体質が変わったので

JUN

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家出(5)牙を剥く霊

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 まずは寝ている女の子のそばに行き、直が札で結界を張る。
 霊はそれを阻もうとしてきたが、それを牽制するのは僕の役割だ。
「お前達は何だ!?」
「警察を呼ぶわよ!?」
 男女が叫ぶのに、後から来た宮田さんと河合さんがバッジを示す。
「警察です。表まで凄い悲鳴がしましたので」
「声はかけたんですよ」
 霊は、入り込む予定の体が結界で囲われたので怒ったらしい。

     おのれ おのれ おのれ!
     新しい体だ 返せぇ!

 言って、実体化していく。
「宮田さん、河合さん、直のそばに」
 2人は急いで、素直に従った。
「貝守要介さんと鈴音さんですね。この後でお話を伺いたいのでよろしくお願いします」
 男女はギリギリと奥歯をかんだ。

     この 役立たずが!

 霊がギロリと兄妹を睨んで足を踏み下ろし、兄妹は怯えて体を丸めながら震えた。
「おばあ様ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
 この霊が、亡くなっていたという祖母らしい。
「甦ろうとしたものの、失敗続きか」
 言うと図星だったのか、霊はギロリとこちらを睨んだ。

     3度も失敗しおって
     今度こそと 思うておったのに
     その子を寄こせ

「それはできませんね。あなたはもう亡くなったんです。あの世へ逝きましょうか」

     ウルサイ ウルサイ ウルサイ!
     ヨコセ イキカエッテヤル
     バカニシタヤツラヲ
     コノママニ サセルモノカァ!

 兄妹は元気を取り戻して、
「お前らなんか、おばあ様に敵うものか!」
とヤジを飛ばしている。
 溜め息が出そうになった。
「直、そっちは任せた」
「りょうかーい」
「じゃあ、逝こうか」
 刀を向ける。
 霊は力を闇雲にぶつけて来たが、刀でそれは斬れ、直の札もそれを受け流した。兄妹は霊の気に当てられ、青い顔でしゃがみ込んだ。フレンドリーファイアという考えも霊は持っていないのではないか。たぶん、この霊にとって、孫は手下くらいのものだったのだろう。
 手早く片付けないと、この兄妹が死ぬかもしれない。
「急ぐか」
 僕は踏み込んで近付いて行った。両手を振り回して掴みかかって来るが、その腕を斬り飛ばし、胴に斬り込む。その斬り口から浄力が流れ込み、霊は

     ギャアアアア!?
     ナンダ キサマハァ!!
     シニタクナイ!

と言いながらも崩れていく。
 と、一部が兄妹の方へと行く。
「ヒッ!?」

     ソウダ コノホウガ
     ナジミヤスイジャナイカ
     ワカイホウガ ヨカッタガ

「お、おばあ様!?い、嫌あ!」
 逃げようとするも腰が抜けたかのように動けない兄妹にそれが届く前に、それへも刀を振るって斬って消滅させると、霊は、崩れて全てが消え去って行った。
 刀を消し、呆けたように座る兄妹に言う。
「色々と訊きたい事があります。ご協力を。
 取り敢えず、体を乗っ取られそうになる恐怖はわかりましたか」
 遠くから、パトカーのサイレンが近付いて来た。

 康介は、俯きながらボソボソと喋った。
「今度春休みに、学校の希望者だけでスキーに行くんだ。友達は自分のスキー板を持って行くんだって。だからぼくも欲しいなって」
「そうか。その子は、スキーに毎年行くくらい好きなのか?」
「うん。夏に北海道から引っ越して来た子で、幼稚園の頃からスキーを毎日してたって」
「そうか。康介がサッカーの練習をするようなものか」
「うん?うん……そうだね」
 康介は頷いた。
「京香さんは何て?」
「これからもスキーに行くかわからないし、勿体ないからレンタルでいいって」
「まあ、それについてはちゃんと京香さんや康二さんと話さないとな。
 でも、スキー板って、身長で長さを選んだり、靴を留める所を靴のサイズに合わせて調整したりしないといけないのは知ってるか?」
「そうなの?」
「うん。ちゃんと京香さん達と、ケンカじゃなく、どうしてそう思うのか理由を話し合ってみろよ、康介」
「わかった」
「それと、家出は感心しないぞ。ここなら大丈夫とは言え、家出した子が犯罪に巻き込まれて死んでしまったりすることもあるんだし、その間、京香さんや康二さんが心配するのはわかるな?」
「……うん……」
「じゃあ、家出に関しては、取り敢えず謝っとけ」
「わかった」
 康介は納得したらしく、
「ぼく、帰るね。ありがとう」
と、荷物を持って帰って行った。
 それで僕は、つなげておいた電話に向かって言う。
「という事だから、京香さん」
『ありがとうね、怜君。私もカーッとなって。説明すれば良かったわ』
「そんなもんですよ。
 じゃあ、そろそろ着くと思うから」
『ええ。美里ちゃんもありがとうね』
 京香さんはそう言って、電話を切った。
 やれやれ。
「これで収まるかしら」
 美里が言う。
「大丈夫だろ。しかし、えらく近場への家出だったな」
「かわいいものね。でも、危ない事にならなくて幸いだったわ」
「そうだな。でも、家庭の考えがあるからあんまり内容には口を出せないし、説得が面倒臭い。
 凛は家出なんてするなよ。まあ、しても、パスをつないでおいたらすぐにバレるけどな、居場所」
「ん!ん!」
 凜は「家出しない」という意味か、「居場所を掴ませない」という宣戦布告かわからないが、何やら力いっぱい返事をした。
「ん?どうなんだろうなあ。
 凛。家出したら美味しいご飯が食べられないぞ」
「や!」
「そうか。じゃあ、明日のご飯はとびきり美味しい物にしような」
「あい!」
 凜が機嫌よく笑って膝に乗って来る。
「ああ、いいなあ、凛。じゃあ、私はアップルパイがおやつに食べたい!」
「わかった。じゃあ、今晩作っておくよ」
「凛、明日はアップルパイよ!」
 凜は笑って、両手を叩く。リンゴのピューレも作っておこう。
 後はせめて、この11月の寒空の下、家出した子がどこかで寒さに震えていたり、危ない目に遭っていない事を祈ろう。





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