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嵐の夜(1)惨劇の夜
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年末は何かと忙しい。大掃除にお節料理。今回の正月休みは転勤した兄の所に行く事になっている。だからその前に、ここの掃除は終わらせておかなければ。
そう思って毎日少しずつ進めているのだが、ふと、買い置きの電池が目についた。
「ああ。あの時以降、敬も康介も懐中電灯の電池がちゃんとあるか、しばらくの間、気にしてたからなあ」
僕は、まだ暑い日の夜の事を、思い出した。
風がごうごうと音を立て、電線がビュンビュンと波打つ。
台風である。流石に、電線で鉄棒をする霊も今日はいなかった。年々台風の規模も大きくなり、それにつれて被害も大きくなっている。
大きな太い木がしなり、大粒の雨が風でベランダのガラス窓に叩きつけられる様は、バケツの水を思い切り叩きつけたような勢いだ。
「凄い……」
甥の敬はベランダのそばで、目を丸くして外を見ていた。
「こういう時は、川のそばに近付いたら危ないからダメだぞ。水が増えていて、落ちたら死ぬからな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「それに、飛んで来たものが当たったら大変よ。外に出ないようにね」
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「怖いねえ。わかった」
誰もが怖いと知っているのに、毎回、川を見に行ったりして亡くなる人がいる。何となくワクワクしてしまうというのはわからなくはないが、死んでは仕方が無い。仕事や避難の為にそばを通らなくてはならないという時以外は、安全に注意して行動すべきだ。
特にこんな子供は、好奇心でベランダへ出かねない。強風にあおられたら、落ちてしまう事だってあるので、きちんと言って聞かせなければだめだ。
と、いきなり電器が消えて真っ暗になった。クーラーも止まる。
「え、停電?」
外を見ると、よそも真っ暗だった。
「変電所のトラブルとかかな」
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「いつ復旧するんだろう。冷凍はしばらく大丈夫でも、冷蔵物がなあ」
「テレビの録画が困ったわ」
冴子姉も眉を寄せる。
それで兄は、苦笑した。
「とにかく、ろうそく――いや、危ないっていうな。懐中電灯をつけよう」
敬はまだ何事かとワクワクしていたが、ザアッと叩きつけられた雨にビクッと怯え、いきなり鳴ったドアチャイムに驚いて泣き出した。
敬は冴子姉に、懐中電灯は兄に任せて、僕は玄関に行く。
いたのは、京香さんだった。
双龍院京香。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。
「ろうそく、貸してくれない?」
「ろうそくは危ないですよ。火事の元です。懐中電灯は?」
「壊れて、その内買おうと思ってそれっきりよ」
「ううーん。だったら、うちに来ますか。どのくらいかかるかわからないし」
「いい?ありがとう」
先にリビングに戻っていると、すぐに京香さんと康二さん、康介が来る。
康介も心細かったのか、子供2人はすぐにくっつき、それでも康介はお兄ちゃんの意識があるのか、
「大丈夫だからな、敬。心配いらないからな」
と言いながら、手をしっかりとつないでいる。
それを僕達大人は微笑ましく見ていた。
兄が、ペットボトルと懐中電灯を組み合わせた簡易ランタンをセットすると、イベント感が出たのか、皆、ワクワクした顔をしているのがわかった。
「それにしても、暑いわね」
「クーラーも扇風機もない時代の人って、大変だったのね」
冴子姉と京香さんが言うとおり、暑くなってきた。雨が降っているので窓も開けられない。
「冷たい物でも食べるか」
冷凍庫に入れておいた輪切バナナ、ブルーベリー、ブラックベリー、ラズベリーを、バニラアイスに混ぜ、上から少々のココナッツオイルをかける。するとオイルはチョコレートのようにパリパリに固まる。
「はい、どうぞ」
「おお!」
少しはひんやりとする。
「こういう時は怪談だって、学校で皆が言ってた」
康介が言い出し、大人達はピクリと手を止めた。
「階段?」
「背筋が寒くなって、暑くなくなるんだって」
「凄いねえ!」
「やってみたいだろ、敬も」
