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嵐の夜(2)他殺死体
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台風一過。その爪痕は酷いものだった。川の氾濫、床上浸水、床下浸水、土砂崩れ。そして、死者も出た。
水の中から発見された人の遺体は17体。あと、犬の遺体が23体。
土砂崩れに巻き込まれた家が犬のブリーダーの家で、23匹の犬が犠牲になった。それが朝から霊になって走り回り、何とかしてくれと通報が来て、陰陽課が行く事になったのだ。
「元気だねえ、全く」
直がぼやく。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「でも、これでやっと23匹確保だな」
汗を拭って答え、やれやれと息をつく。他の皆も方々に行っている。災害の後は、僕達の仕事も増えるのだ。
「うわ、人!?」
川に流された遺体を見つけた警官が言う。
激流に流された遺体は、ぶつかり、シェイクされるうちに、衣服は脱げ、遺体の損傷も酷くなっていくものだ。
今引き上げられた女性の遺体も、衣服の残滓をくっつけているばかりで、手足の損傷が酷かった。
口元を押さえ、目を逸らす新人らしき警官に、
「ここで吐くな。向こうを向いて深呼吸して堪えろ」
そう言って、その遺体を覗き込む。
「顔は辛うじて判別できるか。後、肩の黒子と盲腸の手術痕が使えるな、身元特定に」
「それで知人が名乗り出なかったら、歯も残ってるし、良かったねえ」
「ん?これ、何だろう。岩とかにぶつかった痕じゃないな。これは、腕を掴みながら後頭部を抑え込んだらしい皮下出血だな。他殺の可能性が高いぞ。犯人は右利き、手形の大きさから見ても、成人男性だな」
僕は他殺の疑いのある遺体を発見したと一課に連絡を入れた。新人警官は、涙目で後ろを向いて口を押え、報告できそうもない。
「発見時の様子を――大丈夫か?」
「う……すみま……グウッ」
ダメそうだ。
「じゃあ、あの辺で、野次馬が来ないように立っててくれるかねえ」
彼は涙目で頷いて、指示に従った。
犬の報告を病院に入院しているブリーダーにしに行く。遺体の処理やら、23匹が成仏した事やらだ。
同じ部屋には、この台風でケガをして運ばれて来た患者が集められていた。
隣のベッドの若い男もそうらしい。双子の兄弟と避難の最中に川の水に呑まれ、どうにか少し先の倒木に引っかかって引き上げられたものの、蘇生できたのは彼だけで、それもついさっき目がさめたばかりだったそうだ。
「あなたのお名前を聞かせていただけますか」
看護師が訊く。
「……俺は……松永……。松永、和也。死んだのは、弟の達也です」
何と。有名な漫画の双子と同じ名前か。ここに南ちゃんは見当たらないが。
「ああ……」
和也さんは顔を覆って、溜め息のような声を上げた。
それを、そっくりな顔のもう一人、達也さんの霊が、複雑な顔で見下ろしていた。
「弟さんのご遺体は――」
看護師は努めて淡々と今後の説明を始め、僕と直は廊下へ出た。
「同じ時に同じ場所にいて、何が明暗を分けたんだろうな」
「ただ見守る感じだったし、少なくとも今はいいよねえ、あのままで」
「そうだな。まあ、その内確認は必要かもな」
「一卵性だと結びつきも強いから、何かとあり得るもんねえ」
要チェックだと頭のすみにメモして、病院を離れる事にした。
深夜、和也はトイレに行った。誰もおらず、1人で手を洗い、ふと顔を上げて鏡を見る。特別ハンサムでもなければ、悪くもない。真面目で大人しそうな顔だ。
その顔に向かって、小声で言った。
「兄貴、悪いな。今度はうまくやるよ」
そして、病室へ戻った。
見ていた者がいたら驚愕しただろう。鏡に映った鏡像は、彼がトイレから出て行くのをそこで見送っていたのだから。
水の中から発見された人の遺体は17体。あと、犬の遺体が23体。
土砂崩れに巻き込まれた家が犬のブリーダーの家で、23匹の犬が犠牲になった。それが朝から霊になって走り回り、何とかしてくれと通報が来て、陰陽課が行く事になったのだ。
「元気だねえ、全く」
直がぼやく。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「でも、これでやっと23匹確保だな」
汗を拭って答え、やれやれと息をつく。他の皆も方々に行っている。災害の後は、僕達の仕事も増えるのだ。
「うわ、人!?」
川に流された遺体を見つけた警官が言う。
激流に流された遺体は、ぶつかり、シェイクされるうちに、衣服は脱げ、遺体の損傷も酷くなっていくものだ。
今引き上げられた女性の遺体も、衣服の残滓をくっつけているばかりで、手足の損傷が酷かった。
口元を押さえ、目を逸らす新人らしき警官に、
「ここで吐くな。向こうを向いて深呼吸して堪えろ」
そう言って、その遺体を覗き込む。
「顔は辛うじて判別できるか。後、肩の黒子と盲腸の手術痕が使えるな、身元特定に」
「それで知人が名乗り出なかったら、歯も残ってるし、良かったねえ」
「ん?これ、何だろう。岩とかにぶつかった痕じゃないな。これは、腕を掴みながら後頭部を抑え込んだらしい皮下出血だな。他殺の可能性が高いぞ。犯人は右利き、手形の大きさから見ても、成人男性だな」
僕は他殺の疑いのある遺体を発見したと一課に連絡を入れた。新人警官は、涙目で後ろを向いて口を押え、報告できそうもない。
「発見時の様子を――大丈夫か?」
「う……すみま……グウッ」
ダメそうだ。
「じゃあ、あの辺で、野次馬が来ないように立っててくれるかねえ」
彼は涙目で頷いて、指示に従った。
犬の報告を病院に入院しているブリーダーにしに行く。遺体の処理やら、23匹が成仏した事やらだ。
同じ部屋には、この台風でケガをして運ばれて来た患者が集められていた。
隣のベッドの若い男もそうらしい。双子の兄弟と避難の最中に川の水に呑まれ、どうにか少し先の倒木に引っかかって引き上げられたものの、蘇生できたのは彼だけで、それもついさっき目がさめたばかりだったそうだ。
「あなたのお名前を聞かせていただけますか」
看護師が訊く。
「……俺は……松永……。松永、和也。死んだのは、弟の達也です」
何と。有名な漫画の双子と同じ名前か。ここに南ちゃんは見当たらないが。
「ああ……」
和也さんは顔を覆って、溜め息のような声を上げた。
それを、そっくりな顔のもう一人、達也さんの霊が、複雑な顔で見下ろしていた。
「弟さんのご遺体は――」
看護師は努めて淡々と今後の説明を始め、僕と直は廊下へ出た。
「同じ時に同じ場所にいて、何が明暗を分けたんだろうな」
「ただ見守る感じだったし、少なくとも今はいいよねえ、あのままで」
「そうだな。まあ、その内確認は必要かもな」
「一卵性だと結びつきも強いから、何かとあり得るもんねえ」
要チェックだと頭のすみにメモして、病院を離れる事にした。
深夜、和也はトイレに行った。誰もおらず、1人で手を洗い、ふと顔を上げて鏡を見る。特別ハンサムでもなければ、悪くもない。真面目で大人しそうな顔だ。
その顔に向かって、小声で言った。
「兄貴、悪いな。今度はうまくやるよ」
そして、病室へ戻った。
見ていた者がいたら驚愕しただろう。鏡に映った鏡像は、彼がトイレから出て行くのをそこで見送っていたのだから。
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