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36.僕だって
しおりを挟むセリューは、自分が着ていた上着を脱いでそれを細く引き千切り、僕の血がでているところに巻いてくれた。
「ダラダラ血を流して歩けばすぐに見つかる。もうすぐオーフィザン様が来てくださる。あの方がいらっしゃるまで、耐えるんだ」
「は、はい……あ、ありがとうございます……」
「……礼を言うな。鳥肌が立つ」
「……ご、ごめんなさい……た、助けに来ていただいたので……」
「来たくて来たんじゃない!! オーフィザン様のご命令は絶対……だからこんな獣を探しに来ただけだ。死んでいればそうオーフィザン様にご報告できたのに、よくも生きていたな……」
「な、なんでそんなこと……ひどい……そ、そんなに僕が嫌いなんですか!?」
「お前の存在自体、腹がたつ。オーフィザン様が大切になさっているものに手を出した盗人の分際で、図々しくも城に上がり込み、無駄飯を食らい、挙げ句の果てにあの方の寝所を汚すなど……貴様を城に入れたのがオーフィザン様でなければ、とうに私が追い出していた。オーフィザン様の慈悲に甘え、だらだらと怠け暮らし、あの方の大切なものを台無しにして、平然としていられる自分を醜いとは思わないのか?」
「う、う…………」
だらだらとか醜いとかは腹が立つけど、それ以外はそのとおりすぎて反論できない……だけど、そんなこと今面と向かって言わなくてもいいじゃないか!!
セリューは、周りに敵がいないことを確かめてから、僕に振り向いた。
「行くぞ。はぐれたら捨てるからな」
「…………た、確かに、セリュー様の言うとおりです……」
「は?」
「た、た、た確かに、そうですけど……ぼ、僕だって、僕だって……お、オーフィザン様のお役に立ちたいって思ってるんです!!」
「いいから早く」
「僕をどうするかなんて、オーフィザン様が決めることですっ!! ず、図々しいは認めるし、たしかに泥棒だし、オーフィザン様のものを台無しにしたりしてますけど、そんなこと、せ、せせセリュー様に言われたくないです!」
「私が言っていることを全部認めておきながら、なぜそんなことが言えるんだ!!」
「え……? あ……だ、だって、だって…………む、無駄飯とか、汚すとか、そんなのは、あなたが勝手に言ってるだけで……や、役に立ってないし、物は壊すし、部屋も汚したけど……じゃなくてっ!! か、勝手に嫌えばいいですけど、だからって感情をぶつけられるのは迷惑です! 僕だってお前なんか嫌いだっ!」
「黙れえぇっっ!!」
セリューは叫んで、いきなり僕に飛びかかってきた。そいつに馬乗りになられて、僕は押し倒されてしまう。
月の光を受け、そいつが振り上げたものが光った。
ええ!? た、短剣!? なんでそんなもの、僕に向けるの!? まさか、キレた!? セリューの方がひどいこと言ったのに!?
そいつが振り下ろした短剣は、僕の喉元を狙っている。
もう死ぬんだと思った。
だけど、それが僕に突き立てられるより早く、セリューの手を、後ろから来た人が止めてくれた。
暗がりの中に見えたのは、セリューの手首を握るダンドだった。
ダンドは、僕に向かって微笑む。それから、セリューに向かって言った。
「セリュー、ダメでしょ? そんなことしちゃ。オーフィザン様に言われたこと、忘れた? クラジュは連れて帰らなきゃ」
「……」
セリューが、自分を止めたダンドの手を振り払う。なんだかセリューが二人いるみたい。ダンドが燕尾服を着ているからだ。
ダンドはいつもどおり僕に優しくて、僕を助け起こしてくれた。
「クラジュ、大丈夫?」
「う、う、う、うん……」
「まずいね……」
ダンドが顔を上げて暗い木々が連なる方に振り向く。
足音がした。僕らをぐるっと囲むように、その音が近づいてくる。
ぞろぞろと、森の中から男たちが出て来た。追いつかれたんだ。
セリューとダンドが、僕を囲んで短剣を構える。
出てきた男たちは六人。どう考えても分が悪いのに、二人とも焦っている様子はない。
ダンドは、普段食事の注文を聞くような口調で、セリューにたずねた。
「セリュー、どうする?」
「突破する。不本意だが、そいつを連れ帰らなくてはならない」
「さすがセリュー。立派」
「茶化すな」
そ、そんなこと話してる場合じゃないと思う。周りを囲んだ男たち、怒っているみたいだし……
男のうちの一人が、ダンドを睨みつけて言った。
「ずいぶん余裕じゃないか……田舎者の魔法使いに、顎で使われている割には」
「オーフィザン様を侮辱するなあぁっっ!!」
叫んだセリューが、短剣を握ったまま男たちに肉薄する。
不意のことだったのか、それともセリューが早すぎたのか、男はあっさり短剣の柄で殴り倒された。
顔が凹んでいる上に、死んでないか心配になるくらい首が曲がってるけど、大丈夫かな……?
セリューの前でオーフィザン様を侮辱すると怖い目にあうって、知らなかったんだな……
「怖いねー、セリューは。クラジュ、俺から離れたらだめだよ」
ダンドはそう言って、僕を庇いながら襲ってきた男と斬り合う。相手の方は大きな長剣を構えているのに、小さな剣で大丈夫なのかと心配になったけど、それはダンドを見くびっていただけだったみたい。
彼は切りかかって来る男の剣を受け流し、男の後頭部を打って気絶させた。
すごい……料理だけじゃなくて、こんなこともできるんだ。
出てきた敵はみんな、あっという間に二人に倒され、気絶した。
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