります。私が信頼するのは根拠じゃないです。羽藤さんです」

 過食と拒食をやめることが出来る、魔法の杖のようなもの。
 一瞬にして病が治癒する方法を、羽藤がもとめているのがわかる。多くのクライアントは、時間をかけることに対して、強い疑念を抱きがちだが、回復の道程どうていは直線ではない。

 螺旋らせん階段を上るように、状態が良くなったり悪くなったりをくり返す。

 たとえ悪化した時も、スタート地点に戻ってしまった訳じゃない。一周してきただけの話だ。けれども一周回って上昇したとも言えるのだ。


 麻子が答えている間、羽藤が何の反応もしなくなる。
 魂を抜かれたようにぼんやりとして、伏し目がちになった羽藤は、徐々に瞳に光が戻る。
 そして彼は麻子を見るなり、弾けるような笑顔になる。

「先生! 私の名前、覚えてる?」

 片手を顔の近くでひらひらさせる美少女が、唐突に出現した。その朗らかな声の大きさに、麻子は一瞬面食らう。

「忘れる訳ないでしょう? 日菜子ちゃん」
「当たった! 先生。日菜子ね。ずっと話したかったの。今までは、あいつに出るなっていわれたら、出られなかったの。だけど出たいんだったら別に、みたいに言ってきて、びっくりしちゃった。あんなに意地悪だったのに」

 交代人格の日菜子は黒髪を耳にかけ、ショートヘアーの美少女になる。ピアスのホールも確認できたが、ピアスをしようとしなかった。
 そして、日菜子にとってのが誰をさすのか、言わずもがなで理解した。
 どういった心境の変化なのかはわからない。
 いぶかしかったが、今は日菜子に向き合う時間だ。

「あのね。日菜子ね。先生に伝えてあげたくなっちゃったの。先生が人差し指のタコのこと、知ってて黙ってるんだって、この人に言ったのは春人はるとなの」

 日菜子の話を聞き終えるなり、麻子はえっ? と、首を前に突き出した。この人、のところで日菜子は自分の胸をいていた。

「あんなこと、春人が自分で言い出すなんて信じられない。なんで急に春人が言ったの?」
「それは春人さんに聞かないと、私にも、わからない」
「だったら春人に替わろうか」
「替われるの?」
「うん。今日はあいつ、何にも言ってこないから」

 拍子抜けするほど、あっさりと応じられ、麻子の方が神妙になる。
 騒々しい日菜子が口を噤み、半眼になり、瞬きが減る。何かを深く思案してでもいるような、まったくの放心状態でいるような、少しの時間を要してから、ふっと瞳に生気が宿る。

 彼は、暗い場所から明るい場所に連れてこられたかのように目を細め、眉を寄せ、周囲に顔を巡らせる。朝になって目覚めたようにも見える顔。
 覚醒しきれていない顔。
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