幸せな報復

窓野枠

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第2章 畑野勘太郎

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 4月8日、彼は隣の乗車待ちの列に何気なく視線を移した。特別な変化は20年以上この位置から見続けたがほぼ何もない。地味な色の服を来た乗客が並んだぼんやりした無彩色の光景が彼の視野に広がっていた。
 以前であれば、事故でホームが人であふれたり、大雪、強風で電車が遅延し混雑したことがあったりした。それが今では平日であれば、ホームにあふれるばかりの乗客が日常の風景になっていた。だれもが幸せな日常を維持するために懸命に働いている。殺伐とした風景ではあるが、幸せな生活ともいえる風景が凝縮されているのだ。人間は繰り返される平穏で平凡な日常にだれもが感謝する。当然のことのように繰り返される通勤風景だ。当然、という毎日にいつしか感謝を忘れて、混雑電車に対し、ため息をはいたとき、悪魔が心の隙間に忍び込んでくる。日常の幸せに不幸せという二文字が大きく浸食してくるのだ。
 この駅ができたときも乗客は便利になっていく生活に感謝し幸せを感じたものだ。その幸せと感謝のセットを持続するために人々は懸命に働く。あの日が来るまで畑野勘太郎も同じはずだった。
 この何でもない日常が幸せと感じる人は少ないかもしれない。過去、現在、未来と続く何でもない日常に悪魔の声がささやく。
「きみにはこれが幸せと感じられないんだ? では、たっぷりと感じさせてあげよう」
 彼らは悪魔に魅入られないよう生きてきた。そうして住み始めた幸せな家族とこの路線を基盤にしようと希望を抱き新しい住人が集まる。便利になればなるほど人々は恩恵を受けたくて集まる。幸せをだれもが共有できることの幸せ。過去の幸せを上回る幸せはない。幸せに大中小のサイズはないのだが、人は過去の幸せを美化し掛け替えのない幸せと感じることがある。過去の幸せにしがみつく。未来の幸せに夢中になる。人はそんなことを考えなければいつだって幸せなのだ。なぜなら、幸せは本人の感じ方次第だからだ。
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