体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
145 / 1,046

階段(2)新任教師

しおりを挟む
 体育の授業前、急いで更衣室に行って、手早く着替える。
 これまで僕達の受け持ちだった先生が病気で入院し、新しい体育教師が来たのだ。授業は初めてだが、サッカー部の顧問も受け継いでいて、サッカー部員は既に部活で会ったらしく、
「おい、絶対に遅れるなよ。遅れたりしたらペナルティでランニングとか好きだからヤバイぞ」
と言うので、皆、急いでいるわけである。
 それで、かなり急いでグラウンドに出て、話をしていた。
「厳しいのか」
「まあな。顧問と話す時は基本直立不動とか、敬語とか、先輩の意見は絶対とか、髪の長さとか。あと、不服そうな顔とか言われて、腕立てと腹筋とスクワットを50回ずつやらされた」
「……気をつけよう」
「ここのOBらしくて、その頃のサッカー部は強かったとか凄い言ってた。それで、今は弱いって、基礎体力作りに嫌ってくらい走らされたし」
「うわあ……」
「でも、ロードワークで、階段は行かないんだ。裏の坂道を上る方。階段もきついけど、坂道は距離が伸びて、地味にきつい。どっちがましかなあ……はあ」
「ああ。あの階段か。優しい階段」
 喋っているうちにチャイムが鳴り、教師が現れた。3分遅れである。
「米山瑛二だ。まずは、ランニング3周。始め」
 準備体操が済むと、すぐにランニングになる。そして、すぐに今の課題の短距離走に移ったのだが、ランニングでそこそこ早く走らされたので、3分の1くらいの生徒が、かなりきていた。
「トロトロ走ってんじゃねえぞ、こら。やる気あるのか、お前ら」
 と、特に遅い、運動の苦手な生徒には集中的に目を光らせ、
「もう1本、やり直し!」
とか命じる。
 別に手を抜いているわけではないが、なかなか、厳しい。本当に真剣にやらないと、目をつけられたらえらい目に遭いそうだ。
「随分と楽しそうだな、米山先生」
 こそこそと言い合う。これも聞きとがめられたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
 えらい先生が来たものだ。もう、溜め息しか出ない。
「誰が休んでいいと言った!?」
 言われて、仕方なく、バレない程度に手を抜いてスクワットをする。
 その内、クラスで一番運動が苦手な支倉という生徒が、派手に転んだ。
「チッ」
 舌打ちをする米山に支倉はますます怯える。
「保健室に行って手当してやれ。ああ、お前でいい」
 たまたまゴールしたところで目の前にいた僕が指名されて、支倉に手を貸し、保健室に向かった。

 肩に掴まりながら、支倉が言う。
「ごめんね、御崎君」
「休憩できてラッキーだ。気にするな。
 それより大丈夫か。捻ってないか」
「大丈夫。擦り傷だけだよ」
 支倉は力なく笑い、保健室に入る。
 生憎誰もいなかったので、水で洗い、消毒を始めた。半分終わったところで、たまたま事務の人が来た。
「あら。転んだの」
 気のいい、定年間近の女性だ。
「先生は?」
「米山先生です」
「ああ、米山君。あの頃の運動部はもっと厳しかったから、米山君も厳しいのよねえ」
 苦笑を浮かべて、絆創膏がいいか包帯がいいかと悩む。
「今から、20年くらい前ですか?」
「そうね。あの頃は100本ダッシュとか、手押し車で階段上りとか、気合が足りないとかで正座とか」
「それ、科学的じゃないですよね」
 僕も支倉も、眉をしかめた。
「昔の体育会系は、今よりも厳しかったのよ。だから、あんな事故も――あ……」
「事故?」
 事務員は笑顔を取り繕って、
「そうそう、プリントを置きに来ただけだったのに、すっかり長居しちゃったわ。
 あなた達も、急ぎなさいね」
と言い、出て行った。
 残された僕と支倉は、顔を見合わせた。
「20年前じゃなくて、良かったと思うよ」
「確かに」
 20年前の事故。どうも、面倒臭い予感がしてきた。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:46

異世界で新生活〜スローライフ?は精霊と本当は優しいエルフと共に〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,263pt お気に入り:1,126

反射的に婚約を破棄した。今は後悔しているがもう遅い。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:11

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:317

魅了の王太子殿下

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:154

人生の全てを捨てた王太子妃

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:1,247

処理中です...