たましいの救済を求めて

手塚エマ

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第十一章 崩壊

第十三話 春人の反乱

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「春人君ですか?」

 今日は呼ばれる予定じゃなかったのかもしれないと、思わせるような無防備さ。
 まだ春人は状況を、把握できていないらしい。
 今回春人を読んだのは、柚季じゃなくて日菜子だったこともあり、事前に今日の面談は、春人は出る幕じゃないと言われていたのだろう。

「春人君ですか?」

 麻子は声を柔らかくして、声を掛けた。やがて春人はゆっくり麻子の顔を見る。それからしばらく経ってから、はっとしたように肩をビクリと波打たせた。

「年末に一度、会ってましたよね?」

 人馴れしない印象の春人を おびやかしたりしないよう、数年ぶりに親戚の子供に会った ていで、話を続ける。

「そのことは、覚えていますか?」
「……あの。はい」

 年末最後の面談だ。
 大したことは聞かれないはず。
 話は全部来年に持ち越しだから、お前、適当に座ってろなどと柚季に言われ、やむなく姿を見せた彼。
 今回も、日菜子に呼ばれて引きずりだされたのだろうか。

「私は春人君の話を聞かせてもらえたら嬉しいと、思ってますけど、春人君はどうですか?」

 まずは彼の意思を聞く。
 春人は文字通り肩身が狭いといった風に肩をすぼめる。口を閉ざして俯いた。
 それからしばらく返事を待つ。

 今日は春人を待つだけで、終わってしまうかもしれない。
 そして、それでもいいと思っていた。
 面談は、ひと区切りつけて終わらせるのが理想だが、が良くても悪くても、時間が来たら終わらせる。

 世間話や雑談などをするために、お金を払って来ているのでは、ないからだ。

「……聞かれた内容に、よりますけど」
「大丈夫ですよ。聞かれても、春人君が答えたくないのなら、答えたくないと言って下さい。自分には黙秘権があると思って下さいね」

 春人の声は柚季より、ワントーン高い印象だ。声変わりする前の中学生と話をしているかのようだ。
 主人格の羽藤より、少し年下なのかもしれないと思う。そうだとするなら、質問の投げかけ方にも配慮がいる。

「羽藤さんに、吐きダコのことは皆、知ってて黙っていると、羽藤さんに言ったのは春人君?」
「そうです」
「どうして言おうと思ったのかな?」

 春人は少し視線を下げた。言うべきか、言わざるべきかの沈黙ではない。
 どのように言えば伝わるのかを、考えるために時間を要する。そんな気配が伝わった。

「僕達は、人に何を聞かれても、黙っていろと言われてきました。だからです」

 人に何を聞かれても、黙っていろと言われてきたのは僕達だ。
 春人ひとりだけでなく、交代人格すべてがそうだと、春人は怒り狂っている。
 それなら、これは反乱だ。
 春人は黙っていろと命じた大人に単身、反旗を翻したのだ。
 
「ここではね。黙ってなくてもいいんです」

 麻子は切に訴えた。
 すると、春人の頬を涙が濡らした。春人は微動だにしなかった。ひと筋、ふた筋流れると、蛇口をしめったように泣き止んだ。
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