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37.俺のものに手を出すな
しおりを挟むセリューは短剣をしまって、僕とダンドの方に歩いてきた。
「行くぞ。城へ戻る」
「は、はい!!」
すぐに返事をしたのは僕だけだった。隣にいるダンドを見上げると、彼は僕を見下ろして、じっと立っている。
どうしたんだろう……ダンドの様子がおかしい。さっきまで平気な顔をしていたのに、今は真っ青で、肩で息をしている。
「だ、ダンド? ねえ……どうしたの?」
焦る僕に、セリューが叱咤を飛ばす。
「離れろっ!! クラジュ!!」
え? え? あ、アレルギーか!!
「ご、ごめん、ダンド!!」
慌てて離れたけど、ダンドは手で顔を隠して俯いている。城の客間にいた時と同じだ。ひどく汗をかいていて、息をするのも苦しそう。
すぐに駆け寄りたいけど、僕がそばに行ったら、もっとひどくなっちゃう!
セリューはダンドに寄り添い、小さな声で聞いた。
「行くぞ……少し休んで頭を冷やせ……」
「ダメだよ……休むなんて……は、早く……クラジュを、オーフィザン様のところに……」
「お前がそんな状態では、敵を振り切れない。行くぞ」
「……」
ダンドに肩を貸し、セリューは彼を引きずるようにして進む。
僕もダンドの体を支えたいけど、僕が近づいたら、ダンドはもっと辛くなる。
ダンド、真っ青だ。歩くのも辛そう……
そのまま僕らは、森の中の川のほとりまで来た。セリューは、動けないダンドを川辺の岩にもたれさせ、自分は川に向かう。
僕は、ダンドからちょっと離れたところから、彼にそっと聞いた。
「ダンド……大丈夫……?」
「……」
「ダンド……?」
「……だ、大丈夫だよ……心配……しないで……」
……ますます心配になる……大丈夫なはずがない。
どうしたらいいのか分からなくて、オロオロしている間に、セリューが、自分のシャツを川の水で濡らして持って来た。
「しっかりしろ、ダンド。二人は抱えられない。走るんだ」
「分かってる……」
ダンドがこれだけ辛そうにしているの、初めて見た。彼がこんな状態なのに、僕が甘えるなんて、できない。
「せ、セリュー様、僕、一人で走れます。セリュー様はダンドを支えてあげてください」
だけど、ダンドがシャツで顔を拭きながら言った。
「ダメだよ。クラジュ。そんな怪我して、本当は歩くのも辛いんじゃないの?」
「それは……そ、そんなことない!! 僕は大丈夫だから……僕はいいの!! ご、ごめんね……僕が近づいたから……ごめん……ダンド……」
「気にしないで……俺、本当はアレルギーじゃないんだ……」
「……え?」
「ごめん……アレルギーって言ったのは、嘘」
え? そうなの? じゃあ、なんでダンドは辛そうなの?
びっくりする僕の前で、ダンドは濡れたシャツで顔をゴシゴシ拭いて、それをセリューに返した。
「ごめん。セリュー、クラジュ。もう大丈夫だから……行こう!!」
ダンドが立ち上がる。さっきと違って、顔色もいい。僕もちゃんと走らなきゃ!!
セリューが、取り出したコンパスで、城の位置を確認してくれる。
早く帰らなきゃ……気持ちばかりが早る。
その時、少し離れたところから、草が動く以外の音がした。
何かが燃えるような音だ。それが、僕の狼の耳に入ってくる。
危険を感じた僕は、セリューに飛びついた。セリューは、川辺に尻餅をつく。同時に飛んできた真っ赤な炎の玉は、セリューの前髪の先をかすって消えた。
すぐにセリューは体を起こして、僕に怒鳴る。
「触るな! 獣!!」
「獣じゃないもん!!」
面倒臭いいぃーー!! なんでいちいち怒るの!? 僕が助けなかったら頭燃えてたのに!
