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成長(2)生まれる
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袴井家は公園の真ん前にあり、窓を開ければ遊ぶ子供の姿が見え、窓を閉めても声が聞こえる。
それは、楽しみにしていた我が子を亡くしてしまった身には、地獄だ。なので則子は、流産し、病院から戻ってきて以来、窓を閉め切り、テレビを点け、公園沿いの道を通らないようにしてきた。
先週までは、生まれたらあそこであんな風に遊ぼう、などと思って楽しみにしていたのに。
そう思って、大事にしまい込んでいる写真を眺めた。胎児を写したCT画像だ。
「ごめんね。楽しみにしてたのに。ごめんね」
涙の滲む目で我が子に詫びる。
と、それに気付いた。
「成長してる?」
あり得ない。しかし、記憶の我が子よりも、成長しているように見える。
反射的に、自分のお腹を見下ろした。流産前に比べ、お腹はぺっちゃんこになっている。胎児がいなくなったのだから当然だ。
それでも写真を見ると、以前よりも大きくなっているような気がしてならなかった。
リビングで寝ている凜を起こさないように、僕と美里は小声で話をしていた。
「公園の前の家の袴井さん?」
美里が訊き返した。
御崎美里、旧姓及び芸名、霜月美里。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれており、トップ女優の一人に挙げられている。そして、僕の妻である。
「そう。この前流産したらしいけど、何か変わった事はなさそう?あの家でも、公園でも」
「別に、これといって聞かないわ。
ああ、でも、これは気のせいかもしれないんだけど」
美里は少し迷うようにしてから言った。
「奥さん、急に痩せてきたの。なのに、お腹は膨れてるのよ。あれ、腹水かしら。病気なんじゃないのかしら」
僕も、考えてみる。
「痩せていくのに腹水が溜まってお腹は膨れて行くのはあるけど、そこまで急じゃないだろうしな」
ウサギ小屋のところで見かけてから2日だ。
それとも、心霊的な何かが関係しているのだろうか。
「明日、様子を見に行ってみようか」
公園へは、子供達が遊びに行くのだ。何かあってからでは遅い。場合によっては、警察としては何もできなくとも、霊能師協会への相談を勧めるか、病院への受診を勧めるかもしれない。
僕は直に、一応連絡を入れておく事にした。
翌朝、僕と直は公園の入り口から、袴井家を眺めた。
「ここからじゃあわからないねえ」
「そうだな。どうしよう。訪問してみるか?でもなあ」
「ううん。事件ではないからねえ。何か、ピンポンを押す言い訳みたいなものがあればいいんだけどねえ」
「自治会は別だし、これまで話した事もないしな」
悩んでいる頃、袴井家の中では、優斗が妻の則子を説得しようとしていた。
「おかしいだろ。病院に行こう。な」
「大丈夫よ」
則子は穏やかに微笑んで、大きく膨らんだお腹をそっと撫でた。
「大丈夫なわけないじゃないか。だって、ほんの1日か2日でそんなにお腹が膨れるなんて。それでほかは随分やつれて、顔色だって悪いし。何か病気だったら困るじゃないか」
懇願するように言っても、則子は笑うだけだ。
「心配症ね。困ったパパですねえ」
お腹に向かって話しかけるようなその様子に、優斗は内心ギョッとした。
念願の妊娠に喜んでいたのに流産してしまって、精神的におかしくなってしまったのではないか、と思ったのだ。
「則子。わかっていると思うけど、俺達の子供は、残念だけど」
「帰って来たのよ。ほら、もうすぐクリスマスだから、神様がこの子を返してくれたのよ、きっと」
やっぱりおかしい。そう思って、優斗は血の気が引く思いがした。
「あら。信じてないでしょ」
「え?あ……ええっと……」
どういう対応をするべきかと悩む。
「ほら」
則子はポケットから、写真を出した。以前は大切にタンスに仕舞ってあったのだが、大きくなっている事に気付いてからは、肌身離さず身に着けるようにしていたのだ。
「こ、これ……!?」
優斗が、信じられない、という顔をして、写真と則子のお腹を何度も見比べる。
「ね、わかったでしょう?この2日で、大きく成長したの。それでお腹に戻って来たのよ」
優斗は混乱していた。写真がなければ想像妊娠とかいうものかと思うところだが、写真の胎児は、いつ生まれてもおかしくないように立派に成長していた。
病院に行くにしても、何科に行けばいいのだろう?
