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階段(1)優しい先輩
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果てが無いのでは無いかと思うような長さの階段だ。ここは宗教施設の端の方で、階段の上にあるのは単なる倉庫なので、人はあまり来ない。だからこうして、学校の運動部がランニングに来たり、階段をトレーニングに使ったりしているのだ。
「まだまだだぞ。足上げろ、おら」
先輩が、階段の下から檄を飛ばす。
ようやくゴールが見えたと思ったら、訊かれる。
「今何段目だ?」
「え?え……」
「はい、1からやり直ーし。たるんでるぞ」
「……」
「返事は!」
「は、はい」
そしてまた、階段を駆け足で登り始める。
何往復目かなんて、もうわからない。太ももが重く、痙攣しているし、肺は苦しくて、ゼイゼイという呼吸音が自分でもうるさいほどだ。目の前がクラクラ、チカチカとして、足元が何だか、フラフラを通り越してフワフワしている。そして視界から色が抜けて行き、音という音が遠くなり、視界が回転したと思ったら、体中を、激痛が襲う。
気が付けば、目の前に先輩の足があった。
ああ、もう、立てません……。
廃業したラーメン屋から夜ごとチャルメラの音がするから何とかして欲しいという地主の依頼をこなして帰る途中、僕達はその階段の前に差し掛かった。
「ここが、段数の変わる階段か」
御崎 怜、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「学校から片道5キロ。運動部はここまでよくランニングで来るそうだねえ」
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「うわあ。僕は嫌だな」
「ボクも辞退したいねえ」
言いながら、階段を下から見上げる。
灯りが無いので真っ暗だが、かなり長い石段だ。ここは宗教施設の一部ではあるのだが、昔から花見や打ち上げ花火や写生大会やランニングコースとして市民に親しまれている。この上にあるのは単なる倉庫で、昼間でも、人通りは少ない。夜の今は、僕と直だけだ。
「わざわざ来るのは面倒臭いから、ついでにちょっと、上ってみるか?」
「何段あるか?」
「気になるだろ」
「ならなくもないねえ」
ここを通るのは、一番多いのが紫明園の運動部員、次に掃除しに来る信者、散歩する近所の人。噂では、お年寄りが上り下りする時は、階段が短くなっているそうだ。なんと優しい階段だろう。
「行くか」
僕と直は、階段を上り始めた。
段の高さは12センチくらいで、幅は20センチくらい。真ん中に金属の手すりがあり、両脇にはずらっと大きな木が植わっているが、暗いので何の木かわからない。そして階段は88段で、上り切って振り返ると、町の灯りが綺麗に見えた。
「へえ。夜景が綺麗だなあ」
「うん。反対の方は星がよく見えるよ、怜」
「知らなかったなあ。昼間に、写生とかしに来たことしかなかったからなあ」
「花火の時は凄い人で、ちょっとくじけるもんねえ」
しばらく眺めてから、横を見る。
透き通った、同じくらいの年の男子が、穏やかな微笑みを浮かべて一緒に夜景を見ていた。
「こんばんわ」
「あ、こんばんわ。わあ、見えるんだ。なのに怖がらないんだね」
「慣れてるし、それに、悪い人じゃないし」
「何たって、お年寄りに優しいもんねえ」
「いやあ、だって、足腰が弱い人には危ないじゃないか」
と、その男子は照れたように笑う。
「初めまして。僕は坂東。紫明園の1年生だったんだよ」
「じゃあ、先輩だな。僕は御崎 怜。よろしく」
「ボクは町田 直。よろしく、先輩」
「よろしく。
でも、見かけないね。運動部には入ってないんだ?」
「心霊研究部だ。好き勝手に使える部室を手に入れる為に同級生と作ったんだ」
「不純な動機だろ」
「あはは、いいね。楽しそうだ。
まあ、だったら大丈夫だろうけど、ここを上り下りする時は気を付けてね。雨上がりや落ち葉は滑るからね」