怒る僕を無視して、セリューは、炎が飛んできた方を睨みつける。
草むらから、男が出てきた。パトだ。そいつの左腕から、炎が上がっている。あれがパトの魔法? 人に酷いことをする魔法が得意なんだ……
パトは、僕らに近づいて来ながら、得意げに言った。
「逃げられると思ったのか? 犬どもが……」
「い、いいいいいい犬じゃないもん! 狐妖狼だもん!!」
「そういう意味じゃねーよ……」
うう……せっかく言い返したのに、パトは呆れ顔だ。バカにされてる!!
セリューが僕を後ろに押しやり、前に出た。
「パト……貴様……陛下まで謀ったのか?」
「ああ。あの魔法使いに近づくためにな」
「……オーフィザン様の城を汚しておいて、タダで済むと思うなよ……」
「うるせえよ」
そいつの腕から伸びて来た炎が、鎖のように、僕らの体に巻きつく。それが体を締め上げてきた。
「あああああーーーっ!!」
熱い……体が焼けるみたい。縛られたところは真っ赤になっている。このまま体が燃え上がってしまいそう。
だけど、悲鳴をあげたのは僕だけで、ダンドはじっと耐えているし、セリューに至っては、パトを睨みつけて言った。
「もうすぐオーフィザン様がいらっしゃる! 貴様のままごと程度の魔法で逃げ切れるものか! 悪あがきはやめろ!」
なんで今、そんなことを言うの!? 挑発しても、いいことないよ!
案の定、パトは炎の勢いを強めてくる。肌が熱くて、このまま焼け死んでしまいそう。
苦しむ僕らの前で、パトが楽しげに言うのが聞こえた。
「俺らに協力するなら、火を消してやるぞ。どうするー?」
「誰が……貴様なんぞに……業火にかしずく方がマシだ!!」
叫んだセリューは、火傷で真っ赤になっている自分の体なんて、気にしてないみたいだった。ダンドは返事をしないけど、彼だって同じだろう。
二人ともすごい……僕だって、こんな奴に従うもんか!!
「ぼ、ぼ、僕だって……絶対……嫌だ! お前なんか……お前なんか! 狐妖狼じゃない!!」
僕が叫んだら、パトはキレたのか、僕らに近づいて来た。だけどすぐに足を止める。
ざわっと、木々が揺れた。強い風が吹き上がり、僕らを縛る炎が消える。
突然の異変に、パトは不思議そうにキョロキョロしていた。
「なんだ?」
空が暗くなる。
みんなが、吹き上がる風が向かう先を見上げた。
夜空を覆い隠したのは、大きな竜の羽だ。オーフィザン様が、竜と魔族のハーフだってことは知ってたけど、羽を広げて飛んでいるところは始めて見た。
彼は、僕らの前に降りてくる。パトは全く動かず、オーフィザン様を見ていた。
僕らとパトの間に降り立ったオーフィザン様が、僕とセリュー、ダンドを順に見てから、パトに向き直った。
「……貴様……よくも俺のものを傷つけてくれたな……」
聞いているだけで、ぞっとするような声だった。その様子に、パトは何も答えず、一歩後ろに下がった。
「……よ、よくここが分かったな……あっさりペットを連れ去られた間抜けの分際で……」
「……逃亡の魔法だけは得意なようだが……もう使えないぞ……」
「黙れっっ!!」
パトが腕を振る。だけどその腕には、もうさっきの炎はなくて、何も起こらない。代わりに、そいつの体には、いつの間にか細い鎖が巻きついていた。
「な、なぜ……っ!!」
焦るパトに、オーフィザン様はゆっくり近づいていく。
「お前の魔法は封じた。俺が許可しない限り、二度と使えない」
「まさか……」
「……後で色々話してもらおう……さあ、来い……」
「ひっ……!!」
パトは小さな声で短い悲鳴をあげて、その場に倒れた。
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