「ね、あなた。わかったでしょう?」
「え、でも、いや。やっぱり病院には行こう。な?おかしいだろ?」
則子は笑顔を消して、優斗を見た。
「どうしてそんな事を言うの。この子は絶対に産むわ」
「それがおかしいんだよ。流産してしまったから、子供はいないだろ?」
「ひどい。この子はあなたと私の子供なのに!ひどい!」
「落ち着け、な!?」
「嫌!嫌ァ!!」
則子が叫んで、フラリと倒れかかった。
それを支え、優斗はオロオロとする。
「の、則子?おい!」
「はすい」
「は?」
「破水したみたい……」
「はあ!?」
もう、何が何だか優斗にはわからなくなった。ただ、急激に則子の顔色が悪くなっていき、力を失い、ますます掴んだ腕も体も細くなって行くような気がして、ただ事ではないという事だけはわかった。
「ど、どうしよう?救急車――でも何て言う?」
オロオロとする優斗の耳に、ドアチャイムの長閑な音がしたのはその時だった。
「ええ!?誰!?」
「警察です。お邪魔しますよ」
「お邪魔しますねえ」
声がして現れたのは、スーツ姿の2人組だった。
それは、楽しみにしていた我が子を亡くしてしまった身には、地獄だ。なので則子は、流産し、病院から戻ってきて以来、窓を閉め切り、テレビを点け、公園沿いの道を通らないようにしてきた。
先週までは、生まれたらあそこであんな風に遊ぼう、などと思って楽しみにしていたのに。
そう思って、大事にしまい込んでいる写真を眺めた。胎児を写したCT画像だ。
「ごめんね。楽しみにしてたのに。ごめんね」
涙の滲む目で我が子に詫びる。
と、それに気付いた。
「成長してる?」
あり得ない。しかし、記憶の我が子よりも、成長しているように見える。
反射的に、自分のお腹を見下ろした。流産前に比べ、お腹はぺっちゃんこになっている。胎児がいなくなったのだから当然だ。
それでも写真を見ると、以前よりも大きくなっているような気がしてならなかった。
リビングで寝ている凜を起こさないように、僕と美里は小声で話をしていた。
「公園の前の家の袴井さん?」
美里が訊き返した。
御崎美里、旧姓及び芸名、霜月美里。演技力のある美人で気が強く、遠慮をしない発言から、美里様と呼ばれており、トップ女優の一人に挙げられている。そして、僕の妻である。
「そう。この前流産したらしいけど、何か変わった事はなさそう?あの家でも、公園でも」
「別に、これといって聞かないわ。
ああ、でも、これは気のせいかもしれないんだけど」
美里は少し迷うようにしてから言った。
「奥さん、急に痩せてきたの。なのに、お腹は膨れてるのよ。あれ、腹水かしら。病気なんじゃないのかしら」
僕も、考えてみる。
「痩せていくのに腹水が溜まってお腹は膨れて行くのはあるけど、そこまで急じゃないだろうしな」
ウサギ小屋のところで見かけてから2日だ。
それとも、心霊的な何かが関係しているのだろうか。
「明日、様子を見に行ってみようか」
公園へは、子供達が遊びに行くのだ。何かあってからでは遅い。場合によっては、警察としては何もできなくとも、霊能師協会への相談を勧めるか、病院への受診を勧めるかもしれない。
僕は直に、一応連絡を入れておく事にした。
翌朝、僕と直は公園の入り口から、袴井家を眺めた。
「ここからじゃあわからないねえ」
「そうだな。どうしよう。訪問してみるか?でもなあ」
「ううん。事件ではないからねえ。何か、ピンポンを押す言い訳みたいなものがあればいいんだけどねえ」
「自治会は別だし、これまで話した事もないしな」
悩んでいる頃、袴井家の中では、優斗が妻の則子を説得しようとしていた。
「おかしいだろ。病院に行こう。な」
「大丈夫よ」
則子は穏やかに微笑んで、大きく膨らんだお腹をそっと撫でた。
「大丈夫なわけないじゃないか。だって、ほんの1日か2日でそんなにお腹が膨れるなんて。それでほかは随分やつれて、顔色だって悪いし。何か病気だったら困るじゃないか」
懇願するように言っても、則子は笑うだけだ。
「心配症ね。困ったパパですねえ」
お腹に向かって話しかけるようなその様子に、優斗は内心ギョッとした。
念願の妊娠に喜んでいたのに流産してしまって、精神的におかしくなってしまったのではないか、と思ったのだ。
「則子。わかっていると思うけど、俺達の子供は、残念だけど」
「帰って来たのよ。ほら、もうすぐクリスマスだから、神様がこの子を返してくれたのよ、きっと」
やっぱりおかしい。そう思って、優斗は血の気が引く思いがした。
「あら。信じてないでしょ」
「え?あ……ええっと……」
どういう対応をするべきかと悩む。
「ほら」
則子はポケットから、写真を出した。以前は大切にタンスに仕舞ってあったのだが、大きくなっている事に気付いてからは、肌身離さず身に着けるようにしていたのだ。
「こ、これ……!?」
優斗が、信じられない、という顔をして、写真と則子のお腹を何度も見比べる。
「ね、わかったでしょう?この2日で、大きく成長したの。それでお腹に戻って来たのよ」
優斗は混乱していた。写真がなければ想像妊娠とかいうものかと思うところだが、写真の胎児は、いつ生まれてもおかしくないように立派に成長していた。
病院に行くにしても、何科に行けばいいのだろう?
「ね、あなた。わかったでしょう?」
「え、でも、いや。やっぱり病院には行こう。な?おかしいだろ?」
則子は笑顔を消して、優斗を見た。
「どうしてそんな事を言うの。この子は絶対に産むわ」
「それがおかしいんだよ。流産してしまったから、子供はいないだろ?」
「ひどい。この子はあなたと私の子供なのに!ひどい!」
「落ち着け、な!?」
「嫌!嫌ァ!!」
則子が叫んで、フラリと倒れかかった。
それを支え、優斗はオロオロとする。
「の、則子?おい!」
「はすい」
「は?」
「破水したみたい……」
「はあ!?」
もう、何が何だか優斗にはわからなくなった。ただ、急激に則子の顔色が悪くなっていき、力を失い、ますます掴んだ腕も体も細くなって行くような気がして、ただ事ではないという事だけはわかった。
「ど、どうしよう?救急車――でも何て言う?」
オロオロとする優斗の耳に、ドアチャイムの長閑な音がしたのはその時だった。
「ええ!?誰!?」
「警察です。お邪魔しますよ」
「お邪魔しますねえ」
声がして現れたのは、スーツ姿の2人組だった。
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