しばらく話した後、帰り道に気を付けるようにと言って見送られながら、僕達は帰途についた。
「まだまだだぞ。足上げろ、おら」
先輩が、階段の下から檄を飛ばす。
ようやくゴールが見えたと思ったら、訊かれる。
「今何段目だ?」
「え?え……」
「はい、1からやり直ーし。たるんでるぞ」
「……」
「返事は!」
「は、はい」
そしてまた、階段を駆け足で登り始める。
何往復目かなんて、もうわからない。太ももが重く、痙攣しているし、肺は苦しくて、ゼイゼイという呼吸音が自分でもうるさいほどだ。目の前がクラクラ、チカチカとして、足元が何だか、フラフラを通り越してフワフワしている。そして視界から色が抜けて行き、音という音が遠くなり、視界が回転したと思ったら、体中を、激痛が襲う。
気が付けば、目の前に先輩の足があった。
ああ、もう、立てません……。
廃業したラーメン屋から夜ごとチャルメラの音がするから何とかして欲しいという地主の依頼をこなして帰る途中、僕達はその階段の前に差し掛かった。
「ここが、段数の変わる階段か」
御崎 怜、高校2年生。去年の春に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「学校から片道5キロ。運動部はここまでよくランニングで来るそうだねえ」
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。去年の夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「うわあ。僕は嫌だな」
「ボクも辞退したいねえ」
言いながら、階段を下から見上げる。
灯りが無いので真っ暗だが、かなり長い石段だ。ここは宗教施設の一部ではあるのだが、昔から花見や打ち上げ花火や写生大会やランニングコースとして市民に親しまれている。この上にあるのは単なる倉庫で、昼間でも、人通りは少ない。夜の今は、僕と直だけだ。
「わざわざ来るのは面倒臭いから、ついでにちょっと、上ってみるか?」
「何段あるか?」
「気になるだろ」
「ならなくもないねえ」
ここを通るのは、一番多いのが紫明園の運動部員、次に掃除しに来る信者、散歩する近所の人。噂では、お年寄りが上り下りする時は、階段が短くなっているそうだ。なんと優しい階段だろう。
「行くか」
僕と直は、階段を上り始めた。
段の高さは12センチくらいで、幅は20センチくらい。真ん中に金属の手すりがあり、両脇にはずらっと大きな木が植わっているが、暗いので何の木かわからない。そして階段は88段で、上り切って振り返ると、町の灯りが綺麗に見えた。
「へえ。夜景が綺麗だなあ」
「うん。反対の方は星がよく見えるよ、怜」
「知らなかったなあ。昼間に、写生とかしに来たことしかなかったからなあ」
「花火の時は凄い人で、ちょっとくじけるもんねえ」
しばらく眺めてから、横を見る。
透き通った、同じくらいの年の男子が、穏やかな微笑みを浮かべて一緒に夜景を見ていた。
「こんばんわ」
「あ、こんばんわ。わあ、見えるんだ。なのに怖がらないんだね」
「慣れてるし、それに、悪い人じゃないし」
「何たって、お年寄りに優しいもんねえ」
「いやあ、だって、足腰が弱い人には危ないじゃないか」
と、その男子は照れたように笑う。
「初めまして。僕は坂東。紫明園の1年生だったんだよ」
「じゃあ、先輩だな。僕は御崎 怜。よろしく」
「ボクは町田 直。よろしく、先輩」
「よろしく。
でも、見かけないね。運動部には入ってないんだ?」
「心霊研究部だ。好き勝手に使える部室を手に入れる為に同級生と作ったんだ」
「不純な動機だろ」
「あはは、いいね。楽しそうだ。
まあ、だったら大丈夫だろうけど、ここを上り下りする時は気を付けてね。雨上がりや落ち葉は滑るからね」
しばらく話した後、帰り道に気を付けるようにと言って見送られながら、僕達は帰途についた。
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