体質が変わったので

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黒田先生(3)迎えうつ

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 僕と直はその日のうちに、三葉さんが襲われたと連絡を受け、3人をセーフティハウスに入れた。京香さんの家の隣、協会の物だ。
 なぜか、秀也君も呼ばれて来た。最期まで付き合え、という事らしい。
「この部屋から出ないように」
 そう言って、3人の持ち物を借りる。本人と誤認させ、おびき出す作戦だ。
「黒田先生ねえ。誰が言い出したんだろうな」
「フラッシュで光の檻を作って閉じ込め、降り易いような人型の形代まで用意するとか。誰が考えだしたんだろうねえ。中途半端に理に適ってるよねえ」
「それが一番困るよな」
 揃って嘆息する。
「それにしても、秀也君。懐かないねえ」
「まあ、美里ともほとんど顔すら合わせた事がないらしいがな」
 言いながら、部屋の外でひたすら待つ。
 と、もうすぐ23時という頃、それが現れた。
 見かけはかわいらしい熊のぬいぐるみだが、放つ気配は禍々しい。
 それは滑るように歩いて来ると、三葉さんの髪の入ったポーチをひたと見つめた――たぶん。そして次の瞬間、気配を濃く強く叩きつけて、ポーチを吹き飛ばして壁に叩きつけた。
 そこでやっと、それが本人ではないと気付いたらしい。

     オオオオオ……!

 怒りなのか、辺りを探すように見廻し、僕と直に気付く。
「黒田先生。家庭訪問にしては少々乱暴に過ぎますね」
 熊は逃げを打とうとしたが、直の札が囲んで、それを許さない。
「おおっと。このまま帰すわけにはいかないんですよねえ」

     クソッ……
     ハナセ!
     セッカク カラダガテニハイッタノニ!
     モット コロサセロ!

 威嚇するような声を上げながら、体を揺する。
「黒田先生ですか?」

     クロダセンセイ?
     ハッ サツジンノ ジュギョウカ?
     コロセ コロセ コロセ!
     
「通りすがりの霊だねえ、やっぱり」
「祓うか」
 もう、訊き出せる事も無さそうだ。
 浄力を当て、ぬいぐるみから弾き出す。その途端、それは人の形を取って揺らいだ。

     コロシツクセ!

 飛び掛かって来るのを半身になって避け、刀で胴を切り上げる。

     イキテルヤツガ ネタマシイ
     アアアア……!

 叫びながら形を崩し、消えて行った。

 女子3人を順に家に送り届けて家に帰る。秀也君は明日の学校の準備は持って来たと言い、泊って行くらしい。
「ただいま」
 玄関に入ると、美里が凜を抱いて迎えに出て来た。
「お帰りなさい。
 凜、お帰りなさいは」
「あうう」
 凜を受け取ると、凜はぺたぺたと僕の頬を叩いて来る。
「もしかして、お疲れさんとか言ってるつもりなのかな」
「まさか」
 美里はケラケラと笑う。
 それを、リビングと廊下の境目に立った秀也君が、凍り付いたような目で見ていた。
「ん?あの3人なら送って来たぞ」
「何で……」
「ん?」
「何でだよう!家でもずっとクールな女王様だったろ!?笑顔って、冷笑か失笑だろ!?」
 叫んで膝をついている。
「それは仕事上のキャラがそうだっただけで、プライベートはそうでもなかったがな」
「くそお!!余裕か!?他人のくせに、何で笑顔を向けられてるんだよ!」
「夫婦だしな。まあ、愛情?」
「だあああ!無表情のくせに!」
 ここで美里が口を挟む。
「あら。慣れてきたら、結構表情がわかるのよ?お兄さんと直も、表情を読めるわよ」
「特殊技能扱いじゃねえかよ!」
 これまでの、不機嫌にむっつり黙り込むのとは打って変わって、爆発していた。
「ああ、腹が立つ!カッコいいのが余計に腹が立つ!!」
「評価をありがとう」
「余裕か!?姉さんと結婚して、余裕なんだな!?」
「もしかして、ただのシスコンか」
「ひどいブラコンに言われたくない!」
 バチバチと、視線がぶつかって火花が散った。
「くそう、今に見てろ。絶対にあんた以上にカッコよくてできる男になってやる!」
 美里がここで、秀也君にとって、生まれて初めての笑顔を見せた。哀れみ、だった。
「あああああ……!」
 秀也君は撃沈した……。
「あう?」
「そうだな。着替えて来ような、凜」
 僕は落ち込む秀也君にかける言葉もなく、部屋に着替えに行った。

 翌日は手作り弁当を持たせて秀也君を学校に送り出し、僕も直や兄と出社した。
「――というわけで、随分と打ち解けたな」
「……打ち解け……たのかねえ、それも」
「まあ、遠慮せずに話せるのは間違いないしな」
 直と兄はそう言う。
 そして昼過ぎに、当の秀也君から電話がかかって来た。
『弁当、美味かったしきれいだった。皆に羨ましがられた!くそ!』
「ははは」
『それで昨日のあいつらだけど、今度は昼休みにこっくりさんをやって受験に受かるかどうか訊いたんだって』
「……は?」
『浦敷のやつが、四つん這いになって涎垂らしてるんだけど』
「あいつら、学習能力は無いのか!?」
『……すまん』
「とにかく、行くから」
 電話を切って、直に話すと、直も絶句した。
「あれほどやるなって……」
「確かに、こっくりさんであって黒田先生ではないな。懇切丁寧に言ってやらないとわからないのかもな。
 ああ、くそ。面倒臭い」
 陰陽課にいた全員が、嘆息したのだった。




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