「やりたい!」
京香さんの目が、三日月形になった。
「ふふふ。誰から行くぅ?」
「きょ、京香さん。本気で怖がらせないでよ」
「だって、本領発揮よ?私も怜君も、山ほど知ってるじゃない。この時の為に、あの霊もこの霊もいたのよ」
「いや、違うから。怪談の為じゃないから」
しかし、子供達も冴子姉も康二さんも、期待に目を輝かせていた。
「……イージーモードで」
「フフフフフ!」
惨劇の夜が始まった……。
自宅には帰れず、転がり込んだ兄の部屋で、外を見て溜め息をついた。
帰れないというのは、台風で物理的に帰れないという意味もあるが、別の意味もある。
「うわあ、びしょ濡れだよ」
言いながら、兄が帰って来る。同じ顔、同じ声。一卵性双生児だ。
「電車も止まって、タクシーも凄い行列だし、何とか歩いて帰って来たよ」
「こんな日に会社に行くからだろ。台風が来るって言ってたんだから、休めばよかったんだよ」
「そういうわけにはいかないだろ」
兄は苦笑して、そのまま脱衣所に行って服を脱ぎ、着替えて戻って来た。
松永兄弟。兄の和也は、できのいい、真面目で優しいタイプだった。そして弟の達也は、思い付きと勢いで生きていくタイプだった。
達也はいつの間にか借金が7000万円にもなっていて、借金取りに追われている。銀行ではなくやばいスジからのもので、見付かったらどうなるかわからない。内臓を売ったくらいでは足りないので、保険に入らされてしばらくした頃に事故に遭うとかいうのが濃厚だ。
「酷くなってきたなあ」
「大丈夫かな。ここ、川に近いし」
2人は揃って外を見ていたが、不意に停電になったかと思うと、サイレンがなり、放送が入った。
避難を促すものだった。
そこで2人は、雨の中を避難しようと家を出た。避難場所は、橋の向こうの小学校だ。
川の水は増え、小さな橋の床にかかるくらいになっていた。
「まずいな。これ、あと30分も後だったら、溢れてたぞ、兄貴」
「そうだな。間一髪だな」
言いながら風にあおられる中をそろそろと進んで行くと、ふと、ゴオッという音がした。
「え?」
音の方、川上に目を向けるのと、大きな波なのか何なのかが凄いスピードで迫って来るのが見えた。
「やばい、兄貴、急げ!」
あたふたと進むが、風と、足元が滑るのと、水が足にかかって押し流そうとするので、上手くいかない。
気付いた時は、水に押し流されていたのだった。
そう思って毎日少しずつ進めているのだが、ふと、買い置きの電池が目についた。
「ああ。あの時以降、敬も康介も懐中電灯の電池がちゃんとあるか、しばらくの間、気にしてたからなあ」
僕は、まだ暑い日の夜の事を、思い出した。
風がごうごうと音を立て、電線がビュンビュンと波打つ。
台風である。流石に、電線で鉄棒をする霊も今日はいなかった。年々台風の規模も大きくなり、それにつれて被害も大きくなっている。
大きな太い木がしなり、大粒の雨が風でベランダのガラス窓に叩きつけられる様は、バケツの水を思い切り叩きつけたような勢いだ。
「凄い……」
甥の敬はベランダのそばで、目を丸くして外を見ていた。
「こういう時は、川のそばに近付いたら危ないからダメだぞ。水が増えていて、落ちたら死ぬからな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視正だ。
「それに、飛んで来たものが当たったら大変よ。外に出ないようにね」
御崎冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の兄嫁だ。母子家庭で育つが母親は既に亡い。
「怖いねえ。わかった」
誰もが怖いと知っているのに、毎回、川を見に行ったりして亡くなる人がいる。何となくワクワクしてしまうというのはわからなくはないが、死んでは仕方が無い。仕事や避難の為にそばを通らなくてはならないという時以外は、安全に注意して行動すべきだ。
特にこんな子供は、好奇心でベランダへ出かねない。強風にあおられたら、落ちてしまう事だってあるので、きちんと言って聞かせなければだめだ。
と、いきなり電器が消えて真っ暗になった。クーラーも止まる。
「え、停電?」
外を見ると、よそも真っ暗だった。
「変電所のトラブルとかかな」
御崎 怜。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「いつ復旧するんだろう。冷凍はしばらく大丈夫でも、冷蔵物がなあ」
「テレビの録画が困ったわ」
冴子姉も眉を寄せる。
それで兄は、苦笑した。
「とにかく、ろうそく――いや、危ないっていうな。懐中電灯をつけよう」
敬はまだ何事かとワクワクしていたが、ザアッと叩きつけられた雨にビクッと怯え、いきなり鳴ったドアチャイムに驚いて泣き出した。
敬は冴子姉に、懐中電灯は兄に任せて、僕は玄関に行く。
いたのは、京香さんだった。
双龍院京香。僕と直の師匠で、隣に住んでいる。大雑把でアルコール好きな残念な美人だが、面倒見のいい、頼れる存在だ。
「ろうそく、貸してくれない?」
「ろうそくは危ないですよ。火事の元です。懐中電灯は?」
「壊れて、その内買おうと思ってそれっきりよ」
「ううーん。だったら、うちに来ますか。どのくらいかかるかわからないし」
「いい?ありがとう」
先にリビングに戻っていると、すぐに京香さんと康二さん、康介が来る。
康介も心細かったのか、子供2人はすぐにくっつき、それでも康介はお兄ちゃんの意識があるのか、
「大丈夫だからな、敬。心配いらないからな」
と言いながら、手をしっかりとつないでいる。
それを僕達大人は微笑ましく見ていた。
兄が、ペットボトルと懐中電灯を組み合わせた簡易ランタンをセットすると、イベント感が出たのか、皆、ワクワクした顔をしているのがわかった。
「それにしても、暑いわね」
「クーラーも扇風機もない時代の人って、大変だったのね」
冴子姉と京香さんが言うとおり、暑くなってきた。雨が降っているので窓も開けられない。
「冷たい物でも食べるか」
冷凍庫に入れておいた輪切バナナ、ブルーベリー、ブラックベリー、ラズベリーを、バニラアイスに混ぜ、上から少々のココナッツオイルをかける。するとオイルはチョコレートのようにパリパリに固まる。
「はい、どうぞ」
「おお!」
少しはひんやりとする。
「こういう時は怪談だって、学校で皆が言ってた」
康介が言い出し、大人達はピクリと手を止めた。
「階段?」
「背筋が寒くなって、暑くなくなるんだって」
「凄いねえ!」
「やってみたいだろ、敬も」
「やりたい!」
京香さんの目が、三日月形になった。
「ふふふ。誰から行くぅ?」
「きょ、京香さん。本気で怖がらせないでよ」
「だって、本領発揮よ?私も怜君も、山ほど知ってるじゃない。この時の為に、あの霊もこの霊もいたのよ」
「いや、違うから。怪談の為じゃないから」
しかし、子供達も冴子姉も康二さんも、期待に目を輝かせていた。
「……イージーモードで」
「フフフフフ!」
惨劇の夜が始まった……。
自宅には帰れず、転がり込んだ兄の部屋で、外を見て溜め息をついた。
帰れないというのは、台風で物理的に帰れないという意味もあるが、別の意味もある。
「うわあ、びしょ濡れだよ」
言いながら、兄が帰って来る。同じ顔、同じ声。一卵性双生児だ。
「電車も止まって、タクシーも凄い行列だし、何とか歩いて帰って来たよ」
「こんな日に会社に行くからだろ。台風が来るって言ってたんだから、休めばよかったんだよ」
「そういうわけにはいかないだろ」
兄は苦笑して、そのまま脱衣所に行って服を脱ぎ、着替えて戻って来た。
松永兄弟。兄の和也は、できのいい、真面目で優しいタイプだった。そして弟の達也は、思い付きと勢いで生きていくタイプだった。
達也はいつの間にか借金が7000万円にもなっていて、借金取りに追われている。銀行ではなくやばいスジからのもので、見付かったらどうなるかわからない。内臓を売ったくらいでは足りないので、保険に入らされてしばらくした頃に事故に遭うとかいうのが濃厚だ。
「酷くなってきたなあ」
「大丈夫かな。ここ、川に近いし」
2人は揃って外を見ていたが、不意に停電になったかと思うと、サイレンがなり、放送が入った。
避難を促すものだった。
そこで2人は、雨の中を避難しようと家を出た。避難場所は、橋の向こうの小学校だ。
川の水は増え、小さな橋の床にかかるくらいになっていた。
「まずいな。これ、あと30分も後だったら、溢れてたぞ、兄貴」
「そうだな。間一髪だな」
言いながら風にあおられる中をそろそろと進んで行くと、ふと、ゴオッという音がした。
「え?」
音の方、川上に目を向けるのと、大きな波なのか何なのかが凄いスピードで迫って来るのが見えた。
「やばい、兄貴、急げ!」
あたふたと進むが、風と、足元が滑るのと、水が足にかかって押し流そうとするので、上手くいかない。
気付いた時は、水に押し流されていたのだった。
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